第二話 カラカウアの来訪
第二話です。
前作を読んでいる人ならどんな内容かわかるかな?
1881年、カラカウア国王率いるハワイ王国使節団が来日した。
「カラカウア国王たちって、もしかして外国の王として初めて来日した感じ?」
「恐らくはそうだと思いますが、、、謁見しませんよ。」
皇居で知らせを聞いた明治大帝は目を輝かせながら、侍従長と話していた。
ハワイ王国の王と謁見しようと企んでいたのである。
一方でハワイ王国のカラカウア国王はというと、
「日本は有色人種の希望の星だ! 絶対に希望を繋げなければ、、、」
と密かに企んでいた。
この頃の日本は有色人種で唯一の独立国であったため、このままではアメリカ(白人系の国)に吸収されることはほぼ明確であったため、日本とある交渉をしに来日したのである。
来日した日の深夜、、、
「陛下、起きてください。」
「んっ、、、なんだこんな深夜に、どうしたのかな侍従長。」
「カラカウア国王が秘密裏に陛下へ謁見を申し込みにきました。」
「、、、え?」
カラカウア国王は、アメリカ人の随行員らを出し抜き、日本人通訳のみを連れて、夜中に密かに宿泊していた赤坂離宮を訪ねると、明治天皇との単独会見を願い出たのである。
(アメリカ人の随行員、、、もちろんアメリカのスパイです。)
「で、どうしますか? と、言っても決まってますよね、」
「もちろん! 一択しかないな!」
そう、謁見に応じたのである。
こうして日本とハワイ両方の国王同士が初めてあったのだが、ハワイ王国のカラカウア国王は国内の窮状を述べて断りにくい雰囲気をつくり、5つの事項について、日本、明治大帝に協力を要請した。一応言っておくが、”初対面“である。
1、日本人移民の実現ハワイ人の人口減少を日本人の移民で補う
2、後に王位を継ぐことになるであろう姪であるカイウラニ王女と日本の皇族の山階宮定磨親王との婚約
3、日本・ハワイの合邦
4、日本・∙ハワイ間の海底電線敷設。
5、日本主導による「アジア連邦」の実現
の5つである。
当然普通は断るような内容であったのだが、明治大帝は
「アジアの”独立国“であるハワイの国体を守るのは、やはりアジアの盟主である日本だな!」
返事一つで協力に応じたのである。
カラカウア国王に上手く引っ括めらたのである。
これには謁見に参加していた日本側の役人やカラカウア国王の侍従などの眠気を吹き飛ばすほどであった。
ちなみにカラカウア国王もここまで上手くいくとは思ってもいなかったため、内心とても驚いていたと後日語っている。
こうして密約が交わされたのだが後日、政府にこの話を打ち明けると
「へ、陛下!? なにをしてらっしゃるのですか?」
大久保利通や伊藤博文など、政府の重鎮がこの行動に呆れて、驚き反発したのだが、
「この国の天皇は誰だ? この国の国王は誰だ? 」
と、ひどい言い訳をし、結果的に明治大帝のゴリ押しによって計画はスタートすることとなってしまった、、、
具体的な内容は、
1、日本人移民の実現ハワイ人の人口減少を日本人の移民で補う
→ 人口飽和の可能性を考え、毎年数万人ずつ渡航予定
2、後に王位を継ぐことになるであろう姪であるカイウラニ王女と日本の皇族の山階宮定磨親王との婚約
→政略結婚決定
3、日本・ハワイの合邦
→ 明治天皇の駄々こねにより渋々決定。
4、日本・∙ハワイ間の海底電線敷設。
→ 国内情勢が安定後、実施予定
5、日本主導による「アジア連邦」の実現
→一旦先送り
となった。
この内容に対し、新政府の役人たちは顔面蒼白になり、中には内容のおかしさに呆れて倒れるものまで現れる始末であった。
ちなみに当の本人である明治大帝はニッコリ笑顔であり、すでに帰国していたカラカウア国王もこの話を聞いて内心ほっとしていた。
まず日本とハワイの連邦化は、一刻も早く実施されなければいけないと、明治大帝が騒ぎまくったため、まずハワイのカイウラニ王女と日本の山階宮定麿親王(東伏見宮依仁親王)との縁組みが行われた。
カラカウア国王来日から翌年の1882年のことである。
それと同時に完成したばかりのハワイのイオラニ宮殿にて、日本とハワイの間で日布修好条規が結ばれた。
内容は上記と同じである。
このことは日本とハワイ国内の新聞などのメディアによって国内に広まったが、一部の知識人ぐらいしか意味がわかっていなかったのだが、とにかくめでたいと、両国内では連日お祭り騒ぎになった。
また、条約が結ばれた際、明治大帝とカラカウア国王が互いに握手を交わしている写真が現在も残されている。
二人の顔は、互いに何か企んでいる顔をしていたのは、公然の秘密である、、、
明治帝「ハワイの港湾を使えるのは、大きなメリットだな!」
カラカウア「ひとまずこれでアメリカの影響力は減るだろう、、、?」
また海外では唖然となっていた。
