◆そして、六日目
昨日は結局、更新できずすみませんでした。
毎日投稿の難しさを痛感してます。
少々長めですが、六日目です。
朝、料理長に新しい小人のお菓子が現れたことを伝えた。また午後に一緒に試作をすることになったが、料理長の腕と経験をもってしても、上手く行かない。
生地は恐らくうまくいっているのだが、問題は焼き加減だった。スフレのように最初に高温、それから低温で焼いてみるも表面が割れたりきれいに焼き上がらない。オーブンの温度を低く、焼き時間を長くすると生地が分離してしまう。かといって、温度を上げて短時間で焼こうとすると火が通る前に焼きすぎる。
どうすれば、あんなにしっとりと尚且つふんわりとした状態に焼き上げられるのか。もしや蒸すのか?という話も出たがそれではあんな焼き目は出ない。
前回は加わらなかった同僚も、揃って頭を抱えてしまった。
いくつかの失敗作を並べ、料理長が苦渋の決断をする。
「この失敗作を、冷温庫に入れてみよう」
「そんな事をしたら小人が怒りませんか?」
「再現できない不甲斐なさを怒られるのであれば、仕方が無い。だが、礼もしなければならないし……何か助言をもらいたい」
確かに、二進も三進もいかないこの状況であれば、恥を忍んで失敗作を渡したとしても、何かとっかかりが欲しいところだ。
俺たちは、失敗作の中から五皿を選んで冷温庫に入れた。
何とか、少しだけでも良いので、助言を。
そう皆で祈りながら扉を閉めた。
その夜、仕事の後にお菓子を焼く方法を考えていた。食材はもうこれ以上使えないので考えるだけ。それでも場所が自室ではなく厨房なのは、相部屋の者がもう寝ていることと、単に集中できなかったからだ。
すると一人、二人と似たような理由で同僚がやってくる。しまいには料理長までやってきた。
「お前ら……揃いも揃って、熱心すぎだろ」
額に手を当て首を振る料理長に、全員からお互い様ですとツッコミが入る。
結局わいわいとお菓子作り談義になるわけだが、料理人がこれだけ集まると簡単な夜食のようなものを作り始めるものがでてくる。
するとアルコールは無いものの、ちょっとした宴会のような様相になってきて、料理長が解散させようとした時だった。
昨夜と同じように、マヌエルが現れた。
夜中の厨房に、これだけの人数がいると思わなかったのだろう。厨房に入ろうとしたところで、ぎょっとして立ち止まった。だが、すぐに冷温庫に向かうと扉を開ける。
「?なんだこれは?」
マヌエルが取り出したのは、数枚の小さな紙。
遠目にもたくさんの文字が書かれたそれに、俺たちは思わず席を立った。
「それは」
「まさか、小人からの……」
助言か、お叱りの言葉か。
皆がその先を言うのを躊躇った。
それで何かを察したらしい、マヌエルが目を細くし、手の中の紙を揺らした。
「この冷温庫には極力触らないようにと言っていたはずだが、何かしたのか?」
「極力触らないようにはしている。だがやむを得ない事情があった」
答えたのは料理長だ。
マヌエルは片眉を上げ、それでと訊く。
「小人の作ったお菓子を、我々では再現できなかった。お菓子の礼と、助言を求めて失敗作のお菓子を入れたのだ」
「小人?まさか異世界と、意思疎通ができると?確かに文字は使っているんだから翻訳さえできればやり取りは可能か……」
マヌエルが、ブツブツとなにか呟いている。
だが、俺はその手の中の紙が気になって気になって仕方がなかった。おそらく他の皆もそうだ。
「マヌエル、考え事の最中に悪いが、それを見せてくれないか?」
「断る。これだけの文字数があれば、何か取っ掛かりを見つけて翻訳ができるかもしれない。オレが預かる」
いつもよほどのことがない限り、のらくらとした回答をぼやかすマヌエルが、ここまで言うのだ。その紙に書かれていることは、マヌエルにとっても大事なことなのだろう。
「だが、それはきっと俺たち宛てだ。翻訳はぜひお願いしたいが、せめて少しだけでも先に見せてくれないか?」
周りにいた皆も、加勢してくれた。その勢いに押されたのだろう、渋々ながらもマヌエルが紙を見せてくれた。
皆で囲んで覗き込む。
「だめだ、読めない」
箇条書きで書かれた文章。
文字は一文字たりともわからない。
だか、その横には拙いながらも絵が描いてあった。
皆も文字の解読は早々に諦めて、絵解きをし始める。
「これ、生地を入れた型じゃないか?」
「でも二重になっているぞ」
生地を入れた型を、もう一回り大きな器に入れている。
そこから飛び出すように線が引いてあり、その先に五文字。多分、この一回り大きな器の方に何か入れるのだ。そして、四角の箱の中に入れる絵。
その横にも四文字。
たった五文字、それに四文字。
だが、ここが重要な箇所なのだろう。だから文字だけでなく、絵も描いてくれた。
この文字の意味を猛烈に知りたかった。
「ここの文字だけでもわかれば……」
俺が呟くと、横から覗いていたマヌエルが、四文字の方を指差す。
「こっちの最初の三文字なら、多分分かる」
「本当か?」
勢いよく振り返った俺に、マヌエルは文字を指差しながら教えてくれた。
「恐らく数字だ。前に来た菓子の包みにも頻繁に書かれていた。これなら二〇〇だと推測している」
「なら、横に書かれている文章にも同じ様な文字があるが、こっちも数字か?」
「ああ、こっちは二〇〇、一五、一二〇、二〇、一〇〇、一〇」
それを聞いて、マヌエル以外の全員が唸る。
意味が、わかった気がする。
「そこまで細かくやるのか?」
「いや、確かに細かくゆっくりと温度を下げれば……」
それを聞いて色をなしたのはマヌエルだった。
「まさか、意味がわかったのか!?」
あまりの剣幕に少し驚くが、俺がその文章を指差す。
「恐らくお菓子を焼く温度だ。俺たちもこれで苦労していた。二百度で十五分、百二十度で二十分、百度で十分」
ぽかんと口を開けてマヌエルが固まっていたが、やがて真剣な顔で呟いた。
「そうか、これはお菓子のレシピか」
「そうだ。俺たちの失敗作を見て、改善点を送ってくれたんだろう」
小人が、俺達のことを慮って、助言をくれた。そのことに少なからず心が震える。
「なら、ここに書いてあることがある程度想像つくか?」
それを聞いて、今度は料理長が五文字の方を指さした。
「恐らくこちらには水か……湯を入れると書いてある」
「水か、湯ですか?」
「そうだ。そうすれば最初に高温で焼いても、生地を守ってくるるのではないか?」
なるほどと、全員が感心したように頷く。いや、マヌエルだけがよくわかっていなさそうな顔で、文字の脇に小さく水かお湯を入れると書き足した。
「他にわかるところはあるか?」
聞かれて、他のところも推測で導き出す。
ここは多分オーブンだ。じゃあこっちは何だとわいわいと推測を並べていく。
絵も付いていることもあり、意味が推測できるところはそれなりにあった。みるみるうちに文章の横に推測のメモが書かれていく。
「推測できるのはこれぐらいか?」
「そうだな」
「助かった。これでかなり翻訳が捗りそうだ。協力に感謝する」
「とんでもない。翻訳ができたら俺たちにも教えてくれ」
マヌエルが厨房を去るか去らないかの内に、俺達は頷きあいバタバタと動き出した。
夜明けまであと数時間。
急げば一回くらいは焼いてみることができるはずだ。
明日も恐らく更新できません。
だいたい一日おきでの更新となると思います。




