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【2】令嬢荒野に走る(JOE)

 西暦3000年。国家間戦争や環境破壊、テクノロジーの暴走による文明崩壊から数百年が経過していた。


 国家は意味を成さず、そもそも生き残った人類もわずかである。前近代のように細々と集落を作って生活し、村の外にはならず者や野良ロボット、廃棄バイオ生物の成れの果てが獲物を待ち構えている。


 力がすべてを決める……かつて関東平野と呼ばれた不毛の荒野のように荒れ果てた世界である。


 荒野の中を一人の少女が歩いている。透き通るような長い銀髪に、旧時代の黒い学生服。日差しの過酷さに襲撃者すらも隠れ潜む真夏の昼間を歩いているだけでも特異だというのに、その顔立ちは常人離れして整いすぎており、まるで人形のようであった。


「暑い、何でこんなに暑いのかしら」


 誰に言うでもなく独り言をつぶやく少女。声は鈴の音のように涼しげだが、暑さへの不満を口にするとどこか外見相応の幼さを感じさせる。


「……そっかぁ、夏だもの、ねぇ」


 愚痴を言うほどの余裕はあったようだが、生卵を放置すればゆで卵になる前に爆発してしまいそうな暑さを前に足取りが一歩、また一歩重くなっていく。


「う、うう……」


 口からは絞り出すような呻きが漏れ、ついに倒れてしまった。


 このままでは少女の生命活動は停止し、夜になる頃には干物のような屍がバイオ大ミミズの食料となるであろう。


 陽炎の向こうから小さな影が一つ現れた。少女とは違い耐熱・耐寒・防毒・防弾・防刃の五拍子揃った多機能コートとヘルメットで全身を覆っている。もっとも、身長は旧時代でいう小学校中学年ほどであり風体は服に着られているを通り越して服が歩いているかのごときブカブカであった。


「えっ……女の人?」


 歩くヘルメットとコートからは、声変わり前の少年の驚きが漏れ出る。


「お姉ちゃんと同じくらいかなぁ……よし」


 コートの少年は、意を決して背負っている荷物から物資運搬用ロボットを降ろすと起動させた。自走式の台車とでもいうべきそれは車体横からアームを伸ばすと倒れている少女を自らの上に乗せる。


「よし、行こう……頼んだよ」


 少女がこれ以上日差しに苛まれないよう荷物からシートを取り出し布団のようにかけると、少年は相棒に呼び掛け元来た方へ戻っていった。



「ん……」


 少女が目を覚ますと、そこは簡素だが手入れの行き届いた一室であった。彼女は荒野ではなく、ベッドの上に寝かされていたのである。


「あ、起きた!大丈夫?どこか痛いところとかある!?」


 部屋の入り口には、赤毛の少年がいた。


「マックス、あまり大きな声を出すものではないぞ。今の季節、赤土の荒野をコートなしで歩いて生きているのが不思議なほどなんだ」


 少年の声を聞きつけて、長い白髭の老人がやってきた。


「ありがとうございます、あなた方が私を介抱してくださったのですね」


「ええ、このマックスが廃材ジャンク拾いに行ったさなか、倒れている貴女を発見したのです……私はアラン、この村の村長を務めております」


 少女のどこか超然とした様子に、アラン老人は彼女が単なる家出娘や脱走セクサロイドなどではないと感じ取り丁重に話しかける。


「ありがとうございます、アランさん、マックスさん……」


「お待ちください、まだ本調子ではないでしょう」


 ベッドから起き上がる少女を、アラン老人は止めようとする。


「いいえ、大丈夫です。むしろこれ以上ご厚意に甘えるわけにはいきませんわ。すぐ出て行きましょう」


「そんなこと言わずに……えーと」


「ジュリア、と申します。野を駆け山を越え旅をするのを生業としております」


 少女は老人が自分を何と呼んだらいいか考えあぐねていると悟り、乗るとともにカーテシー……背筋は伸ばしたままで片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾を軽く持ち上げる挨拶を行った。


「ではジュリアさん。まだ日も高いですし今のまま出て行かれては先ほどの二の舞を演じるだけです。せめて陽が落ちるまではゆっくりお休みください」


「そうだよ、僕食事の準備してくるから!」


 そう言って駆け出すマックス少年を見て、ジュリアは固辞し続けるのも逆に迷惑をかけてしまうと感じる。


「ではお言葉に甘えて……よろしくお願いします」


 そして恭しく一礼するのであった。



「おい、お前たち仕事はどうした!!」


 食事ができたとマックス少年に言われ居間にやって来たジュリアが目にしたのは、アラン老人に怒鳴りつけられるもどこか応えていない様子の青年から中年までの男性数名であった。


