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顔ハメ看板紀行 アゲハメギャル

作者: 伊藤テル

・【はじまり】


 今日も僕は早く登校して、学校の風景を写真で収める。

 今日は終業式で、明日からは夏休み。

 部活動をやっていない僕なんかが高校へ来る理由は、もう一ヵ月無いので、今日はいっぱいこのカメラで撮っておきたいのだ。

 高校は写真を撮りたい場所がいっぱいだ。

 誰もいない教室は何だか胸が躍るし、こうやって庭内にはお花がたくさん咲いていて、ちょっとした植物園だ。

 管理してくださる用務員さんには感謝しないとな、そんなことを思いながら、ふと顔を上げた。

 太陽光がアスファルトを燦々と照りつけ、朝露が蒸発し、少しだけ陽炎のようにもなっている。

 この歪みも写真に残せたら、なんてことを考えているその時だった。

「叫ぶな! ついて来い!」

 という何者かの叫び声と共に、僕は後ろからシャツの首根っこを掴まれた。

 突然のことで驚愕し、僕はそのまま倒れてしまった。

 失われていく意識の中、僕が感じたことは、誰かにおんぶされて連れて行かれることと何だかふんわりと香った甘美な香りだった。



 アスファルトの上で尻もちをついた状態で目を覚ました僕は、学校ではなくて、大きなビルの前の駐車場だった。

 ここはどこだろう、でも何だか地元のニュースとかで見たことあるような。

 そうだ、多分新潟市の朱鷺メッセかもしれない、えっ、何で、何で僕が朱鷺メッセに……? 荒っぽい授賞式への連れ去り方……? 僕が投稿した写真が受賞したのかな……? みたいな訳の分からないことを錯乱しながら考えていると、

「オマエ、ちゃんと飯食ってっか? めちゃめちゃ軽かったし」

 という声がしたので、うなだれていた状態から顔をあげて見上げると、目の前にはレースのついた赤いパンツが。

 僕は突然のことで目を丸くしながら、後ろにのけぞると、その声はこう声を荒らげた。

「ちょっ! オマっ! スカートの中のぞいてんなっ!」

 ヤバイ! 全然状況は分からないけども、誰かのパンツを覗き込んでいる状態になっている!

 この首から掛けているカメラも相まって盗撮犯みたいになってる! どうしよう! と、思った刹那、

「やるじゃん! やっぱそんぐれぇやんねぇとな! 成長したじゃん!」

 と言いながらその場にしゃがみ込んだギャルっぽい人、いわゆる黒ギャルというヤツだろうか、全然知らない人だ、何だろう? どういうことだろ? 非難するわけでもなく、パンツ見たことを肯定して、全然意味が分からない、本当に意味が分からない、何か声を張り上げないと正気でいられない気分だ、心に負荷が掛かり過ぎて叫ばなきゃやってられないような状態、だから僕は思い切って大きな声でこう言った。

「ここどこですか!」

 すると目の前の黒ギャルはクスクス笑いながら、

「来たことねぇの? アルビのパブリック・ビューイングとかする朱鷺メッセだし」

「やっぱり朱鷺メッセではあるんだ! というか誰ですか? 貴方が僕をここに連れてきたんですかっ!」

 僕は訴えかけるように強く言ったんだけども、この黒ギャルは軽くあしらうように笑ってから、

「貴方て! 昭和の歌謡曲かよ! アタシは祭屋アゲハ! 気軽に”アゲハメ”って呼べよ!」

 そう言って僕の肩を強く叩いてきた祭屋アゲハさん、いや、その、

「……アゲハメ……ハメって、何ですか……」

 と、おそるおそる聞いてみると、アゲハさんはニヤニヤしながら、

「今やらしいこと考えただろ、パンツ・リベロ」

「パンツ・リベロって何ですか!」

「敵陣深くまで入り込むだろ、リベロは、リベロのようにのぞきこんだという意味だし」

「いやあれは不可抗力で! というか連れてきたかどうかも教えて下さい!」

 しゃがんだアゲハさんのほうを見ると、普通にパンツがまだ見えている状態なので、それは良くないと思って、僕は立ち上がりながらそう言うと、アゲハさんも立ち上がって、

「あぁ、オマエのこと拉致ったし、だってオマエは写真担当だし」

 と言ってニカッと笑った。

 アゲハさんは身長が高く170センチくらいある感じだ。

 僕は男子としては身長が低いほうなので、正直20センチくらい差がある感じだ。

 だからアゲハさんは圧があって、拉致ったという言葉にも正直怖さがある。

 でも今のところは朱鷺メッセの駐車場で逃げたり叫んだりすれば助かりそうな感じはする。

 まあアゲハさんは運動神経も抜群そうな、すらりとした体型だけども。

 いやそんな見た目のことはいいとして!

