◆▲日目
冷蔵庫の向こう側のお話です。
アンネリーゼ様は、8歳にしてご両親を亡くされてから、ずっと塞ぎ込んでいる。
幸いにして、隠居されていた先代がもう一度伯爵となり、アンネリーゼ様が成人し、良い婿を迎え入れるまでは後見として支えてくださることになった。
大奥様のクラウディア様もお優しい方で、アンネリーゼ様をとても可愛がっておられる。
それでもやはり両親を一度に亡くすということは、子供心に大きな衝撃だっただろう。
ふとしたときにハラハラと涙をこぼされることもあるという。
シュタールベルク家の料理人の一人として、何とかお慰めしたい。
料理長とも相談し、俺はアンネリーゼ様にお菓子を作ることにした。
だがアンネリーゼ様が大好きだったお菓子は、そのまま両親との楽しい思い出のお菓子だった。心を込めて作ったお菓子を見たアンネリーゼ様は、かえって泣き出されてしまったのだ。
新しい、アンネリーゼ様が喜ぶような可愛らしいお菓子が必要だった。
だが、自分は料理人としてはまだ未熟で、新しいレシピを覚えたり、これまで覚えた料理をより上手く作れるようにと努力はしていても、新しいレシピを作り出すということはしたことがない。
いや、俺も料理人の端くれとして、料理のレシピを考えたことはある。だが、お菓子となると全く勝手が違う。ほんの少し配分を間違えたり火加減を間違えるだけで全く別物になってしまうのだ。
きちんとレシピがあるお菓子を作るだけで精一杯。新しいお菓子など全く思いつかなかった。
困った俺はアンネリーゼ様付の侍女に相談してみることにした。
屋敷で働く者たちの食堂で、賄いを食べているところに声をかける。
「エーリカ、アンネリーゼ様のことなんだが」
ぱっと振り返ると、くるりとした赤毛が弧を描く。丸い緑の瞳がこちらを見上げてくる。
エーリカは俺と歳が近いこともあり、見かければ雑談をしたり、アンネリーゼ様の好みについて聞いたりしている。
「ちょうど良かった、ヨハン。私も聞きたいことがあったの」
彼女もアンネリーゼ様を心配していて、お好きそうなリボンや、レースなどを探していることは以前から聞いて知っていた。
「そうなのか。なら、そっちを先に聞くよ」
「ありがとう。実はアンネリーゼ様にこんなヘアスタイルを考えてみたんだけど、どうかしら?」
逆に相談されて、数枚のスケッチを手渡される。
俺に聞かれても髪の毛の形など良くわからないけれど、どれも可愛らしいと思う。
「俺は良くわからないけど、アンネリーゼ様のあのふわふわな金髪なら、こっちのが可愛いんじゃないか?」
ふんふんと頷きながら、エーリカがメモをとる。何人かに聞いて評判が良かったものを、今度侍女長に提案してみるのだという。
「ご協力ありがとう。それでヨハンの話って?」
「アンネリーゼ様に新しいお菓子を作りたいんだ」
「新しいお菓子……ああ、こないだは泣かれちゃったものね」
「それを言うなよ……」
「最近だったら、こないだ初めて出した茶色いのあったでしょ?あれ、お気に召したみたいよ」
「チョコレートか」
これまでココアという飲み物だったのが、つい最近食べ物として入ってきた。今までもあった食材だが、食べ物になってから爆発的に流行り始めたとか。
先日お出ししたのは、隣国から購入したものらしく、うちの厨房で作ったものではない。実物すら見ていない。
これもまた難題だった。あれは苦味もあって扱いがとても難しい。
悩みだしてしまった俺にエーリカが、心配そうに眉を下げた。
「あまり参考にならなかったら、ごめんね」
「いや、ありがとう。今度食材として入れられないか、頼んでみよう」
礼を言って、厨房に戻る。
料理長に相談すると、気になる食材だったらしい。
仕入れられるか、検討してもらえるようだ。
それにしても、チョコレートか。
このシュタールベルク家の厨房でも殆ど見たことがない。
ココアはたまにお出ししたことがあるが、高価すぎて庶民には手が出ない代物だ。
仕入れられたとして、俺のお菓子作りの為に使わせてもらえるかどうかは疑問だった。
ここまでで書き溜めた分が尽きました。
なるべく毎日更新できるように頑張りますので、引き続きよろしくお願いします