「いやあ村長の家にお客さんが来てるっていうもんですから……」


「しかもかわいい女の子だっていうし」


「あっいた!」


「指を差すな、指を!」


 鼻の下を伸ばす村人たちに呆れていたアランだったが、一番年下の男がジュリアを目にして珍しい動物でも見つけたかのような真似をするのには見かねて指を掴み逸らさせる。


「さ、バカなおっさんたちはほっといてあったかいうちにどうぞ」


 そう言って、マックスはジュリアを食卓に着かせる。


「さあ召し上がれ……もっとも電源が生きてた冷凍庫から持ってきた冷凍食品だけどね」


 少年シェフは照れ臭げに鼻を擦る。皿に乗せられていたのはバンズでレタスと形成肉のパティを挟んだハンバーガーであった。


「いただきます」


 ジュリアは手を合わせるが、そこで動きが止まってしまう。


「ごめん、もしかしてお肉苦手だった……?」


「いえ、その……ナイフとフォークが無いようだけど、どうやって食べればいいのかしら?」


 それまでの儚げな様子と違い目を丸くして言うジュリアに、マックスは思わず吹き出してしまう。


「いやいや、そのまま手で持ってかぶりつくの!」


「……こう?」


「そうそう」


 おっかなびっくりバンズに指をかける銀髪の少女を前に、マックスはやはり彼女は上流階級の出身でありこういったものは食べたことがないのだろうと推測した。


「おいしい!」


「……そ、そう?」


「ええ、こんなに美味しいもの食べたのは久しぶりだわ!」


 小動物のようにもきゅもきゅ食べ始めたところでぱあっと笑顔を咲かせるジュリアを見て、マックスは逆に目を丸くしてしまう。

 そりゃあジャンク拾い中に遭難しかけて飢えを満たすため泣く泣く食べたバイオミミズの幼体に比べれば天にも昇るほど美味しいだろうが、良くも悪くも旧時代の中下流階級向けの冷凍食品である。


「そ、そっかぁ」


 マックスはジュリアを上流階級の出だと思っていたのだがどうも複雑な事情があるらしい。笑ってしまったのを申し訳なく感じた。


「やっぱりそうだ!!」


 突如聞こえてきた叫びに、二人は声の主の方を向く。それは先ほどジュリアを指差していた村の若者だった。


「やっぱりって何なのさ大声出して」


「ジュリアさん……? だっけ? あんたもしかして『令嬢』なんじゃないのか!?」


「ジュリアさんが!?」


 ここでの「令嬢」とは我々が意味するものとは異なる。単なる富裕層というならば文明崩壊の煽りを受けて地球外に移り住んだか零落して他の人々と変わらぬ生活を送っている。

 若者が言う「令嬢」とは文明崩壊期の混乱の中で人々に語り継がれたおとぎ話であった。


 ある者曰く戦争技術が最高潮に達したことで生まれた人造人間、別の者曰く世界の混乱を収めるため上位存在が派遣した人型の超生命体。


 共通しているのは、この世のものではないかのような美貌と凛とした振る舞いの謎の少女たちが超常の力を持って文明崩壊後の紛争調停やコントロールを失ったバイオクリーチャーの討伐などを陰から行い平和を守っているということであった。


「親父の代からの令嬢研究家である俺には分かる、『ハンバーガーの食べ方を知らない』、『ハンバーガーを与えるとすごくおいしいと喜ぶ』、これらは全て『令嬢』の特徴なんだ!」


「こじつけじゃないの? それ」


「いい加減にせんか! 先ほどからご客人に失礼だぞ!」


 得意げに言い放つ自称令嬢研究家の青年に対し、マックスは呆れ村人二人を追い返したものの青年を取り逃がしていたアラン村長は憤慨する。


 当のジュリアはというとすっかり困ってしまったといった様子で口をつぐんでいる。


「ばっっかじゃないの!?」


 村長宅の居間に、少女の声が響いた。


「アンナ!」


「お姉ちゃん……」


 アンナなる少女はマックスと同じ赤毛をボブカットにしているが、目元は弟と違い気の強そうな釣り目である。しかし身体的特徴を差し引いても熾烈な視線を食卓の客人に向けていた。


