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2.失恋確定(ハロルド)

 ハロルドはアンダーソン伯爵家嫡男。王族の傍流である美しい祖母にそっくりな容姿は幼いころから天使とうたわれて大変可愛がられていた。血筋も見目も良いので子供たちの集まりの中でも持て囃された。王都で暮らしていたので美しいものに対して目が肥えていたが、飽きてもいた。みんな流行を追って同じようなドレスに髪型で代わり映えがしない。個性がないのだ。

 そんなとき婚約者として顔を合わせたアナベルは想像外の令嬢だった。鼻を中心に顔に広がるそばかすが笑うと何とも愛らしい。癖の強いもこもこの髪が子犬のように見えて撫でまわしたい。王都では見かけない素朴な愛らしさに胸を撃ち抜かれた。


(か、かわいい!)


 ハロルドは一目惚れをした――のだが自分からアプローチをしたことがなく、どうすればいいのか分からない。しかも山のように自尊心が高い。十歳にして大人相手に打算的な笑顔を向けられるのに好きな子には出来なかった。それを天邪鬼という……。

 その結果――。


「お前すごいブス! そばかすがいっぱいで顔が汚いし髪はもじゃもじゃで変! 父上、こんな女と婚約なんて嫌です!」


 心とは真逆の暴言が口を衝いて出た。パコーンと父に頭をはたかれ母には頬を引っ張られた。アナベルはギャン泣きをした。


「うわ――――ん!!」


「違う。本当は可愛いと思う。ごめんなさい」が言えなかった。言えれば違う未来があったのだろうか。それでも婚約を解消したとは聞かされていなかったので内心で安堵していた。次に会う時はお花を持っていって謝ろう。部屋のクローゼットの中で壁に向かってぶつぶつと「ごめんなさい」の練習をこっそりと繰り返した。ハロルドはいつでも謝れる! と謎の自信を漲らせたが両親は一向にアナベルの屋敷に連れて行ってくれなかった。


「父上。エヴァンズ伯爵家にはいつ行くのですか?」


「あ~~。当分はないな。あれはいくら何でも酷すぎる」


 父は何かもごもご言っていて煮え切らない。母には怖すぎて訊けなかった。一応、自分が悪いことをした自覚もあるので行きたいと強く言えなかった。でも婚約が継続しているのならいつか会って謝れる。それまでに男を磨けばいい。アナベルはハロルドに会った時にうっとりと見惚れていたからこの顔は好みなはずだ。ハロルドは根拠のない自信をもっていたので、アナベルに嫌われてしまったとは思っていなかった。


 月日は流れ十八歳。ハロルドは相変わらずモテ続けたが自分から女性にアプローチをしたことがないままだった。それはアナベルという婚約者がいるのだから当然だ。とはいえアナベルに自分から連絡を取らなかった。ここにきて男のプライドが邪魔をした。まあ、時が来れば丸く解決すると謎の思考が頭の中にあった。


 とうとう再会の日が来た。

 夜会で見たアナベルはびっくりするほど可愛かった。そばかすは消えて肌は雪のように真っ白だ。ふわふわの髪が妖精のようで控えめな笑顔が可憐だ。きっと私の言葉をきっかけに美しくなったのだろう。その健気さに感激した。十歳のアナベルも可愛かったが今の彼女は美しい。蛹が私のために美しい蝶になったのだ。


 アナベルが自分の婚約者でよかったと心底思った。なんて誇らしいのか。あれだけ綺麗なら悪い虫がうろうろするだろう。これからは常に一緒にいて守ってあげなくてはと一人頷く。

 アナベルの父エヴァンズ伯爵は十歳のあれ以降、ハロルドを鋭く睨み挨拶をしようとしても近寄らせても貰えない。要するにとっても苦手だ。だからアナベルの側からエヴァンズ伯爵が離れるのを待って彼女をダンスに誘うことにした。すでにアナベルに声をかけようと子息たちがじりじりと間合いを取っている。負けるわけにはいかない。というかアナベルから私に声をかけるべきではないのか? とちょっと腹が立ったが、幼い頃の意趣返しかと思い当たりそれを許すことにした。


 結局謝れていないのでこれでお互い様だな。ハロルドはスマートにアナベルの前に出た。二人で華麗にダンスを踊り周りに見せつけてやるのだ!


