◆○日目
あれから三日経った。
まだチョコレートは仕入れられていない。
他にアンネリーゼ様の好きなものはベリーだったので、ムースを作ってみた。俺は初めて作るので何度か試作してみて、これならとお出ししたが、アンネリーゼ様の反応は良くない。
侍女のエーリカには、見た目をもうちょっと可愛らしくしてみたらと言われた。だが、可愛らしくってどうすればいいんだ?
エーリカも提案したヘアスタイルが採用されたそうだ、少し笑ってもらえたと喜ぶエーリカが羨ましい。俺も泣かれるのじゃなく、笑顔にしたい。
俺を見かねた同僚のハンスが、流行りの製菓店の広告を、何枚か手に入れてきてくれた。街に使いに行く担当に頼んでくれたらしい。
礼を言って受けとると、華やかな形のクッキーにビスケット……だが、可愛いと言うのとは違う気がする。
だめだ、ぜんっぜん思い浮かばない。
そうして何の進展もないまま、また夜が来た。
「お菓子作りってどうしてこんなに面倒なんだぁぁぁぁ!」
絶叫しつつ、俺はテーブルの上に突っ伏した。
「おい、ヨハン。オレのテーブルによだれとかつけるなよ」
だるそうな声が聞こえたので、わざとグリグリと頭をテーブルの上に擦りつけてやる。
やめろ〜と、止める気も何もない声が聞こえてきた。
「だいたいお前な、お菓子のレシピに悩んで魔術師の所に相談に来るって、どういう了見だよ?」
「そう言うなよ、俺とお前の仲だろ」
「どんな仲だよ」
シュタールベルク家のお抱え魔術師マヌエルは、俺よりも五つ歳が上のはずだが、それを感じさせない、だるそうな雰囲気漂う男だ。
色白で黒い髪というのもあって、顔色が悪く見えるが、本人はいたって健康体だと言っている。
魔術師は屋敷で使う魔導具類のメンテナンスをしたり、時にはより使いやすいように細かな調整をしてくれる。
厨房には竈の火や室温を調整したりする魔導具や、料理を冷やしたり温めたりして保管する魔導具がたくさんある。
マヌエルが頻繁に厨房に調整に来ていた関係で、話す機会があった。何となく馬が合って、なんだかんだでこうして仕事終わりに部屋で酒を飲んだり、くだらない話をしたりすることも多い。
ちなみに、俺は相部屋だけど魔術師は少し特別扱いで、一人部屋だ。ずるい。
「こうさあ、なんか無いのか?魔法でパパっとアンネリーゼ様が喜ぶようなお菓子を出すとか」
「できるわけ無いだろう。魔術ってのはイメージが大切なんだ。きちんと論理立ててイメージできないものを、作るのも出すのも無理だって」
わかっている。言ってみただけだ。
と言うより、ここで『なら出そう』とパッと出されたら俺の料理人としての矜持はズタズタになることは間違いない。
あと、この屋敷の料理人も、全員職が無くなる。
「例えば、俺が作ったケーキにキラキラ光るような魔法をかけるとか、何とかならないか?」
「食べるものを光らせるのか?それなら、何とか……。あー、ヨハン。お前作ったら試しに食べてみてくれるか?食べた後に爆発しないか検証がいる」
「爆発するのかよ!?」
「するかどうかわからないから試すんだろうが」
「爆発するかどうかわからないものを人に食わすな!」
ノリで突っ込んだら、真面目な顔でぽんと肩を叩かれた。
「……魔術の発展に犠牲はつきものだ」
え?
しばしの沈黙。
いつもだるそうな黒い瞳が、まるで井戸の底のように見えた。
ほんの少し、ほんの少しだけヒヤリとして、俺はあっさり降参し両手を上げた。
「悪かった。そもそもお菓子は俺がなんとかしなきゃならないことだもんな」
「そういうことだな。できることなら協力するから頑張れ。オレも、何か使えそうなものがないか調べてみる」
「助かる」
いつも通り、だるそうでやる気もなさそうなマヌエルに、ホッとしたが期待はせずに、俺は礼を言った。