「どうせ場美肉【バビニク】したコソ泥か何かでしょう、お爺ちゃんも鼻の下伸ばして馬鹿みたい! とっとと追い出してよね!!」


「アンナ、待たんか!」


「どこ行くのさ、お姉ちゃん!」


 アンナは持っていた洗濯籠を放り捨てると、どこかへずかずかと歩み去ってしまう。マックスが慌ててそれを追い、残された者たちの間には気まずい空気が漂っていた。 



「姉弟の母はマックスを産んですぐに体を壊して亡くなり、それからは父親のサムソンが男手一つで育てていました」


 アンナが家を飛び出しマックスがそれを追いかけてから数時間後。陽の落ち始める中、アラン村長はジュリアにことの経緯を語っていた。


「しかし数年前、首斬女【サロメ】という賊が村を襲いました。王に聖者の生首を要求したと聖書にも名のある恐るべき美女の名を組織に冠した彼奴らは、全員が場美肉を施した恐るべき武装集団です」


 場美肉とは、平たく言えば肉体の義体化である。中でも場美肉とはハイエンドモデルの美少女型義体に脳や人格データを移植することで擬似的な令嬢と「成る」行為であり、富と技術のツテさえあればむくつけき中年男性でも麗しき半神的存在に生まれ変わることができるのである。


「無論このような小さな村に、金目の物はありません。彼奴らが欲しがったのは未来の構成員となる場美肉の素体……マックスたち村の男児だったのです」


 ジュリアは納得した。場美肉手術の成功率も設備や技術者によってピンキリである。中央ならいざ知らずここのような辺境の北関東では、兵士程度なら「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる……」で素体を集めるのが確実なのだろう。


「サムソンは傷だらけになりながら助け出したマックスたちを我らに託し、追ってきた構成員たちを巻き添えに持っていたダイナマイトで自爆したのです……!」


 ジュリアの視界にふと、壁に貼られた額入りの古い写真が入った。写真の中のアラン氏に髭はなく、髪も黒ぐろとしている。傍らに立つ黒髪の女性は夫人だろうか。


 写真のセンターはというと、夫妻の子供と思しき少年少女が飾っている。そして黒髪の子供たちの中に一人マックスそっくりの赤毛の男の子が混じっており、実の兄弟のように屈託なく肩を抱き合っていた。


 それを見て、ジュリアはより強くアランの悲しみを感じ取っていた。


「それから私は孫も同然の姉弟を育ててきました……しかし、当時物心ついていなかったマックスはともかくとしてアンナの心の傷は深かったのです。本当に『令嬢』がいたのならば父親も助けてくれたはずなのにと思っているのでしょう」


「……」


 唇を噛みしめるジュリアを見て、アランははっとする。


「申し訳ございません、それでもジュリアさんに八つ当たりをする権利などないというのに……」


「いえ……」


「たっ、大変だぁ!」


 悲痛な空気を切り裂いたのは、息も絶え絶えに駆け込んできたあの自称令嬢研究家だった。


「アンナとマックスがっ、サロメの、サロメのやつらに攫われた!!」


「何だと!?」


 転びながらも事実を伝えんと走ってきたのだろう、青年の手足にはあちこち擦り傷がある。また額もナイフか何かで浅く切りつけられており、姉弟を攫った首斬女構成員の凶行が伺えた。


「マックスが奴らのバギーに連れ去られて、アンナがそれを追ってバギーに乗り込んで……! なあっ、頼むよ! あんた本物の『令嬢』なんだろ!? 奴らのアジトはここから南西にある……二人を助けてくれ!」


 若者は涙ながらにジュリアにすがりつく。


「何を言っておるか! 『令嬢』はあくまで伝説……本当だとしてもあの数を前には死にに行けと言っているようなものだぞ!?」


「だからってこのままじゃあ、二人が殺されちまうよぉ!」


「ぐむぅ……!」


「そのジジイ様の言う通りですわァーッ!!」


 空間が揺らめき、虚空から一人の女が現れた。


「貴様ッ、首斬女の!!」


 極彩色の髪、胸元と背中を大きく開けたサイバー様式のワンピース、にやにやと笑みを浮かべた口元からは肉食獣めいたギザギザの歯が覗く。常人からは明らかに逸脱した存在だと見て取れた。