「美しいレディ。どうか私と踊ってください」


 断られるなど微塵も思わない。それなのにアナベルは笑みを浮かべるどころか顔を引き攣らせた。


「オコトワリシマス」


「ええっ?!」


 なんか幻聴が聞こえたぞ。


「……」


 私の誘いを断るなんて……。もしかして夜会は今夜が初めてだから緊張しているのか。


「ああ、なるほど。照れているのですね? 大丈夫です。私がしっかりエスコートしますから。さあ、レディ。手を」


 気を取り直して再び手を差し出す。ところが――。


「あなたと踊る理由がないのでお断りします」


「……アナベル。生意気にも婚約者からのダンスを断るのか? 私に恥をかかせるなよ」


「え……」


 私はイラッとした。いくら意趣返しでも限度がある。婚約者がダンスに誘っているのだからさっさと手を取れ! そのとき後ろから低い男の声がした。


「ベル。遅くなってすまない」


 長身で逞しい男がそこにいた。私を鋭く睨んでいる。その威圧感で体がぶるりと震える。


「ウイリアム様!」


 なぜアナベルがフォーゲル侯爵を名前で親し気に呼んでいるのだ? 彼は若くしてすでに爵位を継いでいる。そして結婚間近だと噂されていた。


「アンダーソン伯爵子息。私の婚約者に馴れ馴れしくしないでもらおうか」


「えっ? 婚約者? アナベルは私の婚約者のはずだ」


 フォーゲル侯爵は呆れ顔になった後、私に憐憫のこもった眼差しを向ける。


「君とアナベルの婚約はとっくに解消されている。アンダーソン伯爵から聞いていないのか? そうそうに確認することだな」


 何を言っているんだ? 婚約を解消したなど聞いていない。私はアナベルに助けを求めるように視線を向けると、花が綻ぶような笑みをフォーゲル侯爵に向け彼の隣に寄り添った。私は酷く混乱したし屈辱も感じたが、格上の侯爵に逆らおうとは思わなかった。唇を噛みしめ心の中で定番の捨て台詞「覚えてろよ!」と呟き踵を返した。


 屋敷に戻るなり父上を問いただした。


「どういうことですか? フォーゲル侯爵がアナベルの婚約者だと聞きました」


 父上は「ああ~」と気まずそうに口を開いた。


「アナベル嬢との婚約は十歳の顔合わせの日に解消している。あれだけの暴言なら断られても仕方がない。そもそもこちらは立場が弱いのだからな」


「それはどういう……」


 当時、我が家はすこぶる経済状況が悪く一か八かで父上が投資に手を出した。そして見事に失敗して負債を抱えた。アナベルの父親とは友人で融資を頼んだところ快く受けてくれた。それならばと私とアナベルの婚約が決まった。そういえば我が家に遊びに来るエヴァンズ伯爵夫妻はいつもお土産をくれるので私はニコニコと愛想をよくしていた。天使の笑みを大盤振る舞いした覚えがある。その様子で婚約を決めてくれたらしいがアナベルに酷いことを言ったのですぐに解消となった。伯爵夫妻はアナベルを目に入れても痛くないほど可愛がっていた。それでも融資の話は継続してくれていたそうだ。


「でも婚約は解消していないと言っていましたよね?」


「あれは伯爵に頼んで公にしないでもらっていた。お前に言えば口が軽いからペラペラしゃべりそうだから教えなかったんだ。あのとき婚約の話を聞きつけた銀行からも金を借りていた。でも婚約が無くなったと知られれば銀行が、なあ? でも数年前にはお前との婚約解消は公にしたぞ。一応、お前にも言ったが聞いていなかったのか?」


 記憶にありません……。

 それよりうちはどれだけ借金があったんだ? 大丈夫なのか?


「ああ、金は返し終わった。やっぱり一発逆転ではなくこつこつ働くしかないな。お前も投資だけはするなよ」


「……じゃあ、俺に婚約者はいないと?」


「そうだな。そろそろ探すか?」


「……」


 呑気な父の言葉に無言で部屋をあとにした。

 私は八年経って盛大に失恋した。フォーゲル侯爵は二十四歳で凛々しい姿に令嬢たちからの人気も高い。辣腕家で彼の手掛けた事業も業績を上げていると評判だ。勝てる要素が一つもない。しかもアナベルは恋する瞳で彼を見ていた……。

 熟考した結果、私は勇気ある撤退を決断した!


 私はしばらく社交場に出ずに旅に出た。幸せそうな二人を見たくなかったのだ――。(涙)


 幼い頃の暴言で初恋を失った――。ハロルドは失言は身を滅ぼすと学んだ。

 ただ、その後その教訓を生かしたかどうかは………。



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