「いちいち新しい情報出ますね! 写真担当って何ですかっ!」

「顔ハメって知ってる?」

「観光地にある顔を出す看板のことですか?」

「そう! アタシ、それが大好きなのっ! でもダチに言っても全然分かってくれなくて。じゃあ暇そうなヤツ、拉致って一緒に旅するしか無くね?」

「暇そう……いやこれから終業式ですよっ!」

 僕はノリツッコミみたいなテンションになってしまったけども、絶対僕のほうが正しいはず。

 でもアゲハさんはつまんなそうな表情をしてから、

「いいだろ、あんな形式的なヤツ。今日はアタシと顔ハメ・デートなっ!」

 そう言ってウキウキした顔になったアゲハさん。

「いや僕の皆勤賞がっ! って! それで”アゲハメ”ですかっ!」

「そうそう、で、オマエは何ハメ?」

「ハメじゃないです! 升浩司です!」

「ますこうじ、ますこ、じゃあスコスコな」

「アゲハメとスコスコっ? 大丈夫ですか、そのセンス!」

 僕は何だか良くない風を感じていると、アゲハさんは、

「いいじゃん、オマエはいつも一人でスコスコしてたじゃん、アタシは毎日ダチとアゲハメだし」

 何か別のこと言ってるような気がしてしまうあだ名だ……と思っていると、アゲハさんは僕の腕を引っ張って、

「いいから顔ハメすっぞ!」

 と言って走り出し始めたので、僕は「わわわっ」と引っ張られるまま、一緒に走ってしまった。

 急に何が起きているんだ、そもそも朱鷺メッセまでどうやって移動したんだろう?

 絶対自動車だろうな、でもあの場にいたのはアゲハさんだけだし、じゃあタクシー? 高校生が? アゲハさんって一体何者なんだろうか……とか、しっかり考えたいんだけども、アゲハさんはどんどん先に進んでしまって。