「その通り、おガキ様達はありがたく使わせていただくと挨拶するようにとの『お姉様』からの指示です。そして!」


 首斬女の場美肉令嬢は、ジュリアにギラつく視線を向ける。


「疑わしきはKill you! ブッ殺させて頂きますわァーッ!!」


 両手から鉈のごときブレードを展開し場美肉令嬢は吼える……しかしその時、ジュリアはフッと姿を消した。


 首斬女の尖兵は、舐め切っていた。彼女の義体が備える光学迷彩とブレードをもってすれば気づかれずに村人を全滅させることもできたが、挑発するのみだったのはどうせ抵抗はしてこないだろうと高を括っていたからだ。


 そしてアラン村長や自称令嬢研究家がそうだったように、ジュリアが令嬢だとも信じていなかった。


「グエッ!!」


 ゆえに気づくと彼女は村長宅の外に地面がひび割れるほどに叩きつけられ……


「ふんっ!!」

「コアッ!!」


 痛みを感じる間もなく頭部を踏み潰されて機能停止しぼうした。


「合気道だ! 相手に触れることなく、最小限の力で敵を制圧・破壊する令嬢の基本技術……やっぱあんた、本物の令嬢だったんだ!」


 消えたと思ったら家の外にいたジュリアと場美肉令嬢の残骸を追って、自称令嬢研究家とアランが駆け寄ってくる。


「マックスさんや皆様には、助けていただいた御恩があります」

 

 殺人サイボーグを秒殺したとは思えない可憐な少女は、張り詰めた面持ちで語る。


「GPSは破壊しましたがいつまでも帰ってこないとなれば奴らも感づくでしょう……首斬女を潰し、ご姉弟を救出します」



「ここから出しなさいっ、出せっ!!」


 首斬女アジトに置かれた大きな檻。その中にアンナとマックスの姉弟は捕らえられていた。


「出せって言われてもオッ紅茶しか出せませんわよぉ~??」

「にしても坊やだけでよかったのにとんだオマケがついてきちまいましたわねえ」


 首斬女の構成員たちが、捕まえた昆虫でも鑑賞するかのように檻をのぞき込む。場美肉は令嬢という半神的な美少女になりきる行為であるため、リアルな知識が邪魔をする女性よりも男性の方が適性が高い。脳が柔軟な子供ならなおさら良いとされる。


「女の方は坊主が無事俺達の仲間になった暁には、『儀式』に使う……血を分けた姉弟を自分の手で撃ち殺せれば、何でもできるだろう」

「お姉さま!」


 構成員に「お姉さま」と呼ばれたのは、身長2メートル以上の場美肉令嬢だった。とはいえ大柄だとか厳ついだとかではない。他の構成員と同じサイバーでフリークな印象の美少女が、縮尺違いのフィギュアといった様子でそこに或る。


 とはいえ体躯の異質さだけではなく全身に備えられた何らかの機構も、静かな声に宿る冷徹な圧も幼いマックスにさえこの場美肉令嬢が首斬女の首領であると理解できた。


「坊主が『失敗』したら売り飛ばせばいいだけの話だ」

「さっすがはお姉さまですわぁ~!!」

「にしても『カメレオン』、遅いですわねぇ? お道草でもムシャムシャしてるのかしら?」


その時、アジトの外からはけたたましい悲鳴が聞こえてきた。


「おっ、お助けくださいましぃ!!」

「どうしたのローズ!?」

「まるでお弁慶ですわぁ!!」


 全身に鋼鉄の矢が刺さった仲間を見て、仲間たちが入口に集まってくる。


「おいお前ら、散……」


 その時、一本の矢が飛んできた。矢じりの代わりにランプの点滅する小型電磁パルス爆弾が取り付けられたそれは、構成員たちへと着弾し……


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」

「びえーっ!?」

「ああああああああああ」


 構成員たちの人工頭脳を破壊し、内部の人格データを消去させた!!


 夕暮れの逆光に紛れて、誰かがツカツカと足音を立てながらアジトに入り込む。


「あんたは……」

「ジュリアさん!!」


 それは、手製の弓と空の矢筒を放り捨てた銀髪の少女……村にいた時とは別人のような冷たい気配を放つジュリアだった。


「ほう……『弓道』に『なぎなた道』か。本物の令嬢だったとはなぁ」


 弓矢と矢筒は首斬女構成員の間で普及しているものと同じであり、背負われたオイルで汚れたなぎなたは鉄棒に構成員カメレオンのブレードを何らかの力で溶接したものだった。構成員を破壊することも、合気道の力で構成員から奪った武器を加工することも場美肉ではないオリジナルの令嬢ならば容易いことである。


「アンナさん、マックスさん! お怪我はありませんか!!」


 感心する首領を無視して、ジュリアは檻の中の姉弟に呼び掛ける。


「ぼ、僕たちは大丈夫!」


「良かった……待っていてください、お二人は必ず私が助け出します!」


「ひでえな、ガキどもに偽りの希望を持たせるなんてよぉ」


 無視された苛立ちを額の青筋に浮かべて、首領は背中から多弾頭ミサイルランチャーを展開、無数の対人用ミサイルを発射する。人間はおろかアジトごとジュリアと姉弟を木っ端微塵にするであろう死の雨……しかしジュリアは避けない!


