◆六日目
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やばっ、朝!?
目覚ましのアラームに、慌てて体を起こせば、ローテーブルに突っ伏したまま寝てしまっていたので、体があちこち痛い。
うわ、スマホ充電無い……。
昨夜は結局ベッドにも入らず、色々検索したりしていたらいつの間にか寝てしまったらしい。
明かりもつけっぱなしだし。
最近は電気代も高いというのに、散々だ。
残り3%でも健気に鳴るアラームを止め。充電器に差し込むと急いで着替える。
朝ご飯をと、いつものように冷蔵庫に手をかけ、躊躇う。
昨夜撮れてしまった心霊動画と、いわくつきになった冷蔵庫。
怖くて朝まで眠れない〜なんて言えるほど、現実と時間とお金に余裕はない。それでも何事もなかったようには冷蔵庫を開けられない。
学生時代にバイトで貯めたお金で買った安物とはいえ、新品の冷蔵庫だったのにこんなことになるなんて。
結局、買い置きのトーストをそのまま囓って、インスタントのコーヒーで流し込む。
歯を磨いて、ざっくり化粧をして、慌ただしく家を出る。
玄関を開けて、一度振り返った。
何も無かったように、冷蔵庫はそこにあるだけ。ため息を付いて玄関に鍵をかけた。
会社帰り。
何人か友達に打診してみたけど、週の半ばに急に泊めてというのはやはり難しくて。
管理会社に問い合わせしようにも、冷蔵庫から食べ物が消えたり現れたりする心霊現象の心当たりはないかとも聞けず。実家は会社が遠すぎて頼れない。
結局、他に行く宛も、明確な対策もなく、いつも通り部屋に帰ってきた。
「ただいま」
明かりをつけて、荷物をおいて。
恨めしい気持ちで冷蔵庫を見ても、何の変化も無い。
夕飯に買ってきた、完全栄養食パンとかいうのをかじる。そこそこ美味しくて、腹持ちもいい。これで栄養取れてるなら、今度安くまとめ買いしても良いかも……味気ないけど。
……ああ、甘いものが食べたい。
冷蔵庫のせいで気分も落ちてるし、仕事大変だし、なんだかんだで寝不足だし。
チョコレートケーキ、アップルパイ、いちごのアイス、バームクーヘン、ふわふわパンケーキ、スフレチーズケーキ……。
そんなお金無いし。
ひもじい。寂しい。虚しい。情けない。
惨めな気持ちでテーブルに突っ伏して、ふと思う。
……もしかして、入ってるんじゃない?
冷蔵庫をちらりと見る。
昨日、チーズケーキを入れたら失くなっててたんだから、これまでのパターンからすると、チーズケーキがさ。
もう一回冷蔵庫を見る。
全く先程と変わっていない佇まいだけど、中にチーズケーキが入っている……かもしれない冷蔵庫。
じゅわっとよだれが、口の中に湧いてくる。
いやいやいや、あの得体のしれない手がチーズケーキ取っていったってことは、もし入ってたとしてもだよ?あの手が入れたものってことだし。気色悪くて食べられたもんじゃないよね?
うん、無い。ないわ。チーズケーキ入ってたとしても、食べるとか無理。
理性の必死の訴えに、冷蔵庫から視線を剥がすと、シャワーを浴びることにした。
あまり考えてても良くない。もう今日は寝よう。
パンやら飲み物やらを片付けていると、棚に入っていたあのパフェの器が目に入った。
最初のパフェ、美味しかったな……
いや、あれもあの怪しい手が置いていったやつなのかもしれないと思うとゾッとするけど。
お風呂でシャワーを浴びている間も、バームクーヘンのことを思い出してしまう。
外側さくっと中はほろっと、あの食感……。
いやだから、幽霊が作ったお菓子ってヤバくない?なんか呪いかかってそうだよね?
理性と食欲という名の欲望がせめぎ合う。
いや……
でも………
冷蔵庫の前でうーんと唸る。
そう、結局冷蔵庫の前に立ってしまって。もう中が気になって気になって仕方がない。
うん、もし中にチーズケーキが入っていたとしても、食べなきゃ良いわけだし。ずっと中に入れててもし今度開けたときに腐ってたりしたら嫌だしね。
自分を守るための言い訳を思いつく限り並べ立てて、私はそっと冷蔵庫の取っ手に手をかけた。
心臓がバクバクと脈打ち、少し手が震える。思い切ってエイッと開けてみた。
いつも通りの庫内。
そこに、思った通りというか、期待通りというか、チーズケーキっぽいものが上品な白いお皿に乗って置いてあった。
しかも、たくさん。
「どういうことこれ?」
私が入れたのは、確かにスフレチーズケーキだった。
小さな丸い型が無かったのか、普通のケーキの型で作ろうとしたのか大きくなっていた。
それが、二切れずつ小さな皿にのっていて、五皿もある。
とりあえず、冷蔵庫のその状態を写真で撮っておく事にしたが、何だか思っていた展開と違う。
それぞれで焼色もまちまち。スフレケーキと言うには固そうだったり、表面が割れてたり、膨らんでなかったり。ちょっと型から外すのに失敗したのか形が崩れてしまっているものもある。
一つ一つがこれまでのように完璧に再現しました!って感じではない。
あのチーズケーキの食感を再現したくて色々やってみたけど、いまいち上手くいかないってのが、何となく伝わってくる。
そのせいか、不気味さや怖さよりも、人間味というか親しみというか……。
ピピッピピッ
冷蔵庫に急かされて、慌てて一皿取り出し、冷蔵庫の扉を閉める。
取り出してしまってから、どうしようと思う。
持った皿を鼻に近づけると、チーズの良い香りはする。ちょっと触ってみると、どちらかといえば普通のベイクドチーズケーキに近いような。あのしっとりした感じがない。
「……うーん、湯煎焼きしてないのかな?」
フォークで割ったチーズケーキを、少しかじってみる。
うーん、メレンゲはしてあるみたいだけど、やっぱりちょっと香ばしい感じ。ふわふわとかシュワッとした感じがない。
スマホでいくつかスフレチーズケーキのレシピも確認して、失敗例も検索。
冷蔵庫にあった他のお皿も出して確認すると、だいたいの失敗原因の見当もつく。
自分が作った時の感覚も思い出して、紙にいくつか問題点と思われるものを書き出した。
これでも実家にいた頃はよくお菓子作りをしていて、パティシエになりたいなんて思っていたこともあったけど。まあ、そんな事もあっただけだ。
夢中でメモを作っていたら、気づけば一時間以上経っていた。調子に乗って、下手なイラスト付きで湯煎焼きの方法まで解説してある。
誰かの作ったお菓子にああしろこうしろとかおこがましいとは思うけど……なんか困ってるっぽいし。
空になった四枚の白いお皿。洗って重ねた上にメモを置いた。
それをえいやと冷蔵庫に放り込むと、急いでベッドに潜り込んだ。
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