【4】獅束麗生の日常(壱潟満幸)
ピピピ、ピピピ、……ピピピ、ピピピ――
6時半、いつもと同じ時間にアラームが鳴り響く。
「ん、うぅ」
頭に響く目障りな音を感じて彼女は目覚めた。
「うっさ」
布団から手を伸ばして、音の発生源を握りしめる。
そして、画面に映るアイコンをスライドさせて音を止めた。
「あー、うーん、眠い」
布団の中で一度縮こまるが、体に力を込めてバッと、起き上がった。
まだ完全に起きてはいない意識と体を引きずって、彼女は寝室を出てバスルームに向かう。
着ていたパジャマを脱ぎ、シャワーの下に行くとそのまま蛇口をひねる。
「ひゃっ」
はじめに出てくるのはもちろん、水。
寝ぼけた頭のまま、ただ習慣を繰り返しているだけだったが、一瞬にして意識が覚醒し、同時に彼女は思い出す。
「あ、お湯にしてない」
水をひっかぶったまま、浴室の外にあるスイッチを押して、しばらく待つ。
「う、さむ」
すぐにお湯になり、冷や水で眼が冴えたためか、彼女はてきぱきと寝汗を流していく。
朝は時間が過ぎるのが早いため、30分もせずにバスルームから出ていった。
体の水分をふき取って着替える。短く切った髪ではあるが、丁寧に乾かして、……
時計の針と時々目を合わせつつ、最後に軽く化粧を施す。
これぐらいなら教師にも咎められることがないと思って行う、最低限度の抵抗をして、彼女の身支度は終わった。
「大丈夫よね」
姿見で制服姿を映して、タイの歪み、スカートのプリーツなど、身だしなみにうるさい教師に声をかけられないように念入りに確認する。
「よし」
獅束麗生、彼女の一日は大体こんな形で始まる。
「いただきます」
支度をすませ、シリアルと近くに置いていたバナナを胃の中に入れる。
一人での朝食も今になってはいつもの風景だった。
高校生になるまでは父親と暮らし、いつもご飯は一緒に食べる親子らしいことをしていたが、父、獅束充の事業が軌道に乗り過ぎた結果、世間から姿を隠すことになってしまい、今は完全に別居状態だ。
麗生は父の居場所も良く知らないが、連絡は頻繁に取ってくるので、あまり離れている感覚もない。
むしろ、思春期真っただ中継続中の彼女にとっては今の暮らしの方が好みではあった。
「ふう、ごちそうさま」
空になった皿を食洗器に放り込み、そのまま動かす。
一人暮らしならば当たり前、自分の世話は自分で行う。
しかし、今や世間では父の名前を知らない人はいないほど。その社長令嬢である彼女の暮らす家は、高層マンションの一室。セキュリティも完備された、普通のサラリーマンでは済むこともできない場所であり、親の庇護からはまだまだ抜け出せない状態でもあった。
「そろそろかなぁ」
時計を確認すると、ちょうどよい時間。
ソファに置いてあった通学鞄を持って、部屋を出た。
彼女の通学手段は電車である。
しかし、彼女の制服は目立つ。
何故なら、彼女が着るのは都内随一のお嬢様学校、女学院といえばで通るほどの有名校だ。
制服も有名であり、灰がかった白を基調としたブレザーとひざ丈のプリーツスカート。
制服を汚すことを考慮されていない品位の高い生徒が着るものとして、設計されたデザインだ。
そのため、彼女の周囲はいつも他の乗客と少し距離が空いている。近くにいると何かの拍子に触れてしまう、何か汚してしまうのではないか。そういった畏怖を放ってしまっている。
そんな周りの様子を気にせず、彼女は鞄から本を取り出して視線を落とす。
今の時代、紙の本はむしろ高級品だった。電子媒体であらゆるものを管理できてしまったが故、物としての書物は廃れ紙の本の値段は高騰し、一部のマニア、金持ちが持つ者としてステータス化されている。
彼女が持つ本も華美な布地と綺麗な糸をまとっている。
しかし、彼女が読んでいるのは昔の大衆小説。内容は大したものではなく、青春を謳歌する高校生の物語。
読み進めているうちにため息が出る。
(私が思ってたのってやっぱこんなんだったよなー)
家が普通だったならば、そんなことを考えるが、むなしくなるだけ。
それならば今を楽しもう。
そう自分に言って、彼女は再びそらした目線を文字に戻した。
電車に揺られること20分。
学院前とアナウンスされ、彼女は電車を降りて学校へ。
