6
暇で暇でしょうがないので、商店街のくじ引きに行くことにした。母はあの男の人の一件以来、気力を失った様で、私を殴る回数が減った。
くじ引きをする場所には、私の前に五人ほど並んでいた。その全員が外れで、ティッシュを貰っていた。私は、ポケットからくしゃくしゃのくじ券を取り出した。くじのおじさんは一瞬嫌な顔をしたが、一応受け取ってくれた。
「じゃあ、二枚だから二回ね」
赤い紙で覆われた段ボール箱に、手を突っ込む。迷っても仕方が無いので、最初に触れたくじを取る。開くと四等となっている。
「おお!うまい棒五十本。これは当たりだ」
うまい棒は大好きなので、嬉しい。隠しておけば、非常食にもなる。
「もう一回、良いの?」
「ああ、ラストね。三等以上はまだ出ていないから、チャンスだよ!」
「何が当たるの?」
おじさんは紙を見せて来た。三等ウォークマン二等アイポッド一等アイタブレット、どれも良く分からない。
「どれが当たり?」
「この中だったら、全部当たりだよ」
そうなのか、納得はしていないが、どれか出せたら良いなと思いつつ、くじに手を入れた。またもや一番目に触れたくじを取る。
ぺり、と捲る。一等と書かれている。おじさんに見せると、驚きながら手元にあるベルを盛大に鳴らした。からん、からんとけたたましい音が鳴り響いた。
「一等!大当たり!嬢ちゃん、良かったな」
道行く人が立ち止まって、私に向かって拍手してくる。
「おめでとう!」
「あなた、すごいわね」
「やっぱり、下心が無い子が当たるのかね」
私は勇者みたいである。
「うまい棒はこれで、アイタブレットはちょっと待っていてな」
おじさんは大きなうまい棒の詰め合わせを手渡しした後、店に入った。
「雅之!くじの景品、一等、持ってこい!」
うまい棒とうもろこし味をぼりぼり食べていると、白い箱を手に青年が店から出て来た。
「二つ抱えて、家に帰るのは大変だな。お前、家まで送ってやれ」
「えー、嫌だよ」
「嫌なら、店番ずっとしているか?」
おじさんは、意地悪げに笑みを浮かべた。
「はぁ、わかったよ。君家はどこ?」
「ここから歩いて二十分」
雅之はがっくり肩を落とす。
「結構遠いな」
雅之はぶつぶつ愚痴を零しながら、歩いている。
「ここ、右、左?」
「左」
私も雅之も汗をダラダラ流していた。
「なあ、一回涼もうぜ。丁度、良い所にマックがある」
特に断る理由が無い。
「良いよ」
私達は炎々とした気温から逃れるように動いた。自動ドアが開いた瞬間、冷気が体を包み込む。
「ホワァ。最高だぜ。生きてて良かった。ここが天国だ」
雅之は目を閉じて、冷風を堪能している。
「何か注文する?」
「当たり前だろ。水だけもらって、はいさよならなんて、そんな厚かましい真似しない」
「じゃあ、私マックフルーリー」
「お金持っているのか?」
「ううん。雅之が払って」
「はあ!なんで俺が。て言うか、雅之って言うな」
「え、なんで。あなたの名前は雅之でしょ?違うの?」
「そうだけど。俺は十六、高校生だ。雅之さんだろ」
涼んでいる最中なのに、顔を真っ赤にしている。雅之は財布を取り出して、中を確認する。
「二百円しか入ってねえ!」
「ほら、雅之。店員が変な目で見ている。早く注文しよう」
「お前、覚えとけよ」
歯ぎしりしつつも、カウンターの前に行く。
「ご注文は何ですか?」
ファストフード店特有の、作り上げられた笑顔と甲高い声の店員だ。
「あー、マックフルーリーSサイズを下さい」
「他にはいかがでしょうか?」
「水を…水を下さい」
「以上でよろしいでしょうか?」
「以上で」
雅之ははずかしそうに、財布の中から十円玉をかき集めて、会計を済ました。
「マックフルーリー、分け合いっこする?」
「良い。俺は水で十分だ」
店員からマックフルーリーを受け取って、二階へ上がった。
ずーっ、と吸い込む。どろどろした冷たいアイスが口に入る。バニラが濃厚で口元が緩む。
「美味しいか?」
雅之は水をちびちび飲んでいる。
「美味しい」
「そうか」
沈黙の時間が続く。
「そう言えば、お前の名前を聞いていなかったな」
「南、古屋南」
「南か。南の家には、アイタブレットとか詳しい人いるのか?」
母を思い浮かべる。携帯は使っているけれど、機械には弱い。
「ううん、いない」
「そっか、今俺が設定してやろうか」
「良いの?」
「ああ、どうせ暇だし。店番もさぼれるし」
「ありがと。雅之」
「雅之さん、な」
雅之は横に置いてあった、白い箱を開けて、中からタブレットを取り出した。横にあるボタンを長押しすると、電源が付いた。
「俺が欲しいくらいだよ。南、ラッキーだな」
画面をタッチして、諸設定を行なっている。
「あげようか?」
「えっ、ほんとか!」
目が光り輝く。
「ほ、欲しい。…けど…これはお前が当てた」
悔しそうに唇を噛んでいる。
設定が終わるまで、十五分ほど、空になったマックフルーリーを吸い続けた。
「出来た。最新のアイタブレットは、メールとかカード番号入れなくてもアプリ入れられるから便利だよ」
「何アプリって?」
