◆そして、三日目
そして翌日、冷温庫のことはマヌエルから旦那様に報告された。
マヌエルが冷温庫の状態を検証する間は、しばらく使用禁止。旦那様も異世界に繋がっているという代物を前に、どうすべきか判断しかねているようだ。
というか、そもそも異世界ってやつが理解できない。俺の想像力だと、子供の頃に聞いたおとぎ話で、ドラゴンやら妖精やら小人やらが暮らしている平和な世界くらいしか思い浮かばない。
だが、あのお菓子を小人が作ったと言われれば、何となく納得できる気がした。
俺の手元には例のバウムクーヘンのようなものが残されている。周りの文字が書かれているパリパリとした紙は、マヌエルが検証のため持っていった。
この事態をどうすればいいかは旦那様やマヌエルに丸投げするとして、俺は目の前のこのバウムクーヘンに興味津々だ。
以前からバウムクーヘンはお菓子としてレシピはあるが、小人の作ったバウムクーヘン。どんな味がするものか。
当然、料理長も周りの同僚も興味津々だ。
朝食の準備のため続々と厨房に集まりつつある同僚が、次々と額を寄せ合いのぞき込む。
小さなバウムクーヘンはさらに細かく分けられた。皆が真面目な顔で咀嚼する。
「美味いな」
「かなり甘く作ってありますね。このしっとりした食感はぜひ真似したい」
「周りのグレーズ。これもいい食感のアクセントになってる」
「バウムクーヘン焼く道具、うちにあったか?」
「知り合いに頼めば貸してもらえるかもしれません」
「よし、すぐ行って来い」
朝の忙しさの前のパパっとしたやりとりで、あっという間に段取りが決まる。
例によって昼食後の一番手が空く時間帯に、即席でバウムクーヘンを焼くことになった。
生地には配分を変えた生地を3種類。グレーズにも砂糖とバターを使う。
玉子や砂糖、バターも贅沢に使ってしまう。料理長の思い切りの良さには、心底脱帽だ。
「あの生地のやわらかさを出すにはどうしたら良いと思う?」
「……焼き加減を少し弱めにしたらどうだ?」
バウムクーヘンを焼くのが比較的得意な者が、道具を操る。一層ずつしっかり焼くのではなく、少し生焼けくらいの状態で層を重ねていく。
皆で試行錯誤して、汗だくになりながら、バウムクーヘンを焼く。この上もなく楽しい時間だった。
出来上がったバウムクーヘンは、小人のバウムクーヘンをよく再現できていた。
結局焼き加減を調整するのではなく、一層ずつシロップを塗りながら焼くことで、これまでになくしっとりとした食感を出すことに成功したし、周りのグレーズのカリッとした食感もアクセントになってとても美味しい。
これも早速お茶の時間にお出しすることになった。旦那様にもアンネリーゼ様にも評判は良かったようだが、特に喜ばれたのは奥様らしい。今度、ご友人を招いたお茶会でも出して欲しいと乞われ、バウムクーヘンを焼く道具も購入されることとなった。
「小人様々だな」
料理長の言葉に、皆が頷く。
マヌエルからは異世界からと聞いているはずだが、俺が小人のお菓子と言ったら通りが良かったらしい。定着してしまっていた。
疲労は溜まっているが、ものすごく充実した気分だ。この二日で新しいレシピが二つも増えた。
「昔から、小人に仕事を手伝ってもらったら、礼をするものだ」
確かに。
だが小人への礼は何を贈ればいいのか。俺はおとぎ話の記憶を探る。
「定番なら、コップにミルクとかですか?」
バウムクーヘンを焼いたイワンが言う。
だがそれでは少し、物足りない気がする。
「昨夜、マヌエル用のお菓子を冷温庫に入れたら無くなってました。小人が持っていったのなら、今度はこのバウムクーヘンを入れればいいんじゃないですか?」
俺の意見が採用され、小皿に乗せたバウムクーヘンが冷温庫に入れられた。
喜んでもらえると良い。
気になって夜中にこっそり見に行くと、冷温庫からバウムクーヘンが無くなっていた。
何となくふわふわと嬉しい気分で、俺は部屋に戻ると二日ぶりにゆっくりと眠りについた。