「はあっ!」


 ハンドメイド薙刀一閃、火花一つ散らずにミサイルの残骸を散らす。


「ふん」


 ミサイルをあっさり落としてみせた手腕に檻の中の姉弟が呆然とする中、首領はにこりともせず左腕の装甲部分からチェーンソーを展開する。


「来いよ」


 体格ではこちらが勝っていること、ジュリアはカウンターを狙うしかないことを見越して、首領はチェーンソーを起動し挑発する。大木など軽く刃を滑らせるだけで切断できるだろう、少女の華奢な胴などは空気を震わす音だけで真っ二つにできそうだ。


「来ないのなら……」


 首領がチェーンソーを姉弟の捕らえられた檻に向けるのと、ジュリアが近くに倒れていた構成員の残骸から鎖分銅をひったくって投げたのはほぼ同時だった。


「ッ!!」


 鎖分銅がチェーンソーに絡みつく。首領はそのまま鎖を切断しようとするが、鎖は逆に刃をがっちり捕らえ、刃こぼれを引き起こす。


「たあっ!!」


 その隙に一瞬で距離を詰めたジュリアは、チェーンソーの強度が弱い箇所を把握し薙刀の一突きで粉砕! そのまま追撃に


「甘いわッ!!」


 首領は右手で薙刀を掴むと、ジュリアごと放り投げる。しかし銀髪の令嬢は空中で体勢を整え華麗に着地する。


「!」


 しかし、反撃に移れないままジュリアの手は止まってしまう。投げられた際に薙刀を失ったとは言えどジュリアには合気道がある。ならば、何故!?


「ククク……」


 首領が背中から展開したロボットアームで姉弟を檻から出して抱え込み、右手装甲から展開したプラズマキャノンを突き付けている。いくらジュリアの脚力でも、この距離では姉弟の命が危ない!


「手を出せんか」


 今度は首領が距離を詰める番だった。キャノンを突き付ける間、攻撃の手は姉弟にのみ向けられている……しかし、蛇かミミズの怪物のようなロボットアームは姉弟を絞め殺すことも地面に叩きつけることも容易いだろう。ジュリアは合気道の構えを取り備えることしかできない。


「出せんよなぁ……?」


 にやり、と首領が笑った。


「フンッ!!」


「ぎゃっ……!?」

「ジュリアさん!!」


 首領の肉感的な脚は、転がり落ちる丸太のようにジュリアの胴を薙ぎ地面に叩きつけた。


「アハハハハッ!! ざまあないぜ!!」


「ぐぎゃっ! げえっ!?」


 首領はそのまま踏みつけ、蹴り飛ばし、いたぶりつくす。常人ならば無惨な挽肉と化しているであろう蹂躙にもジュリアは急所への攻撃を回避することでダメージを最小限にしているが、このままでは死は避けられない。


「もうやめてよぉ! 首斬女の、首斬女の仲間になるから!!」


 囚われのマックスが悲痛な声を上げる。


「クククッ……やっぱりお前はサムソンの息子だなぁ」


「父さんを、知っているの!?」


 単なる殺した者と殺された者を超えたかのような首領の口ぶりに、アンナは動揺する。


「ああ、奴は俺の右腕だった……場美肉すりゃあもっと優秀な戦士になったろうにしたがらない変わり者だったが、首斬女をここまでデカくできたのは奴の力があってこそだ」


 父が賊の一員だったことに、姉弟は凍り付く。一方首領はジュリアを踏みつけながら往時を思い出しうっとりしていたが、すぐに表情を凶悪な怒りの相へ変える。


「だが奴は首斬女を抜けると言い出した。守るものができたと……!! そしててめえらガキどもを守るとか抜かして死にやがった! 俺はそういうバカどもを見るとムカついて仕方なくなるんだ……殺したくなるんだ!! 感謝しろ、親父に会わせてやるぜェ!!」


 乱杭歯を剥いて吼える首領を前に、姉弟の心から恐れが消えたわけではない。しかし恐れの中に小さな炎が灯っていた。こんな奴にジュリアの献身も、父の遺志も否定させはしない!