同じ駅で降りる人はほとんどおらず、改札をくぐっても歩いているような人はいない。
代わりにずらりと列を作る高級車が目に映る。
しばらく歩けば校門が見えるところで、順番に律義にそれぞれの送迎を待っている。
暇そうに携帯端末を見ている生徒、参考書を見ている生徒、誰かに電話している生徒を横目に、彼女はそのまま学校へと入っていく。
「おはようございます」
「おはようございます、獅束さん」
送迎される生徒たちを見守る、いや監視か、ように立っている背筋の伸びた教員に挨拶をする。
彼女の視線は麗生を靴の先から頭の頂点まで移動し、それからふっと微笑んだ。
自家用車での送迎が当たり前の中、公共機関で通学する変わった生徒。何かあったら注意をしよう。そんな魂胆が透けて見えたが、麗生はふっと微笑みを返してその横を過ぎていく。
「心臓に悪い」
朝の身だしなみのチェックは彼女のために行っているようなものだった。
この人さえいなければ、もう少しスカートの丈を短くして、タイは少し緩めても良いと思うくらい、窮屈な制服は扱うのは正直面倒であった。
教室に向かう途中は廊下に出ている生徒はほとんどおらず、皆教室で談笑をしている様子。
始業前のはずなのに、授業中の様な静かさだった。
「おはよう」
自身の教室、席へたどり着き、目の前のクラスメイトに声をかけて座る。
「あら、麗生さん、ごきげんよう」
ゆったりとした動作で、ふわっとした柔らかい声が返ってくる。
「今日は少しお早いのね」
「寝坊しなかったからね」
「昨日の課題は」
「できてるよ。昨日は大丈夫だった」
「それは良かったですわ」
彼女とは入学以来よりクラスがずっと同じで何かと話すことが多い。清廉なお嬢様という雰囲気が漂っているが、グループにも所属していないため、同様にそういった派閥のようなものに興味がない麗生とは気が合っていた。
「期末試験も近いから、気を付けないとだね」
「テスト勉強もそろそろ始めませんと」
「そうだね、面倒だなー」
「麗生さんなら、苦労せずまた成績上位なのかしら」
「そんなことないよ。意外と一夜漬けだよー」
他愛もない会話で時間をつぶしていると、予冷前だが担任が入ってくる。
それを見て周りのクラスメイトは続々と着席をしていき、そして、予冷が鳴ると同時に、朝礼が始まった。
今日の時間割は数学、歴史、化学、国語、体育、物理、古文。
特に何も起こらず淡々と時間が流れていく。私語もなく、手紙も回ってこない、組まれたカリキュラムをこなすだけの時間。
ただただ麗生にとって暇な時間が漂っていた。
昼休み。
登校時に適当にコンビニで買ったパンを食べ、早々に持ってきていた本に浸る。
食堂を利用する生徒が多いため、教室内は完全に出払っており、教室には彼女一人。
仲がいい子たちも基本は食堂を利用するため、誘われることがない限りは一人の時間を過ごしている。
丁度読んでいる小説も学校の昼休みの場面。そんな学校もあるんだと、騒がしい昼休みの描写に、ふーんとつまらなさそうにつぶやいた。
すると、
「ねえ、麗生さん、今日放課後空いてるかしら」
気が付くと、クラスメイトの子が一人、麗生の前に立って声をかけてきた。
あまり話をしたことがなかったが、少し前から授業でグループを組むときに誘われるなどと、縁ができていた。
「一応、ないけど」
そういうと、彼女の顔は少し晴れやかになった気がした。
「でしたら、放課後に――」
そう彼女が言いかけると、突如麗生の携帯端末が鳴った。
「ごめん、ちょっといいかな」
「えぇ、どうぞ」
同級生から距離を取って、通話に出る。特徴的な着信音に設定していたため、相手は誰か分かっていた。
「どうしたの、パパ」
「いやー、ごめんね。昼休みにかけて」
放課後や休日以外に電話をかけてくる時は大抵他愛もない連絡ではあるが、こういった変な時間にかかってくる時は、大抵ろくでもないことを麗生は知っていた。
「……どうしたの? まだ学校なんだけど」
「いやー、それは……急用でね。またパーティの参加お願いしたくて」
予想的中だ。
「また?」
「どうしても麗生にね」
「学生の間はそんなにしなくていいって言ったよね?」
「ああ、まあそうなんどけど、――」
「そう言って、この前も――」