「ゲームとか、色々便利な機能だよ。試しに一個入れてみるか」
雅之は慣れた手付きで、画面を操作する。
「無料のやつだけな。まあ、カード情報入れていないから、そこは安心しとけ」
雅之はどれが良いか品定めしている。
「そうだ。チャットアプリ入れるか?」
「何それ?」
「世界中の人と繋がれるのさ。メッセージを投稿したり、みんなの投稿を見たりすることが出来る。気に入った相手とはフォロワー同士になれて、個人的なやり取りが出来る。俺もやっているから、フォロワー同士になろうぜ!」
雅之はそれをタップしてダウンロードした。可愛らしい狸のアイコンが、画面に追加される。
「名前はどうする?」
「古屋南」
「ダメダメ。先に忠告しておく。ネットでは、個人情報を出すな」
「何で?」
「悪用されるからだ。絶対住所とか書き込むなよ!」
強い口調で警告してくる。
「あだ名とかある?」
「クラスの人からは、古屋さんって呼ばれているけど…」
雅之はまじまじと私を見てきた。
「南、友達からは?」
「いない」
「一人も?」
「一人も」
雅之が突然穏やかな表情になった。
「そうか、お前も色々抱えているんだな。大丈夫!俺が最初の友達になるよ」
「やめとく」
「え、断る?!普通この状況で断る?」
「雅之は雅之」
「はあ?意味が分からない。…もうこの話は置いておこう。じゃあ、好きな言葉挙げてみて」
好きな言葉…
「ミケ」
「お、良いじゃん。じゃあ、名前はミケ。アイコンは三毛猫で良いよな?」
「うん、お願い」
ささっと、アイコンを作ってくれる。
「最初は分からないことだらけだから、要点を纏めるわ」
雅之はタブレットのメモを開いて、順々に説明してくれる。
一ワールドチャットでは、不特定多数の人に向けて、何気無い文章を投稿出来る。また人の投稿を見ることが出来る。
二気になった相手とフォロワー同士になると、個人チャットをすることが出来る
ここから先は注意点
・誰が見ているか分からないから、住所が特定出来るような内容、写真、その他個人情報は載せない。
・このアプリで仲良くなった人と、現実で会わない
「何で、会ってはいけないの?」
「例えばな、南と同い年の子を装っている悪い大人が、お前を連れ去ってしまうかもしれないから」
「ふーーん」
「よし、俺と約束しよう。南はこのアプリで仲良くなった子とは会わない」
雅之が小指を出してきた。
「何?」
「指切り拳万」
半ば強引に、約束を誓わされた。
「注意事項も説明したし、初チャットしてみるか。このキーパッドを押して文字を入力してみろ」
何回も打ち間違いをしながら、文章を作る。
「マックフルーリー、おいしい」
雅之はふっ、と笑った。
「初投稿はこれで良いのか?」
「うん」
「この、送信ボタンを押してみて」
指示されたボタンをタッチすると、ヒュンと小さい音が鳴った。
「いつ全世界に届くの?」
「もう既に届いているさ」
「それ冗談?」
「冗談じゃない。一瞬で全世界に南の思いが広がった」
神奈川県を離れたことないのに、全世界と繋がれるって、変な話だ。
「ちょっと貸して。俺と友達になろう」
「だから、やめとく」
「現実の話はもう良い!このアプリの中で、お互いをフォローし合うことを、友達登録って言うの!」
ルーペをタッチして、英数字を入力した。画面が切り替わって、マサというユーザーが出て来た。フォロー100フォロワー20フォローを押すと、マサのフォロワーが21になった。
「俺の携帯は家に置いて来たから、帰ってからフォローしとくよ。これで、俺たちはいつでもチャットできるぜ」
「へー」
「あ、でもWi-Fiが無いと出来ないわ。南の家ってWi-Fiあるか?」
「多分無い」
雅之はあちゃー、と手を叩いた。
「あのな、このアプリはWi-Fiに繋いでないと使えない。だから、マックとかデパートとか、フリーWi-Fiが使える所でしか利用出来ない」
「なら、毎回ここで何か買わないといけないの?」
「いや、裏技を教えてやる」
雅之は悪い顔をして、顔を近付けた。
「あのな、Wi-Fiっていうのは店内の外にも飛んでいる。だから、ここの店の裏でも使えるんだ」
「なるほどね」
無料で使えるなら、それを利用しない手は無い。
雅之は私の自宅を見て愕然としていた。
「ここに、住んでいるのか?」
「うん」
「俺の家もボロいけどよ…」
確かに外壁もボロボロで、今にも風で吹き飛びそうな家ではある。
「まあ、慣れる」
「そうか。なあ、あのさ。俺はもう帰るけどよ、いつでも俺の家へ遊びに来いよ」
「考えとく」
「そこは、うんって言えば良いの。ったく、可愛くねえな」
「よく言われる」
一人畳の上で、美味い棒明太子味を食べる。異常な旨さだ。
どうして、雅之は私を殴らないのだろう。それが疑問だった。今日一日、色々なことを言った。別に悪気は無かったけれど、その度に雅之は怒っていた。でも、私を一回も殴らなかった。
認めたくないけれど、私は楽しかった。また雅之の家に行こうとも思っている。なんだか、むず痒い。今日の私は変だ。畳に寝っ転がって、目を瞑った。