 マックスは後ろ手に隠し持っていた電子工具を取り出し、ロボットアームの「急所」というべき配線を焼き切る。把捉する力にわずかにゆるみが生じたところで、マックスの小さな体はすり抜けるのに十分だった。


 そしてそのまま構成員の使っていた対物ライフルを拾い構える。首領が気づいた時にはマックスが銃口を向け、反動を抑えるために続いて脱出したアンナが弟の身体を押さえていた。


 強者ゆえの慢心と断ずるのは酷かもしれない。場美肉令嬢の使用する銃器には敵が鹵獲しても使用できないようセーフティーロックがかけられているのだから。

 しかし、ゆえに一瞬の隙が生まれた。そして電磁パルスによりセーフティーロックが誤作動を起こしたのか、はたまた天国から見守るサムソンの加護か? マックスの引いた引き金は確かな手ごたえを感じさせるものであった。


 一般構成員ならば上半身と下半身を死に別れにさせるであろう弾丸は、ジュリアの頭を踏み潰そうとしていた首領の背中に炸裂する。そして腹部に三日月のようなぽっかりとした穴を開け、勢いで右腕も吹き飛ばし、バランスを失った首領はあおむけに倒れ込む。


「たあっ!」


好機をジュリアは見逃さない。


「がっ、あっ……!!」


 倒れた首領に貫手を突き下ろし、半壊した胴を貫く……


「これで、終わりです!」


 そして場美肉令嬢の心臓たるエネルギー・コアを引き抜き、握り潰した。首領の超パワーは膨大なエネルギー消費の元に成り立ち、膨大なエネルギーはコアから供給されている……機械的新陳代謝に不全を生じた首領の身体は、自壊を始める。そしてオイルの海に沈みスクラップと化した。



「アンナ、マックスーっ!!」


「村長!」


 三人が主を失ったアジトを出てきたところで、令嬢研究家の運転するバギーに乗ってやって来たアランが、駆け寄ってきた。


「良かった、無事で良かった……!!」


 姉弟を抱き抱えて老人は号泣する。


「ジュリアさんが首斬女の奴らをやっつけてくれたんだ!」


「ありがとうございます、なんとお礼をすればいいか……!」


「いいえ、お礼なら既にいただいています。暖かい人の絆を感じることができた……それで充分です」


「ジュリアさん……すみませんでした」


 アランとジュリアが会話していた中、ばつが悪そうにしていたアンナが頭を下げた。


「自分に力がないからって、あたしはジュリアさんに八つ当たりしていたんです」

 

 アンナの言葉に、ジュリアは首を横に振る。そして首にかけていたペンダントを取り外すとトップのロケットを開き一同に見せた。


「えっ……これ、ジュリアさん?」


 マックスが戸惑ったのも無理はない。今着ているのとは違う白い服を着たジュリアは、同じ服を着た年長の少女たちに囲まれている。どこか初々しく、自信なさげで、末っ子のように扱われている。


「それにこの白い服と建物……まさかあなたは文明崩壊前の『始原の令嬢』なのですか!?」


 500年以上前の文明崩壊直後、記録にある最初の令嬢……彼女たちがいなければ人類はとうに滅亡していたともいわれている。


「えっジュリアさん村長よりも年上なの!?」


「年上どころじゃないでしょう……あたしと同じくらいにしか見えないのに」


「ええ。でもみんなの中では一番年下で、一番弱くて、先輩方がいないと何もできませんでした」


 はにかみながらジュリアは言う。


「孤立無援の戦いの中、一人、また一人と先輩方は倒れていきました。私を庇って命を落とした先輩もいました……あの人達のようになりたいと戦い続け、今の私があります」


 そう言うジュリアには、哀しげな微笑が浮かんでいた。外見通りの年月では作り出せない、深い哀しみが見えた。


「お二人は、今日のことを覚えていてください。令嬢だから、機械の身体があるから強いわけじゃない……あの時首領に立ち向かった気持ちを思い出せば、どんな困難も乗り越えていけるはずです。それでは、ごきげんよう」


「ジュリアさん、ありがとーっ!」

「さようならー!」

「どうかお元気でー!」

 姉弟とアラン村長は、去っていくジュリアに向かいいつまでも手を振り続けるのだった。


 ― 完

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