「ごめん、ごめんよ、今度また麗生の好きなもの買ってあげるから、ね?」
「また調子いいこと言って」
「ほんと、お願い! この通り!」
軽薄な父親の言葉に耳を貸したくないのはやまやまだが、麗生は見捨てることもできず
「ったく、良いよ。それでいつ、スケジュール開ける」
そう言って、端末のスケジュール画面を出そうとすると、
「今日」
「は?」
「今夜ね、それじゃ準備お願い」
「え、ちょっと待って、ふざけ――」
ツーツー――
そう言いかけると電話は切れていた。あの父親のことだ、よし用事は言ったと満足して勝手に切ったのだろう。
「あの、クソ……」
近くにクラスメイトがいたことを思い出し、今の言葉は飲み込んだ。
息を吐き、離れていたクラスメイトの元に戻った。
「で何だっけ」
「放課後に少しお話しできないかしらと思って」
残念ながら、先ほど父親のせいで麗生の予定は埋まっていた。
「ごめん、ちょっとバイト入っちゃって」
「あら、そうなんですの、残念ですわ」
すごく残念そうな顔をして、クラスメイトは麗生の元を去っていった。
せっかくのクラスメイトとの交流の機会を奪われてしまい、つくづく普通の学生生活というのは彼女にはやはり縁遠い様だった。
そして、普通に授業を乗り切った後の放課後、麗生は電車に揺られていた。
家とは逆方向に進む電車で向かうのは彼女のバイト先であった。
学園から進むこと、20分ほどの駅で電車を降りる。
駅の外にあるのは開発計画から外れ、シャッターが閉まった店の多い商店街。さびれた店が並ぶ中、とある店の前で彼女は足を止めた。
店に入らずとも分かる、そこは古書屋だった。今では流通することのなくなった紙の本を扱い、修復や装丁まで行う一種の専門店。
麗生が読んでいた小説もここに流れてきた本の一冊。紙の本で読むことが好きな彼女は、適当に見つけた本をここで装丁して持ち歩く。今では自宅の一室が本で埋まり、もう一つの部屋に読み終わった本を保管しているほど。
装丁まで行う場合、一冊数万円という世界になっているが、麗生にとっては取るに足らない出費ではあった。
そして、紙の本を扱うということに興味を惹かれ、彼女はここでアルバイトも行っている。週に2回程度、年老いた店主の代わりに本の整理など主に力仕事が彼女の仕事。本当は本の整理をしながら次に読む本を品定めしているだけだったりする。
暇があれば、適当に棚から本を取ってきて、店番をしながら読書をするのも、彼女にとって大切な時間だった。
しかし、今日はそのために来たのではない。
「四辻」
店に入りつつ、店主を呼ぶ。
「ああ、今日もかい」
背中が少し曲がっているが、それでも麗生とそう身長の変わらない店主が作業場から出てきた。
「そうなの困っちゃう。それで、準備は」
「できてるよ、さっき入荷したよ」
「そこまで織り込み済みなのね」
この迅速な速さ、充は麗生が断らないだろうと踏んで、パーティに必要なものをここに運び込ませていたのだ。
何もかも思い通りに行くと思っている父親には腹が立つのを通り越してあきれてしまう。頭のいい大きな子供を相手しているような、けど父親であると思うと、親が選べない理不尽を感じざるを得ない。
また息を吐き、渋々店の奥へ向かう。
店の奥は本の装丁用の資材を保管しているのだが、そこの扉を開いて、さらに奥のもう一つ扉を抜ける。勝手口に続いているようにも見えるが、続く部屋はロッカールーム。
電子ロックをかけてある厳重なロッカーが部屋の中央に鎮座していた。
麗生はロッカーの前に立つと、付属するパネルにパスコードを打ち込んでさらに生体認証を行ってロッカーを開く。
「え、……うわっ、最悪」
いつもとは違うロッカーの中身に彼女は苦い顔をするのだった。
とある工場跡。周りは倉庫街と化しているが、ここだけは少し騒がしく、中から人の声がしていた。
「おい、はやく運び出せ! 急げ、急げよ!」
「そんなこと言ったって、精密機械だからせかしてんじゃないよ。こっちは専門外だってのに」
複数のツナギを着た男たちが乗用車ほどある箱状の機械に器具を取り付けている。
彼らをせかしているのは、清潔さがないぼさぼさの髪をした痩せた男。
人力ではとても動かせないほどの大きさのため、クレーンでトラックに積み込むようではあるが、何やら急いでいるようだった。