 僕とアゲハさんは朱鷺メッセの中に入っていった。


・【エスプラナード】


 朱鷺メッセ二階、エスプラナード。

 そこには『佐渡金山を世界遺産に』と書かれた顔ハメ看板があった。

 たらい舟や、朱鷺の顔の部分に穴が開いている。

 顔ハメ看板の前に来たら、アゲハさんが急に腰を回したり、屈伸したりし始めた。

 僕はどうすればいいか分からず、それをぼんやり見ていると、アゲハさんが、

「またパンツ狙いか、パンツへピンポイントパスめ」

「いや! 何してんのかなっ! と! 思って!」

「いいや、パンツへのピンポイントパスのはず。中盤のマエストロ、いや、中盤のマエロじゃん」

「そんなガンガン、サッカーで例えられても! 新潟はサッカー熱強い県だからギリギリ分かりますけども!」

「マエロも?」

「マエロはサッカーじゃないんで分かりません! というか何しているかどうか教えてください!」

 アゲハさんは溜息をついてから、こう言った。

「全く、何も知らないんだなぁ。顔ハメは無理な体勢になりやすいから準備運動するに決まってんだろ、スコスコ」

 確かに顔ハメって子供に合わせて作られているイメージあるから、大人がハメようとすると無理な態勢になるのかもしれない。

 だからって準備運動してまですることなのだろうか、とか思っているとアゲハさんがスッとたらい舟を操縦しているう人のところから顔を出したので、僕は、

「では写真を撮りますね」

 と言ってから、

「3・2・1、ハイ・チーズ!」

 と合図を送ってから写真を撮り終えたので、

「じゃあこれで……」

 と会釈して帰ろうとすると、アゲハさんがさっと近付いてきて、僕の肩をグッと掴んで、

「何帰ろうとしてんだよ、こっから長いし」

「長いんですかっ!」

「今のはサッカー選手で言うとこの開幕前のキャンプだし」

「九十分で終わらせて下さいよ!」

 と結構声を張って言ってしまうと、アゲハさんは何故か鼻高々に、

「そもそも朱鷺メッセはもう一つあるんだよ、ここ、ここ」

 と言ってまた僕の腕を引っ張り出すと、また別の顔ハメ看板の前で止まり、そこには『うまさぎっしり新潟』と書かれた顔ハメ看板があった。枝豆の豆部分に穴、笹団子の中央に穴、おにぎりの中央に穴。僕は正直恐れおののいてしまった。だって、

「穴の箇所がどこも人間じゃない……」

 んだから。

 そんな僕にサムズアップしながら、アゲハさんは、

「顔ハメの真骨頂だなぁ」

「いや! 顔ハメって、こうなりたいって願望なんじゃないんですかっ! 無機物の中央に穴が開いているって、どういうことなんですかっ!」

「知らん、でも楽しいだろ」

「た、楽しい、ですかね……」

 みたいな会話をさっきまでしていたはずなのに、アゲハさんはいつの間にか既に、おにぎりの中央のところから顔を出していた。

 おにぎりを選択したんだと思いながら、

「じゃあ撮りますね……」

 と写真を撮った僕に近付いてきたアゲハさんが、

「海苔と黒ギャルは親和性が高いなぁ」

「黒いだけですよね……というか、何で撮る時、顔が真顔なんですか? ハイチーズと言っても表情変わらないですし。いや正直海苔の顔なんてないですけども、たらい舟の時はそう思いました」

「そりゃ看板が主役だからに決まってるだろ」

「逆に真顔のほうが目立つ時もありますよ、きっと……」

 とあまりにも自信満々に言ったアゲハさんの圧に蹴落とされながらも、そう助言してみると、

「ん~、そん時はまたあとで考える!」

「あとで、って、まだあるんですか?」

「キャンプって言ってるだろ!」

 そう言いながら、また僕の腕をグイグイ引っ張って走り出したアゲハさん。

 今日ってもしかすると、ずっとこれの繰り返しっ?

 ふと朱鷺メッセにあった時計を見ると、午前十時半。あぁ、もう終業式も皆勤賞も……というか僕のあの気絶、結構長かったの?


・【万代島】

・ 


 ときめきラーメン万代島。

 朱鷺メッセの目と鼻の先だ。

 ラーメン屋さんが何軒かあり、今はダクトから美味しそうな出汁の香りがしてくる。

 一応確認として、

「……僕にはラーメン屋さんしか見えないんですけども。顔ハメ看板はどこですか?」

 と聞いてみると、アゲハさんは快活に笑ってから、

「おいおい! もう顔ハメの虜かよ! やる気満々だし!」

「いやでも実際やらないと終わらないんですよね……」

「その前にラーメン食おうぜ!」

 そう言って僕へサムズアップしてきたアゲハさん。

「いや! 顔ハメは!」

 と僕は早く終わらせたい気持ちが強いので、そう言うと、

「スコスコはずっとガリガリで体が軽いんだから食えばいいんだって!」

「そんな親戚のおばちゃんみたいなこと言わないで下さいよ。というか顔ハメ……」

「ハメ旅行はハメるだけじゃないんだし、旅先で食すグルメもハメ旅行の一部! で! 中華丸美と青島ラーメン司菜、どっちで食べるっ?」

 とアゲハさんは言っているんだけども、どう見ても、

「……いや時間帯が早くて、どっちもやっていないです……新潟のラーメン屋さんは大体十一時からですから……」

「何だよぉ、スコスコがハメにやる気満々過ぎて食べる気しないというわけか……」

「いや普通に時間の問題ですって!」

「じゃあ移動でもするか!」

「まだ行くんですかっ! 別の場所にまで!」

 と僕が言うとアゲハさんはニカっと笑ってから、

「こっからが本番! アルビでいうとこの二次キャンプ地の静岡へだし!」

「そんな! やっと高知キャンプ終わったところですかっ? 早く本番やりましょうよ!」

 と一応サッカーで対応すると、アゲハさんの足がピタっと止まり、何だろうと思っていると、

「本番をヤるだなんて、結構な言い方するなぁ、スコスコはぁ」

 と感心するように言ったアゲハさん。

 いや!

