後編
「――さっき、なんかすげえ霊力のある人間通らなかったか?」
ユウリが目一杯倒した後部座席に座らせたところで、急に水卜が目を覚まして膝立ちになってリアガラスから後ろを見た。
「なんか人が通った気はしたけど、そんなのは感じなかったわね」
「いたような気はするかもしれないかもしれないかなー」
「それどっちよ……」
「まあ別に敵意がねえならどうでもいいけどな……」
辺りを見回してそう答えた流音に、そうそこまで興味もなさそうに言った水卜は、背もたれに肘を、ヘッドレストに顎をのせたまま、電池が切れたようにまた眠り始めた。
「器用ね……」
苦笑いしながら、水卜を起こさない様に座り直させてシートベルトをかけさせた流音は、次の現場へと滑らかにマニュアル車のパトカーを発進させた。
「これ、つい何時間か前とかその辺りの数字ね……」
「大胆な犯行だにゃあ」
現場に到着して、今度は鑑識課が間に合っていないため、流音が計測すると先程よりもかなり濃く同じ性質の残留霊力を観測していた。
「昨日から調査課が動いてるのにね」
「バレずに犯行をする術とかあるものにゃのか」
「認識阻害はあるけど、最上級の術者でも効かないレベルの局員はゴロゴロいるし、まあまずこれだけバレないのは無理ね」
「そうにゃのか」
まあその方向では間違いないと思うのよね、と言い、人通りなど皆無そうな路地裏の、切り取られた空を見上げる。
一通り作業を終えてパトカーに戻ったタイミングで車載の通信端末へ、本部から下級怪異が無断で駆除された痕跡を式神が感知したため、近くの捜査官へ向かう様に連絡が入った。
「私達が一番近くね。――こちら水卜班了解」
「おいこら、勝手に受けるな」
「怠けようとしないの」
狸寝入りを決め込んでいた水卜は、流音が間髪を入れずに指令を受けると同時に起き上がり、ムスッとした顔で抗議するが、流音は冷ややかな目でそう言って発車させた。
「ほー、こりゃまたすげえな。真っ二つだ」
元気になったため今度は水卜も現場に入り、核まで文字通り一刀両断された人魂型の下級怪異を興味深そうに見つつ写真を撮る。
水卜が確認したところ、核も非常に小さいEクラス怪異で、上位クラスのエサ程度にしかならないため、基本人間には無害な存在であると推測された。
「行方不明というか、間違いなく駆除されてるわね」
「だなあ。ほっといても何の悪さもしねえんだけどな。この程度」
「殺すぐらいにゃら、ワガハイに食わせてほしいものだにゃ」
「あー、証拠だからだめよ」
「そのくらい分かってるにゃ!」
首を小さく捻りつつ、辺りに証拠が残されてないか探す水卜の横で、涎を拭った福丸は流音にやれやれといった様子で釘を刺されてむくれた。
「おい流音。まだ犯人近くにいるぞ。非常線張らせろ」
「へ?」
「式神がいた。ユウリ飛ぶぞ」
「おいサー」
すると突然水卜が上空を見上げ、それに気が付いて太陽の光の中へ逃げた式神を核透視で確認し鋭く流音とユウリへ指示を出す。
「式神ならどこからでも見られるじゃない」
「霊力常時供給型の範囲は?」
「あ、そうね。至急至急――」
怪異体化したユウリの手のひらにヒラリと飛び乗った水卜が、横目で流音を見ながらそう言うと、彼女はそれが人間では精々半径5キロが目一杯という事を察し、空へ上がっていく水卜を見送りつつ緊急通信で本部へ要請をかけた。
「俺らは道徳教師じゃねえんだぞ。ったく」
水卜は眉間に深くシワを寄せてそうぼやくと、目を閉じつつ息を深く吸って吐き、広域への核透視をまた発動して眼下を見下ろし、
「そこか」
