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古今東西、恋愛というものにはさまざまな形がある。
庶民も貴族も。男も女も。老も若も垣根なく、その機会は訪れる。
しかしながら。
「エリザベータ・アデレード嬢。今日は君に話がある」
「デイビッド・レイティマルタ第二王子殿下。私もお話がございます」
「俺はここにいる別の御令嬢と婚約することにした。よって君との婚や」
「私との婚約を破棄してくださいまし」
恋とはいつもうまくいかないものである。
どんな人間であっても、平等に。
[その御令嬢は振り向かない]
「・・・・・ゴメンもう一回言って?」
「ですから。私との婚約を白紙にしてくださいと申しております。殿下」
レイティマルタ王国王都、その中心に鎮座するレイティマルタ宮殿。第二王子デイビッドのために用意された応接の間に、気まずい沈黙が流れた。
「・・・・・・」
ぽかんと口をあけるデイビッドを、エリザベータ・アデレードはまっすぐに見つめていた。彼女のもつアメジストの瞳は、美しさと意志の強さをたたえている。
「・・・・・・王子、フラれてますけど」
デイビッドの後ろに控えた新しい婚約者がツッコミをいれた。デイビッドがはっと息をのむ。
「っ、げっほごほ、え、と、止めないのか!? 婚約破棄されたんだぞしかもこの国の第二王子に!?」
息を呑みすぎて噎せながら彼はまくしたてた。
「止めるも何も、私から婚約は破棄させていただきましたので」
「だが」
「何をお焦りに? 殿下にも新しい婚約者がいらっしゃるのでしょう?」
「ち、違、これはその、君の気をひくために」
「あら」
エリザベータは声色を変えずに言い放つ。
「ではなおさら、婚約を破棄させていただきますわ。そんな子どもじみた気のひきかたをなさる殿方には、私全く魅力を感じませんので」
失礼致します。玲瓏な声色と美しい礼が、芝居のように繰り広げられた。エリザベータの白銀の髪がさらりと舞う。扉の閉まる音が無慈悲に響いた。
かくして、応接の間には近衛兵と、王子と新・婚約者の令嬢が残される。
「・・・・・・アンナ・ノメアル」
デイビッドがその令嬢の名を呼んだ。
「・・・・・・はい」
「これはどういう状況だ?」
「ですから、王子がフラれました」
青い髪をした令嬢、アンナは冷静に答えを返す。
「なぜだ!?」
「だぁから無理だって言ったでしょうこんな作戦! 婚約破棄をほのめかしてエリザベータ様にヤキモチ妬かせようだなんて!」
「だってヤキモチ妬いて欲しかったんだもん! あわよくば『王子~大好きだからいかないで~』って言って欲しかったんだもん!」
「・・・・・・」
あまりに幼稚なデイビッドの言い分に、アンナは深いため息をついた。
「そんなんでいいんですか、王子」
「・・・・・・何がだ」
「好きなんでしょ。エリザベータ様のこと」
アンナがはっきりと言うと、デイビッドの頬が一気に熟れて赤くなる。顔の熱さに気づいて口元を手で覆うも、そらした視線は想い人のいた場所を見つめていた。
「・・・・・・幼なじみなのだ」
デイビッドは空色の瞳で自分の膝をみつめた。
「幼い頃から一緒で・・・・・・。彼女はいつも聡明で、そして・・・・・・いつも俺を、まっすぐに見つめてくれた」
「まぁ、見た目も死ぬほどお綺麗ですしね」
「見た目もそうだが違うのだ! 見ただろう、今日もあんなにまっすぐ俺を、ああああ、思い出すだけで俺は、もう・・・・・・どうにかなってしまいそうなのだ」
顔を真っ赤にして拳を握りしめる彼の姿は、その青く鮮烈な恋心をありありと感じさせた。
「だから絶対に手に入れたいのだ! ただの婚約者ではなく、それはもうメッロメッロに!」
デイビッドが高らかに宣言する。アンナと近衛兵たちが同時に、深いため息をついた。
「・・・・・・ま、もう婚約者ですらなくなってしまいましたけどね」
ぼそりとアンナがつぶやく。デイビッドの頭にどんよりと雨雲が出て、元気のないキノコが一本、彼の頭に生えた。
「うぅ・・・・・・エリザぁ・・・・・・」
本気でしょぼくれるデイビッドを見て、アンナは思う。
何て“尊い”のだろうと。
前世で読んだ数々のラブコメ漫画、さらには様々な作品を元にしたファンアートが、アンナの脳裏を駆け巡る。
アンナ・ノメアルはレイティマルタ有数の貿易商人の娘である。その17年の人生をレイティマルタで生き、父が商売や交易に関する事で王宮に出入りするようになり、王子と友人になった。
そしてその前の人生では、20数年の人生を日本という国で過ごしていた。
――ポンコツ王子×聡明美人令嬢、尊い。
アンナ・ノメアルの前世はアニメオタク。それもキャラクター同士の恋愛を過剰に愛でる、カップリング中毒者であった。
「・・・・・・アンナ嬢、よだれが・・・・・・」
「え!? ああ、いえ。失礼致しました」
アンナは慌ててニヤけた顔を取り繕った。
「・・・・・・俺、お前が婚約者じゃやだ」
「私だって嫌ですよ。――CP固定派なんで」
「しーぴー・・・・・・?」
「こちらの話です」
で、とアンナはデイビッドに向きなおる。
「このままでいいんですか、王子」
デイビッドの空色の瞳がゆれる。その瞳にはすでに、エリザベータ・アデレードが映り込んでいた。