「全然変な意味じゃないですから! サッカーの試合ということですよ!」

「本当かぁ? そのカメラで撮りたいんじゃないかぁ? アタシの脚をぉ?」

「別に撮りたくないですよ! 僕は自然物が好きなんですから!」

「デカい声で否定するところが怪しいなぁ……? 脚、別に撮っていいしぃ」

「何でそんな脚ばかり……サッカー繋がりということですかっ? ドリブルを撮るということですか!」

「やっと気付いたかぁ、勘が悪いなぁ」

 そう言ってクスクス笑ったアゲハさん。

 この下ネタっぽいのとサッカーの二枚看板って何っ?

 というか、

「どうやって移動するんですか?」

「そりゃバスとタクシー」

「バスは分かりますけども、タクシーって大丈夫なんですかっ?」

「あー、大丈夫大丈夫、どっちもアタシ持ちでやるし。お金の心配はしなくていいし。デートというもんは誘ったほうが払うんだよね」

「いやデートって言われても急に連れてこられただけですし……」

 アゲハさんは柏手一発鳴らしてから、

「とにかく! どんどん行くし! 今日は行きたいところがいっぱいだし! ホテルで休んでる暇はないからね!」

「ホテルで休む気は無いですよ! というか早く帰りたいです!」

「そういう嫌よ嫌よも好きのうちみたいな文化は良くないし、ちゃんと正直に言うべきだし」

「いやだから正直にマジで嫌なんですよ! 僕こういうイレギュラーに慣れていないんですよ!」

「じゃあこれから慣れるし、アタシとの旅行って大体こういう感じだし」

 そう言って僕の腕を引っ張って走り出したアゲハさん。

 アゲハさんは身長が高くて正直力も僕より強い感じで、もうこれは降参だという気持ちになった。


・【新潟県庁】


 新潟県庁広報展示室。

 レルヒさんという新潟のゆるキャラの眉間に穴が開いている顔ハメ看板の前。

 アゲハさんはその顔ハメ看板を指差しながら、こう叫んだ。

「アゲハメじゃん!」

「……」

「いやこれはアゲハメじゃん!」

「……口癖なのか自分の名前なのか分かりづらいですよ」

 とたしなめるようにツッコむと、アゲハさんはムッとしながら、

「バカ! 兼用だし!」

「兼用は分かりづらいですし、分かりづらいと言えばこの顔ハメ看板も……何故、眉間に……」

 そう、眉間に穴が開いているのだ。

 普通顔か、それとも隣に子供がいて、その子供の顔が開いているとか、そういう感じじゃないのか?