「くそ、見張りちゃんとしてろよ! これをやられちゃ、僕は、僕は!」
半分ヒステリックになりつつ、機械の回りをぐるぐると回る。
「おい、そこは違う! 強度が持たないだろ!」
「分かったって、少しは落ち着けよ」
「あー、もう、くそ、くそ! いざとなったら、――」
男が何かを言いかけようとすると、外から何かが聞こえてくる。
「バイクのエンジン音?」
工場の外、暗がりに一つの光が見えていた。
それはどんどん大きくなり、工場の外を見回っていた男たちを照らしていく。
大きくなる光に対し、
「止まれ!」
と声をかけるが、聞こえていないのか、はたまた虫をしているのか、光は近づいてくる。
命令を受けていたため近づいてくる光に向けて、隣にいた仲間と発砲する。
パラパラパラと、まばらに撃っていくが何かダメージを受けているようでもなかった。
すると、近づいてくる光は急な進路変更をして、何か別の光がこちらを向いた。そして強く発光する。
すると、隣にいた一人がばたりと倒れてしまった。発砲音もなく、突然の出来事に動揺を隠せないが、
「くそっ、なんだコイツは! おい、来たぞ! 援護よこせ!」
それでも雇われの身として、通信機に呼びかける。
「分かった。すぐに向かう。そのまま待て!」
仲間が銃で武装して動き出すのを確認すると、構え直して男は再び発砲するが、気が付けばバイクは自身に突っ込んでいた。
「ぐえっ」
どんと弾き飛ばされて男は意識を失う。
「ふう」
ヘルメット越しに見て伸びた男二人を見て、耳に付けた通信機で話始める。
「パパ、ビンゴこっちが正解みたい。回収班はこっちに回してよね」
「ああよかったよ」
麗生はエンジンを切ってバイクに降りる。
通信先の充は彼女の付けているヘルメットに内蔵されているカメラでこちらの状況を確認している。主に麗生のアシストを行う目的ではあるが、肝心の彼はこういう時に水から出てきたことはなかった。
「それじゃ、行くわ」
そう言うと、麗生は歩き始める。
「それと今回渡したやつはどうかな」
彼が言ったのは彼女の手に握られている、銃身が大きい拳銃だ。先ほど男に撃ったのはコレ。銃口はないが、銃身部分の先についている発生機から電磁波の弾丸を発射して相手の意識を奪う、電極もコードも必要がないテーザーガンのようなもの。弾を発射した際に発生機が発光するものの、音もなく弾丸よりも早く相手に届くというものらしい。
どうやら、昔に放送されていたアニメを参考に作ったようであり、ところどころに実戦においてはどうなの? と思うような装飾がなされていた。
「いやー、今回のパーティにちょうどいいと思って、ちょうど試作品が手元にあったから、送っちゃった。どう、使い心地は」
「……」
「不満?」
麗生は明らかにむすっとした態度で父親の言葉に声を返さない。
彼女の仕事道具である愛銃を隠されて慣れていない銃を使わざるを得ない状態なのだ。普通に不安だし、文句しか浮かび上がってこない。
しかし、さすが一代で銃器事業を立ち上げ、国内シェア2位にのし上がった社長兼トップエンジニアである父親の設計なのか、扱いには困らなかった。
「もう、無視しないでよ」
その言葉に対しても彼女は返答をせずに工場に侵入していく。
「そうそう、今回はここにいる連中を殺しちゃだめだよ」
「どうして? いつものパーティなんでしょ」
「違う違う。今回はあいつらを捕まえて、明らかに個人じゃできない製作物と怪しい警備会社を雇うだけの資金力。その出先を調べろってお達しなの」
「えー、これ、まさか元は警察の摘発案件だったってこと? なんで、そんな余計なことに首突っ込むかなー」
「利害の一致だよ。利害の一致。うちは下手にライバルを作らなくて済むし、警察は今回の件で世の中に出る武器たちを抑止できるんだ」
「はあ、だから隠したのね」
「そう、だから頑張って」
非殺傷弾使えばいいじゃないと麗生は思ったが、これ以上面倒くさいやり取りをしたくないと思い、言葉は発しなかった。
話題をそらして、今握っている拳銃に話を戻す。
「これ、装填数は」
「いつも使っている拳銃と同じ15発」
「少ない!」