凄まじい速度で暗渠の中を移動する人物を発見した。
「へーい止まれ。『怪取局』のもんだ」
暗渠の出口にある排水施設の水門の上から、水卜はユウリの巨大な狐の様な頭にのったまま、こっそりと水面を歩いて出てきた青年へ局員証と拳銃型の『ピースメーカー』を突きつけた。
「何の意図があるか知らんが、お前のやってる事は怪異保護法違反だ。数が数だけに特定怪異犯指定まっしぐらだが、まあとりあえず神妙にしろ」
「……」
その青年は、水卜たちの近くを通過したパーカー姿の人物で、腰にズボンのベルトで差していた刀に手を置き、常人が目で追えない速度で接近して居合い斬りをユウリへ繰り出した。
「うワあ。美味しくナーい」
しかし、ユウリを左から右へ逆袈裟斬りした刀身は身体に入った分だけ消滅し、彼女の顔をその霊力の味の悪さでしかませただけだった。
「それヨりー――イマ、ヒナッチヲ、コロソウトシタヨネ?」
口から刀だった鉄の塊を吐きだしたユウリは低く歪んだ声で、目を赤く光らせて青年へ至極単純な殺意を浴びせかけた。
斬りつけた体勢のまま、空中に浮いたままギョッと目を開いていた青年は、浮遊術が維持出来なくなり下の排水設備の水槽へ落下していき、到着した局員が式札から発動させた蜘蛛の巣状の網に捕獲された。
「で、お前はなんでこんな事したんだ」
取調室にて、封印の式札を張り付けた帯でぐるぐる巻きにされ、イスに座らされている青年に、机の向かいでどっかり座る水卜は開口一番そう切り出した。
「んだー」
水卜に訊かれたときは青年は何も反応しなかったが、その言葉尻をユウリが繰り返しただけで怯えた目を見せた。
「――ユウリ、ずっと今みたいにしろ」
「おまかせー」
それを見てこれ幸い、とあくどい笑みを浮かべた水卜は、すぐ後ろにいるユウリへ小声でそう指示した。
「犯行の動機はなんだ」
「んだー」
「そうやれって師匠にでも吹き込まれたか?」
「たかー」
「それとも自分の意思かー?」
「いしかー」
「能力の暴走とかか?」
「かかー」
最初はビクビクしていた青年だが、流石に毎度毎度やられたこともあって、眉間にしわが寄り徐々にいらだちを見せ始める。
「じゃあアレか親の――」
「断じて違うッ!」
「おいおい、急にどうした」
「したー」
親、という単語を出した瞬間、瞬間湯沸かし器の様に激昂し、水卜はその変貌ぶりに目を丸くする。
「親の意向じゃないってんなら、動機を話せ動機を」
「きをきを」
「もう言わなくて良いぞユウリ」
「あいさー」
律儀に続けていたユウリは、水卜が手を挙げて制止したのを受けて元気よく返事をした。
「怪異なんていうものはッ、大小を問わずに全て駆逐するべきだからだッ」
「あー、はいはい。その手のアレか」
「お前もそのうち、その怪異に裏切られて食われるんだッ」
「コイツが? しねえよ。なに知ったような口叩いてんだよ」
「霊力美味しくないからしなーい」
「そんな得体の知れないものを信用するのかッ」
「俺はお前の方がよっぽど得体が知れねえし、信用できねえけどな」
じゃあ動機の説明と自白があったって事で、と水卜は心底興味なさそうに言って取り調べを終わらせた。
「はあ、やれやれ」
「ひなっちー」
「おん?」
「わたし、ひなっちのこと大好きだから裏切らないよー?」
調書に必要最低限の事だけを書いて、課長に提出した水卜が自席に戻ると、ユウリはささやきかけるように言いながら、事務イスに座った彼女に後ろから抱きついた。
水卜はまんざらでもなさそうにフッと小さく笑みをこぼし、ユウリの手の甲に触れて言う。
「わざわざ言うまでもねえだろ」