 僕は不可思議だと思いながら、うんうん唸っていると、アゲハさんが、

「レルヒさんは結構何でもアリなキャラだからいいんだし!」

「レルヒさんって何ですか……」

 正直僕はこんなゆるキャラを知らない。

 黄色い軍服のような恰好して、茶色いヒゲ、もうハッキリ言って完全にオジサンである。

 目は妙に鋭くて、かなり怖い感じの外国人のオジサンだ。夜に正面から歩いてきたら僕は走って逃げると思う。

 アゲハさんはハァーーーと長い溜息をついてから、こう言った。

「スコスコ! 新潟のこと全然知らねぇな! スキーを日本人に教えた軍人・レルヒさん! 新潟はスキー発祥の地なんだしっ!」

 スキー発祥の地って他県でも聞いたことあるような、と思いつつ、

「というか軍人をゆるキャラにするって……」

 と俯きながら呟くと、アゲハさんが大きな声で、

「じゃあ早速撮れよ!」

 と言ったので顔を上げると、もうまたいつの間にか顔をハメていたので、僕は写真で撮った。

「いやぁ、あるうちに撮れて良かったし。まあレルヒさんは有名だからまた作られるだろうけどもっ」

 そう機嫌が良さそうに言ったアゲハさん。

 僕はちょっと気になる箇所があったので、

「あるうちって、何ですか?」

 と聞いてみると、

「あぁ、そうか、素人は知らないか……フフッ」

 と言ってこちらをチラチラニヤニヤと見てくるアゲハさん。

 やたら話したがっているので、まあ僕も聞いたし、

「えっと、どういうことですか?」

 と聞いてみると、アゲハさんは嬉しそうに僕の背中を叩きながら、

「やっぱり聞きたいか! 顔ハメ看板は人間の都合により生まれ、都合によって死んでいく、刹那的存在なんだ! だから今あるうちにハメる! 今は有限だし!」

「つまり顔ハメ看板は劣化が早いということなんですね」

「人が触るものだからなっ、看板というよりも遊具に近いから」

「なるほど……」

 納得はできた。アゲハさんってちゃんと顔ハメ看板に対して造詣が深いんだよな。だからまあ話として面白味はある。

 そんなことを考えていると、アゲハさんが僕の肩を掴んだので、何だろうと思っていると、

「そうだ、これなんかやっぱり県が作っていて出来が良いから後ろの写真も撮ってくれ」

「後ろ……って何ですか?」

「顔ハメ看板の裏側だし、人に愛された歴史を見たり、ハメる人へのホスピタリティがそこから見れるから」

「いろいろありますね……」

 その顔ハメ看板の後ろは少し人間の手垢が溜まっていた。

 いやよく見ると、表のほうにもあるんだけども、後ろは真っ白なのでそれがよく分かる。

 だいぶ使われてきた看板なんだなぁ、と何だか感心してしまった。


・【新潟県立植物園】


 ちょっと長いバス移動だったけども、その間はずっとアゲハさんがサッカーの話をしていた。

 新潟県民にとってサッカーの話は共通の話題だから。

 背番号十番の選手はすぐに移籍してしまうから決してサポーターにとって縁起の良い数字じゃないけども、やっぱり前年活躍した選手につけてもらいたいなぁ、という話を熱く語っていた。

 一応周りに他の人もいたし、下ネタ的な感じはゼロだった。それは本当に良かった。

「ほら、今県立植物園の前のカフェで弥彦むすめの直売会やっていて、顔ハメ看板も来ていたし」

「わざわざ顔ハメ看板を持ってくるって大変ですね……」

「まあ客寄せパンダだし」

 客寄せパンダになっているのかなと思いつつ、その弥彦むすめの直売会に持ってこられている顔ハメ看板を見ると、弥彦むすめという枝豆の自動販売機で、その自動販売機の中央に穴が開いているという顔ハメ看板で勿論人間じゃなかった。もはや勿論だ。さっきから全然人間じゃない。