なんせ連邦化自体珍しいことであり、なおかつ開国したばかりの国が連邦化など聞いたことがなかったからである。
そのため各国は日本とハワイの行動に注力し始めることになった、、、
ハワイ王国某所
「、、、準備の方はどうだ、」
「ああ、順調そのものだ。」
「そうか、、、では、準備出来次第、行動に移そうとしよう、、、この国は白人の物だからな、、、」
日布修好条規締結後、ハワイ王国では大きな変化があった。
当時のハワイ王国では、国の運営に多数のアメリカ人が顧問として迎えており、彼らの存在はハワイ王国では不可欠になっており、またハワイ王国の中枢は白人の大土地所有者、商人、宣教師に占められていたのである。
そのため、カラカウアは大多数のアメリカ顧問を解約し、新たに日本からの顧問を迎えたのである。さらにはハワイ王国出身者の政府役人への受け入れ拡大なども行われた。もちろん、教育も含めて。
また、ハワイ王国国内に多くの日本企業が進出し、日本の影響力が拡大した。
これらなどによって、ハワイに住む白人系移民は反発し、クーデターに繋がることとなった。
また、米布互恵条約が更新されなかったため、後に真珠湾が独占して使用できないことを意味していた。
また、ハワイ王国内に日本の軍隊が常備駐留することとなり、これらによりアメリカは反発。日本、ハワイとの関係を悪化させる一因となった、、、
そして事件は起こる。
1887年、白人グループが秘密結社ハワイ同盟を結成、独自の武装組織ホノルル・ライフル隊といわれる部隊を編成し、カラカウア国王に対し、王権を制限し白人が優位に立つ議会の権限を強化した憲法改定を認めさせようとした。
この動きに対し、駐留していた日本の駐留部隊はカラカウア国王からの要請に応え治安行動を開始。その後、ホノルル・ライフル隊を鎮圧、解散させた。
さらには1893年、懲りずに再建されたホノルル・ライフル隊がまたもクーデターを起こし、今度は宮殿に乗り込み武力制圧した。また、同時にアメリカ公使も海兵隊を上陸させて圧力を加えるありさまであった。
が、国王であるカラカウア国王はすでに宮殿を脱出。
日本の駐留部隊と当時編成中だったハワイ王国軍がアメリカの海兵隊やホノルル・ライフル隊と交戦した。
また軍艦ボストンの砲身を、イオラニ宮殿に向けて、いつでも射撃できると威圧していた。
ちょうどその時、急遽日本から派遣された軍艦浪速と金剛が到着。ボストンの両隣に停泊させ、戦争一方手前まで行きかける事態となった。全ては明治大帝の命であった。
結果的に戦闘にはならなかったから良かったものの、まさしく博打のような計画であったことには変わりはなかった。(陸戦については知りません、、、)
最終的に戦闘は短期的であり、クーデター側は鎮圧され、ホノルルライフル隊とそれを操っていた公安委員会、そしてアメリカの海兵隊は多くは戦死するか捕虜になったものの、一部はホノルル湾に停泊していたアメリカ海軍の軍艦ボストンに、もしくは在布アメリカ大使館に逃げ込み、逃走に成功している。
とは言え、アメリカ海軍の海兵が捕虜になったことによりアメリカ政府は激怒!
捕虜並びに負傷者の解放。そして、戦死者が出たことへの賠償と謝罪をハワイ王国および鎮圧に関わった日本に要求した。
当然ハワイ王国と日本に非は無く、賠償や謝罪を行う気ははなから無かった。
むしろ謝罪と被害者への賠償を要求しようとした。少なからず民間人にも大きな被害や死者を出していたのである。
しかし、当時アメリカとハワイの国力差は絶大であったため、賠償と謝罪をハワイ王国はアメリカに求めなかったのである。
結果的に、一部の賠償金と捕虜の内、重症者のみをアメリカに送ることとなり、まだ関係をマシにしたが、それでも関係は悪化してしまった。
ちなみにだが、軽傷者などの捕虜たちは、その後にハワイ王国の憲法によって裁かれ、主犯格の公安委員会のメンバーはほとんどが死刑。その他海兵隊兵士やホノルル・ライフル隊のメンバーの多くは有罪となり、刑務所へ送られることとなった、、、
そんなこんなでハワイ王国はなんとか存続できたのだが、視点はハワイ王国から西にずれることとなる。
憲法の誕生と、清国との衝突である、、、
設定:侍従長…一応本作のツッコミ役的存在。明治大帝が記憶喪失なのを知っている数少ない人物。明治大帝とは他に誰もいない時は、大体タメ口で話すほどの仲。おそらく大帝が亡くなるまでは登場し続けるだろう、、、
カラカウア国王…明治大帝と一緒にフラダンスを踊るほどの仲。この世界では1890年にアメリカに移っておらず、また明治大帝に勧められてアルコールの摂取はほどほどになっているため、長生きしている。
次回とその次までは、ハワイのどさくさに隠れていた話が続きます。
次回、日清戦争と憲法制定
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