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◆そして、一日目

閲覧頂き、ありがとうございます。

よろしくお願いします。

 今朝、チョコレートを仕入れたと言われた。

 少しなら使ってもいいと許可が出て、俺はほくほくと使い道を考える。

 まだまだ新しいレシピができた訳では無いが、新しい食材を試せるのは、無条件に楽しい。

 お昼の戦場のような忙しさが山を超え、そろそろまかないの支度を、というところで侍女長に声をかけられた。


「ヨハン、昼食の準備が終わって手が空いたら、控室に来てください。料理長には話を通してあります」


 侍女長はこの屋敷でも最古参の使用人だ。

 たくさんの女性使用人を束ねる立場にあり、主に洗濯や服やリネンの管理、内向きの事に関する一切を取り纏めている。

 ちなみに、社交や領地管理、金銭管理など外向きの部分に関しての取り纏めは執事が行っている。

 侍女長は正直怖い。白いものが交じる髪をきっちりとひっつめ、特に背が高いわけでも、体つきが大きいわけでもない。むしろ小柄で、線の細い人なのに、なんというか、威圧感が凄いのだ。

 呼び出しなど初めてのことだ。

 一体何を言われるのかと、戦々恐々としながら控室に向かう。


「あなた、最近、アンネリーゼ様の為にお菓子を作っているそうですね」


「はい……あの、料理長の許可を得て、食材もその範囲内で使ってます」


「わかっています。エーリカにも伝えたのですが、この屋敷の皆がアンネリーゼ様を笑わせようと躍起になっているでしょう?それがアンネリーゼ様にも伝わっているのでしょうね。最近、無理に笑おうとされるようになったと聞いています」


「えっ?」


「確かにアンネリーゼ様が気落ちされているのは悲しいことです。ですが、仕方がないことでもあります。周りが無理に笑わせようとして、かえってお嬢様の負担になってしまっては本末転倒でしょう」


 負担。

 俺のしていることが、アンネリーゼ様の。

 そんな、別に無理に笑わせたくてお菓子を作ろうとしたわけでは、ない。

 ないが、でも……いや。


「時間が一番の薬ということもあります。無理に笑わせようとせず、少し落ち着いて見守って差し上げるのが使用人の分というものではありませんか?」


反論したい気持ちはあった。

だが、侍女長の言うことも間違っているとは言えない。

俺は、ぐるぐるとする気持ちを飲み込んで、頭を下げた。


「……はい、申し訳ございませんでした」


「皆の気持ちは御主人様方も、理解されています。咎めるつもりはありませんが、分は弁えて行動なさい」


 話は以上ですと言われ、俺は肩を落としたまま控室を出る。

 頭の中はぐるぐると色々なことが渦巻いていた。

 気落ちしているアンネリーゼ様のためにお菓子を作るくらいいいじゃないか。別に笑顔を強要したわけでもない。笑ってもらいたかっただけだ。それは他の皆だって同じだったはずで。笑ってもらいたいと思っちゃ駄目なのか。そんなに俺のやったことは……。