 そんな顔ハメ看板に嬉々としてハマるアゲハさん。一応写真に撮ったけども、僕は言いたいことが浮かんだので言うことにした。

「こんな自動販売機の一部になって楽しいですかね……何にハマってるんですか……」

「馬鹿! 看板にハマってるんじゃなくて、こっちは物語にハマってんの!」

 そう声を荒らげたアゲハさん。

 僕は頭上に疑問符を浮かべながら、

「物語……ですか?」

 その僕の声の小ささとは反比例するかのように、アゲハさんは、

「そう! ここに佇む看板と人々の物語! 使われ続けた歴史に感謝!」

「テンション高いですね……」

「顔に感謝! 略して顔謝と言おう! いや言う! 顔謝がんしゃ!」

「いや何だか知りませんが、それは多分やめたほうがいいと思います……その略は……」

「というわけで顔謝を込めて、弥彦むすめでも買って食べますか!」

 僕とアゲハさんは直売会の弥彦むすめを吟味し始めた。

「確か普通の枝豆じゃなくて早採り枝豆なんですよね、とはいえ今はもう七月の下旬で普通の季節に近くなりましたけども。それでも早採りと言えばそうですね」

「そうなのかっ! さすが植物に詳しいしっ! いつも植物の写真撮ってるだけある!」

「たまたまですよ、早いモノは五月の初旬には出回るという枝豆なんです」

「じゃあもう今は遅めって感じだし、よしっ、この茹でてあるヤツ買おうよ」

 宣言通りアゲハさんが弥彦むすめを買った。

 僕がお金を出そうとすると、遮るように立った。

 既に茹でた状態で提供されている弥彦むすめを近くのテーブル席で食べ始めた、僕とアゲハさん。

「すごくおいしいですね」

 と僕が言うと、アゲハさんは笑いながら、

「弥彦むすめもスタジアムグルメに入れればいいのにっ」

「アルビレックス新潟のスタジアムで売られているグルメのことですね、アゲハさんは顔ハメ看板以外にもサッカーもだいぶ好きみたいですね」

「昔から観戦に連れてってもらっていたし! 遠征にも行くし!」

 ということはやっぱりアゲハさんってお金持ちの家の人みたいだ。

 でも何か、こんな遠くに遠征へ行くみたいな子、昔いたような、県外へ行ったことをすごい自慢していて……気のせいか、他人の空似か、というか情報だけの空似か、まあいいか。

 そんなことを考えていると、アゲハさんが、

「黙々と食べるなんてまだ馴染めていないユースの子かよ! 喋るし! なんせアタシは先輩だから!」

「何のですか、いや年齢的にも先輩なんですか?」

「ううんっ! アタシはスコスコと一緒で高一だし!」

「……何で僕が高一ということ知っているんですか?」

「そんなんっ……」

 と言って口ごもったアゲハさん、何だろうと思っていると、

「と! とにかく! 知ってただけだし! ほら! 同じ階層にいたし! スコスコが!」

 確かにうちの高校は年齢ごとに教室が違うけども。

 まさか、と思いつつ僕は口に出してみることにした。

「もしかすると、僕のこと、知ってるんですか? 何か、どこかで会いましたかっ?」

「そんなことないし! 誰がスコスコの追っかけサポーターだし! 全然! 全生徒愛してるだけだし!」

「そんな博愛主義者みたいなこと言われても」

 アゲハさんはかきこむように残りの弥彦むすめを食べてから立ち上がり、弥彦むすめのカラをゴミ箱に捨てて、

「じゃあ次は目の前の県立植物園に行こう!」

 と言ってまだ食べ終えてまったりしている僕を引っ張って走り出した。

「そんな、目と鼻の先なんですから、見ていますよ」

「一緒に見るのが楽しいんだよ!」

 まあそうかもしれないけども、とは思った。

 県立植物園の中。

 入場料は払わなくても大丈夫なところに、その顔ハメ看板はあった。

 食虫植物、ハエトリソウの顔ハメ看板らしい。

 ハエトリソウの口が開いた真ん中に穴が開いている顔ハメ看板で、まるで食べられて、既に体は消化されているような感じだ。

 ただ何故か腕は出せるようで、腕の消化はギリギリされていない感じを演出できる。中に引き込まれているみたいなことなのかな?

