◆そして、一日目 夜
何とか間に合いました。
が、短いです。
俺が扉を開けると、そこには、果たして見たことのない物があった。
「成功だ……!」
少し興奮した声でマヌエルが呟く。
俺はそっとそれを冷温庫から取り出し、厨房の作業台の上に置いた。
「なんだろう、これは」
初めて見る薄い透明な器。同じ素材で蓋もされている。
中には赤や茶色の層が美しく重なっていた。上にはベリーの様な赤い実が乗っていて、それが可愛らしいとも言える。
封をされた蓋を開けると、ふわりとチョコレートの甘い香り。
「チョコレートと、ベリーのお菓子だ」
香りと見た目からして間違いない。
だが見た目だけではどんなものなのか、わからなかった。
急いでスプーンを持ってくる。
「いきなり食べるのか?」
「俺は料理人だぞ。初めて見る食べ物があれば、食べて見るに決まってるだろう」
まずは見た目をしっかり確認した。
一番上はベリー。その下はおそらく生クリーム、さらに薄い赤色の層はこれはベリーのムースか?かなり層が多い。
「マヌエル、何か書くもの持っていないか?」
「ん?ああ……確かこの辺りに……」
ゴソゴソとポケットを探っていたマヌエルが、くしゃくしゃになった紙と、ペンをくれた。
それをできるだけ伸ばして、簡単なこのお菓子の図を書く。
それから改めてスプーンを手にした。
この見た目を崩すのがもったいない気もするが、やはり食べてみないとわからない。
一番上は見慣れないベリーと生クリーム。
「普通の生クリームだな」
ひとくち食べて、食べ慣れた味に少し安心した。
「普通なのかよ」
「問題はこの下だ」
見た目はムースのようだが、茶色い……口に入れるとチョコレートの香りと独特な風味。そしてムースのシュワッとした食感。
「……ムースだ。チョコレートの」
「うまいのか?」
マヌエルの問いに頷く。
ムースにチョコレートを入れるだなんて、そんな勿体ないことをと思ったが、チョコレートの苦味がムースにすることで緩和されてとてもおいしい。
上に乗っていたクリームともよく合う。
紙に層の内容をメモしながら、さらに下の層に行く。
「こっちは赤いベリーのムースか。かなり酸味が少ない種類のベリーを使ってるな」
さらに下は、赤いベリーのソース。これもわかる。
その下の茶色いつぶつぶ。これは何だ?ああ、チョコレートをクッキーに混ぜたものを砕いたのか。
その下、最後にとろりとしたチョコレートのクリーム。少し風味付けに酒が入っているようだ。
夢中で食べ進めながらメモをとる。
一つ一つ見てみれば、決して全く知らないものではないのに、こんな風に少量ずつ、層になるように重ねるだけでこんなにも斬新なお菓子になるのか。
それにチョコレートをムースやクリームに練り込む?そんなこと考えたこともなかったが、おいしい。
俺がほしかった、新しいお菓子だ。
「おい、一人で食べてないで、オレにも一口くれよ」
「あ、ああ」
マヌエルに器を渡し、考える。
どの層も、俺が持っているレシピの応用で、何とか組み立てられそうだ。恐ろしく手間と時間はかかるが、再現できる自信がある。
後は、器。この綺麗な層を見せるための深くて長い器。
シャンパングラスはどうだろう?
いや、スプーンがそこまで入らない。もう少し、口が大きく開いているもの。
「……花瓶」
「何だって?」
「いや、このお菓子の器にさ」
「……お前、花瓶に盛ったお菓子をアンネリーゼ様に出すの?」
「やっぱりまずいか?」
「さすがに問題があると思うぞ」
器はとりあえずシャンパングラスで代用だ。
俺が厨房を使わせてもらえる夜のうちに、試作品を完成させたい。
手早くそれぞれの層になるものを準備していく。
「あ、オレは眠いから、もう寝る。あとは頑張れよ」
いつの間にか空になった器を置くと、マヌエルがあくびをしながら厨房を出ていくところだった。
「あ、マヌエル、お前、裏切り者!」
「オレはあんたほど若くないんだ。付き合ってられるか」
「冗談だ。……ありがとう。お前は天才魔術師だよ」
礼を言うと、少し照れたのかそそくさと厨房を出ていった。
「さあ、俺も気合を入れてくぞ」
夜は短い。今夜は徹夜になりそうだ。
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