「おい、大丈夫か?なんか真っ青な顔してんぞ」


 急に肩を揺すられて、驚く。

 見れば、マヌエルがいつになく心配そうな顔で俺を見ていた。


「マヌエル……」


 ああ、マヌエルにも協力を頼んでいたのだった。

 俺は頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、落ち着こうと一つ息をついた。


「侍女長から、アンネリーゼ様にお菓子を作るのは、控えるように、言われた」


 マヌエルがなんだと目を丸くする。


「せっかく方法が見つかったってのに、もう必要なかったか」


「なんだって?」


「だから、協力するって言ったろ?」


 なんでも無いことのように言われ、俺の塞ぎ込んでいた心に、パッと光が差した。


「さすが!大魔術師マヌエル様だな!よし、聞かせてくれ!」


 今度は逆に、俺がマヌエルの肩を掴む。


「おいおい、いいのかよ?侍女長に止められたんだろ」


「知ったことか。うまくいくならその方がいいだろうが」


 だるそうにマヌエルが肩をすくめた。オレは知らないからなと言いつつも、話す気はあるらしい。


 ※※


「それで、方法ってのは?」


 マヌエルの部屋。

 いつもの椅子に座りながら、テーブルに身を乗り出す。

 俺は夕食準備の時間までに、厨房に戻らなくてはならない。早く話を聞きたかった。

 俺の剣幕にマヌエルの方は若干引きながら、話し始めた。


「召喚魔術ってのがある」


「召喚魔術ってあれか?悪魔とかドラゴンとか呼び出すやつ」


「そんなのは、おとぎ話の中だけだよ。召喚魔術ってのは、基本的に失せ物探しの方法だな」


「失せ物探し?」


 それがどうして新しいお菓子作りに繋がるのか、俺は懐疑的な目を向ける。

 まあ聞けと、マヌエルが手を上げた。


「例えば鍵とか、手袋とか、宝石とか。失くしたくないものに予め目印を付けておく。失くしたときに召喚魔術を使って、目印をつけた物を召喚する。これが召喚魔術の基本だ」


そんな便利な魔術があるのか。

今回の件じゃなくても、頼んだら使わせてもらえるだろうか。


「小さくて軽いほど召喚するのは簡単で、大きくて重いほど難しい。あとは生き物なんかは生きたまま召喚するのが難しくてな。前に貴族のペットがいなくなったのを召喚しようとして……いや、この話は止めておこう」


 脱線しかけた話を、マヌエルが手を振って戻す。

 俺も聞いたら気分が悪くなりそうな話は聞きたくない。


「ともかく、その召喚魔術の応用で、印を付けていないものでも同じ属性の物を媒介にして目当ての物を召喚する、という方法がある」


「同じ属性の物?」


「今回で言えば、何か使いたい食材を用意して、その食材を使ってこちらが指定した条件に合うものが召喚されるということだな」


 わかったか?と問われてもいまいち良くわからない。


「よくわからないが、使いたい食材を用意すれば、それを使ったお菓子を召喚できるってことか?」


「少し違う。できたらいいなあってことだ」


「なんだそりゃ?」


「こんな対象が曖昧な召喚魔術、今までやったことがある奴がいるわけ無いだろう。大丈夫だ。今回は失敗してもヨハンが落ち込むか、食材が駄目になるかくらいで、オレは全く困らない」


 失敗して困るのは俺だけか

 いや、それならむしろ好都合というべきだ。


「どうする?ヨハン」


 マヌエルが頬杖をつきながら、笑う。

 まるで俺の答えがわかっているように。


「よし、やろう」


 駄目ならその時はその時だ。

 侍女長に言われたことが、頭をかすめる。だが、新しいお菓子を作れるようになることは、悪いことではないはずだ。


「まあ、どっちに転んでもオレは困らないからな。協力してやるよ」


 マヌエルが、それこそ召喚された悪魔のように笑った。


※※


 夜、俺とマヌエルは火を落とした後の厨房を訪れた。

 料理長には、お菓子の試作をさせてもらえるように頼んである。

 侍女長から話を聞いているのだろう、少し渋い顔をされた。だが、ここまでやったんだからやってみろと言ってもらえたのは、とてもありがたかった。


 召喚魔術に使用するのは、厨房の隅にある小さな魔導具だった。

 本来は調理の途中で一度冷やす工程がある料理で使われるもので、冷温庫という。

 チョコレートは溶けないように冷やすものだから、これも一つの媒介になるのだそうだ。

 同じく媒介として用意したチョコレートとベリーを、ほんの少量皿にのせて中に入れて扉を閉める。


「あとは条件付を行う。美味しいということと?」


「見た目が可愛らしくて、この世界の誰も食べたことがないようなもの」


 くつくつとマヌエルが笑う。


「この世界の誰もか、大きく出たな。……光らなくていいのか?」


「それはいい。爆発するかもしれないからな」


 薄暗い夜の厨房の中、実はかなり緊張しているのを紛らわすように軽口をたたく。

 マヌエルもまたニヤと笑うと、冷温庫に手をかざした。


「わかった、始めるぞ」


 ブツブツと呪文を唱えるマヌエルの手が、青白い光を帯び始める。

 指先に光が集まり、冷温庫に複雑な文様を描いていく。

 いつものダルそうな雰囲気は消え去り、神秘的な光景に息を飲んだ。熱くもないのに汗が吹き出してくる。


 やがて文様を描く手が止まる。

 文様全体が強く光ると、何事もなかったかのように、文様が消えた。

 見た目は全く変わらない元の冷温庫だ。


「……失敗したのか?」


 冷温庫から目を離せないまま訊く。


「さあねえ?開けてみないとわからない」


 いつものダルそうな声にマヌエルを見れば、開けてみろと目で促される。

 いつも使っている冷温庫。いつも何気なく開いているそれに、震える手で把手に手をかけた。

 ゴクリと唾を飲み込む。


「開けるぞ」


 振り返り、マヌエルが頷くのを確認し、俺は扉を開いた。

明日は更新できないかもしれません。

明後日には更新できるように、頑張ります。

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