 準備万端といった感じで、顔にハマっているアゲハさんが、

「おい、スコスコ、もうちょい近付いて」

「近付くと撮れませんよ」

「いいから、こっち来るし」

「何ですか、全く……」

 こんな近付いたら全然周りがしっかり撮れないのに。

 僕は一応写真には一家言あるので、写真は写真でしっかり撮りたいという気持ちがあって、とか考えながら、近付いたその時だった。

 僕は急に看板側に引っ張られ、僕とアゲハさんの顔があと数センチくっつくくらいの距離になった。

 どうやら僕を腕で掴んで引き寄せたらしい。

「ほらっ、捕まえたー」

 そう言って満面の笑みのアゲハさん。

 その優しくも、妖艶な唇をしたアゲハさんに僕はドギマギしながら、なんとか離れようとするんだけども、アゲハさんのほうが力が強くて、全く引きはがせそうにない。

 僕は慌てながら、

「何ですか!」

「これすごいんだぜ! 顔だけじゃなくて、手も出せるだぜー!」

「いやいや近い近いです!」

「ハイ、スコスコ食べられたー」

 ついには看板越しにハグされてしまい、僕はどうしようもなくなってしまい、アゲハさんの顔に触れないように俯いた。

 そんな僕のリアクションを見てか、急に顔を真っ赤にしたアゲハさんが、

「ちょ! そんなウブいリアクションすんなよ! こっちが恥ずかしくなるし! 早く写真撮れ! バカ!」

「撮ります撮ります!」

 僕は急いで離れて、写真を撮った。

 ハエトリソウの内部の赤さには負けないアゲハさんの赤面した顔を見て、改めて恥ずかしくなってしまう僕。

 ずっと黙って俯いていると、それをかき消すような大きな声と強めの背中叩きをしてきたアゲハさんが、

「それにしてもさ! 顔ハメは現地に赴かないと手に入らない魔法のアート! 贅沢だし!」

「顔ハメが贅沢ですか……」

 と僕が小声で呟くと、

「んっ? 何か不満でもあんの?」

「不満というか、植物園は見ていかないんですか? いや僕はお金に余裕があるわけじゃないですけども」

「そんな暇は無い! 次行くよ! 次!」

「確かに顔ハメが目的だけでこんなに移動するなんて贅沢ですね」

 僕とアゲハさんはバスに乗って、秋葉区の市街へ行った。


・【あぽろん新潟店】


 あぽろん新潟店の前には本物のギターをくり抜いた顔ハメ看板があった。

「もはや看板じゃない……」

 つい震えるほどに驚いてしまった。

 でもアゲハさんは全然それに対しては無反応で、当たり前のように顔をハメたので、僕は写真を撮った。

 アゲハさんは上機嫌に、

「よしっ、撮ったな、いやぁ、今日は本当”いい日、顔ハメ”だし!」

「何ですか、その台詞」

「ちょっ! オマっ! もたいさんのこの台詞知らねぇってマジかよっ!」

「知らないですよ、誰ですか、というか、結構笑われていますよ、顔ハメしている時」

 と正直に言ってみると、アゲハさんは深い溜息をついてから、

「エンターテイナーだろ?」

「は、はぁ……」

 と生返事を繰り出してしまうと、アゲハさんは元気よく手を挙げてからこう言った。

「じゃあ今日の締めにいくぞ! ちょっと遠いけど!」

「遠いんですかぁっ?」

「ヘイ! タクシー!」

「えっ? タクシーで移動するんですかっ?」

「そうだよ、こっからそこは交通の便が悪いからな。あぁ、大丈夫、全部アタシが出すし」

「いやいやいや! どこかは分かりませんが、遠いのならば高いんじゃないんですかっ!」

「そういうことは気にしなくていいし。勿論あとから請求もしないし。ギャルの計画性舐めんな!」

 そう言って舌を出して笑ったアゲハさん。

 でもまあ今日ずっとアゲハさんに付きっ切りで移動して、信用できない人でも無いなということはちょっと思ったので、もう言われるがまま移動することにした。

 タクシーには後ろ隣同士で乗った。

 その時に改めて思った。

 というか何このシチュエーション、黒ギャルと一緒にタクシー乗るとか旅するとか。急にどうしたんだよ、僕の人生……と。

 そんなことを考えていると、アゲハさんがこう言った。

「スコスコはさぁ、ずっと学校で写真撮ってるよな」

「やっぱり何か、僕のこと知っているんですね」

「知っているというか目に入るだけだし。でもなぁ、スコスコに憧れてたんだ、アタシ」

「どっ! どういうことですかっ!」

 とつい大きな声を出してしまうと、アゲハさんは優しく微笑みながら、

「自分の好きなことを貫き通せる、その姿に」

「いや、別に、ただ、写真撮ってただけで……」

「だから決めたんだ! この夏は自分のやりたいことをちゃんとするって! 人に流されず、自分で決めたことだけをやってやるるんだし!」

「……立派ですね、僕なんか全然で。結局写真だって実際は消極的な趣味だったりしますし。それにしてもアゲハさん、僕、アゲハさんとどこかでお会いしましたか? まるで僕のことを知っているように喋る時がありますよね? アゲハさんって……アゲハさん?」