「そんなこと言ってもこれが限界だよ。ほら、ホルスターに交換用のバッテリーと急速充電器も付けてるから、それで何とかやりくりして。下手に大型のバッテリーとか積むと動きづらいって麗生ちゃん、怒るし」
要らないことに気を回すなと内心で叫ぶ。
しかし、交換用と充電器を考慮すると、常時連続して30発撃つのが限界ということになる。
定期的に充電すれば継戦能力はあるが、目的地が見つかり建物内に入って待っている連中と連戦となると心もとないにも程があった。
「ごめん、ごめん。今度は改善するから」
「ほんと、これだから実戦に出ない人は、……。その辺の武器拾っていくから、けが人出るかもだけどよろしく」
「えー、ちょっと変なとこ当てて殺さないでよ」
「分かってる」
そういうと、彼女はバイクで突き飛ばされて伸びていた男から銃を奪って走り出す。
工場の入り口はシャッターを覗くと一つ。少し開けようとすると、弾が飛んできた。
相手はすでに臨戦態勢のようだった。
「パパ、照明」
「はいはい、ちょっと待ってね。……よし、OK。行くよ」
バツンという音がすると工場内で灯っていた明かりが消える。
「予備電源に切り替わるまでは、5分だから」
「分かった」
扉を少し開けてから、装備していた発煙弾を投げ込み、少し連携が乱れたすきに工場内に侵入する。
頭に入れた見取り図と先ほどの弾の弾道を考え、まず一つ目の遮蔽物に隠れた。
しかし、遮蔽物に隠れたと同時に彼女に向かっての射撃が再び襲ってくる。
生死にこだわらなければ、一気に制圧しても構わないのだが、とはいえこちらは殺してはいけない制限を与えられている。
奪った銃で撃ち返すがこちらは牽制。本命は父親から渡された銃による射撃だ。
照明を落としたため、ヘルメット内蔵の暗視カメラを頼りに、相手の正確な位置を探っていく。
銃撃の方向から見える範囲で6人。前方に2人、左に1人、右に1人、そしてこちらを見下ろすようなメンテナンス用の階層に2人がそれぞれ配置されているようだ。
カメラ越しに相手側も暗視ゴーグルをしてるのは分かった。照明が落とされることも織り込み済みのようだった。
「これでも使うかな」
自身の暗視カメラを切ってから、ぶら下げていたフラッシュバンを転がし、彼らの視界をつぶす。銃撃音と完全ではない視界の隙をつかれて、彼らの動きは止まった。
「うわっ!」
モニタリングしていた父親も同時に怯んだが、構わずに遮蔽物から飛び出す。まずは正面。
視界を一時的に奪われた相手は射撃することもできずに身を隠していたが、そこに向かって跳躍する。相手の遮蔽物を飛び越えて着地、そして、拳銃で相手の動きを封じる。
さらに続けて、1人。音もない弾丸に沈める。
そして、すぐさまに移動。相手の視界が回復しないうちに上にいる相手に狙われやすい、右方向の1人を狙って拳銃で撃つ。丁度現在の位置が、視覚になっていなかったため、射線はすんなり通り、もう1人ダウン。
次は左手側。
「くそっ!」
当てずっぽうではあるが、立ち上がって射撃をこちらに向かって行ってくる。銃声もなく味方が倒れていく音を聞いて落ち着きをなくしたのだろう。
麗生は障害物となる工場に残されている車体を壁として迂回して、近づく。
そして、
「ぎゃっ」
拳銃で沈黙させた。
「くそ、下のやつらはやられたのか」
ようやく視界が回復してきたのか、上にいた1人が階下の状況を理解したようだった。
「あいつら、起きてこないよね」
「数日はまともに動けないように設定してるから安心して。変な薬使ってたら分からないけど、現状そういう人たちはいなさそうだしね」
「わかった」
階上の二人を倒しに向かうが、音を聞いてこちらに発砲してくる。
視界が完全に回復していないため、狙いは適当だろうが、工場内のものに当たり跳弾しかねず一度身を隠した。
「くっそ、てめぇ!」
前に乗り出していた1人を拳銃で撃つ。ビクンと体をはねさせてそのまま倒れた。
あとは1人。
「どうしようかな」
視界が戻ってきたのか、狙いが正確になってきている。弾切れを待って打ち込もうにも、こちらからの射線が微妙に通りにくい。何かないだろうか。
ふと銃を見ると、セーフティーのレバーがあり、そこに排除モードと書かれている。
「パパこれって」
「え、何」
「まあいっか」