 アゲハさんほうを見ると、いつの間にか目を瞑ってスース―いっていた。

「秒で寝た……」

 僕はどうすればいいか分からず、車窓を眺めた。

 ふと、何だか視線を感じたので、アゲハさんのほうを振り向くと、やっぱり寝ていた。

 さっきと位置が変わっているアゲハさんに、座席のシートでも寝返りうつとかあるんだと思いながら、僕は目的地までずっと車窓を眺めていた。

 着いたところは田舎町の風情がある場所だった。

 着いたと同時にアゲハさんは、まるで起きていたように目を開けて、すぐさま運転手さんとお金のやり取りをし、また、

「すぐに帰るんで、近くで待っていてください」

 と丁寧な口調で運転手さんに話していた。

 本当に顔ハメ看板だけの旅なんだ、そんなことを思いながら話を聞いていた。

 その顔ハメ看板は蔵が並んでいるような場所にあり、『狐の嫁入り行列』と書かれていて、亭主と嫁の顔にそれぞれ穴が開いていた。

 アゲハさんは腕を天まで伸ばして、背筋を伸ばしながら、

「最後は二人で撮るか。あっ、そこのお姉さん、カメラお願いします」

 僕の首から下げていたカメラを取り、道を歩いていたお婆さんにカメラを渡したアゲハさん。

 急に、と最初はハッとしたけども、すぐにそのお婆さんにカメラの撮り方を教えた。

「そうそう、顔ハメの流儀として、そのメガネは取るんだよ、スコスコ」

 言われるがまま僕はメガネを取ると、アゲハさんはムフっと笑ったので、何なんだろうと思っていると、

「メガネ取った顔! マジ童顔だし! 中学生だし!」

 そう言って僕の頭を冗談っぽくワシワシと撫でてきたアゲハさん。

「いや僕の身長からもそう言っていますよね!」

 と少しムッとすると、

「悪かったし!」

 とアゲハさんが軽く謝罪したけども、僕はまだちょっと腹が立っている部分もあっ。

 お婆さんから写真を撮って頂き、お礼を言ったあとに僕はやり返す意味を込めて、

「フフッ、黒ギャルの嫁入りて……」

 とバカにするように言ってみると、アゲハは満面の笑みで、

「笑うとやっぱ可愛いなぁ、スコスコ」

 その笑みに心がグゥと押されてしまった。

 バカにした意味を一切感じていない鈍感さ、というか純粋さに申し訳無い気持ちになり、軽く会釈しながら、

「べっ、別に……」

 と答えてからすぐメガネを掛けて、アゲハさんからの目線を反らした。

 アゲハさんは嬉しそうに僕の肩を叩きながら、

「やっぱり一人でスコスコするより、二人でハメたほうが楽しいなっ」

「いや言い方! いやでも確かに今日は楽しかったです。有難うございます」

 お礼を言って頭を下げた僕の両肩に、バンと手を置いたアゲハさん。

 一体何なんだろうと思っていると、

「よっしゃ! じゃあ夏休みはスコスコとハメ旅行しまくれるし!」

「えっ? 夏休み?」

「だって明日から夏休みじゃん」

「いやそうですけども、旅行? 旅行ですか?」

「ほら、アタシ、アルビ好きじゃん? アウェイ戦はやっぱ行きたいし、その旅先で顔ハメをヤリたいし、アウェイ戦無くても旅行行きたいし! ちゃんと計画に入れておけよ! スコスコ!」

 そう快活に言い放ったアゲハさんとは真逆で、僕は少々慌てながら、

「……あの、せめて、日帰り……ですよね……」

「はぁ、ホント大事なところは何も知らねぇな、スコスコは。夏のJリーグはナイトゲームだろうがっ! もろ泊まり! つーわけで、よろしくー!」

「あの……そうなると、僕、人に流されまくることになるんですけども……」

 とさっきアゲハさんが言ったことをなぞって言い返そうとするんだけども、

「とりま夏はアタシのターンということで! まっ! 学校まで送るし! タクシーに乗ろう!」

 そう言って二人でタクシーに乗った。

 僕は何だか疲れがどっときてしまい、僕はタクシーの中で寝てしまった。

 寝る直前、何だか人間の温かみが顔に近付いてきている感覚がしたけども、僕はそれ以上に眠くて、寝落ちした。

 学校に着くと、最後にアゲハさんとLINEの交換をして、アゲハさんはそのままタクシーに乗って家に帰っていった。

 僕は歩いて自宅に戻った。

 まるで夢のようだった。

 それがリア充になったような夢なのか、悪夢なのかは分からないけども。

 いやまあ黒ギャルだったから、黒い夢なのは間違いないかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心地良い読後感を得られました 独特の設定ですが、うまくまとまっていて、ふたりと一緒に旅をしているような気分になりました 場所が変わる度にワクワクを感じました レルヒさんを検索したら本当に眉…
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