「ちょっと待って何しようと」
父親の話を聞かず、レバーを動かしてみると、銃身が変形した。カシャカシャと音を立て、銃身が伸びていく。
これならいけるだろうかと思って、相手のリロードの間隔を見て打ち出した。
さっきよりも高出力のようで銃身の発光部分が強く光った。
「だめ!」
「え?」
父親の静止むなしく、視認できない弾丸が彼の肩に当たった。
普通の弾丸なら軽傷で済むのだろう。しかし、相手の上半身がブクブクと膨れ上がり、男は断末魔を上げながら、彼の上半身がはじけた。
血と破れた皮膚、骨があたりに飛び散る。
「うえ、ナニコレ。グロすぎない?」
「もう、話聞かないから、死んじゃったじゃん」
「んで、何なのあれ」
「マイクロウェーブ波を利用した殺傷モード。絶対使っちゃダメだったやつ」
「こっちで良いじゃん、仕事が早い」
「だから殺さないでって言ってるじゃん」
「あ、そうか」
すると、拳銃の発光部分が点滅し始めた。
「え、うそ、バッテリー切れ?」
「高出力のマイクロウェーブ波の発生は消費電力大きいから、このモードは今のマガジンで2発なんだ」
「くっそ役立たず」
「もう、そんな言葉使い教えた覚えないよ」
マガジンを切り替えて、麗生は抵抗してくる相手がいなくなった部屋を出て工場の奥に進む。
扉を開くとそこは搬出口だろうか、そこに四角い箱が置かれていた。運び出そうとした途中で作業が止まっているのか、器具が取り付けられたまま放置されている。
「なにこれ」
「自動設計3Dプリンター。設計からシミュレーション、製造、組み立てまでできる優れもの。しかもこのサイズだ。駐車場程度のスペースがあれば、製造可能。すごいだろ」
そう父親は言う。
「これが今回の原因なのね」
「だって、試作型とはいえ、実力は本物。そこらの輩に低価格で銃を売りつけれる代物になるのさ。要するにうち、ひいては日本経済の敵になるから、押収してそれを支援した人間をしょっぴくのさ」
「だから、か」
麗生は仕事の概要に納得していると、
「そ、そそ、それに近づくな!」
どこかに隠れていたのか、一人が銃を持ってこちらに近づいていた。つなぎの男たちに指示を出していた痩せた男だ。
めちゃくちゃに発砲するが、銃を扱ったことがないのか、銃身が跳ね上がり当たるものも当たらない状況。
それを見て思わず麗生は発砲。
誤って奪った方の銃で撃ってしまったようで、男の脚に当たり、彼は転げまわる。
「あ、ごめん」
「痛い、痛い……」
銃も手放してしまっており、もう抵抗することはできない状況。
「その男が一番のターゲットだから、確保して」
「これの設計者なんだ」
「そう」
「ぐ、く、こ、これは、僕のだぞ! 誰にも渡すものか! 僕が寝食を削って作った最高傑作なんだぞ!」
そういう男を見てなんとなく、可哀そうになってくる。
みすぼらしい服装をしつつも、作った機械は汚れもなくきれいに保たれている。彼の情熱の結晶であることは間違いないのだろう。
「パパ、この人どうするの」
「適当に情報を吐いてもらってさよならかな。僕はそこの辺りは関わってないよ」
「……助けちゃダメなの」
「そういう依頼じゃないからね」
「えー、いやだよ、適当にごまかしてよ」
「えー、こっちにメリットないよ?」
「それでも、これじゃ悪者だよ。私はそういうのにはなりたくないかな?」
珍しく父親にこびて見せる。あまりそういうことをしてこなかったため、適当に言っているが、
「うーん、まあ頑張るよ。後でちゃんと連絡する」
父親はどうやら麗生には甘いらしい。
「だってさ。良かったね」
「へ?」
そういうと麗生は拳銃で、その男の意識を刈り取った
事後処理を父親が雇った業者に任せて家に帰宅し、服を脱ぎ棄てベッドに突っ伏す。
すでに0時を回っているうえ、疲れたしこのまま眠ってしまおうかと思ったが一つ思い出した。
「あ、宿題、あるんだっけ」
しばらく、突っ伏したまま思考をめぐらせるが、明日提出だったことや同級生のことを思い返した。
「仕方ない、やるかー」
そういうと、適当なTシャツを着て机に向かった
彼女は獅束家の令嬢、しかし父親のために数々の依頼をこなす、エージェントであった。
「あー、くそめんどくさい」
これが彼女にとっての日常、普通の一日だった。