前編
調査課がパンクするほどの件数の事件を起こした犯人の正体とは
『怪取局』調査課が全員出払ってしまう程の件数が発生した下級怪異の異常消滅事件の捜査に駆り出された水卜班2人と2体は、その現場で霊力と妖力の残留濃度と強力な霊力が残る折れた切っ先の破片からそれが退魔師による犯行だと断定する。
現場から撤収しようとしている最中、水卜が存在感のやけに希薄な通行人から高い霊力を感じとるものの、さらなる事件発生の報告を受けて駆けつけた現場で、水卜がまだ犯人が近くにいると察知して――。
「調査課の連中全部出払ってんのか……」
「どうも件数が多すぎるらしくてね」
今回の事件は水卜班だけでなく、狐二宮の班ほか捜査課は機動隊以外の全員が出動する、という大規模な体勢を敷かなければ間に合わない状態だった。
「ほーん? どれ……。うわ、600近くあんのか」
「まさに猫の手も借りたい、だにゃ」
「……」
「……」
「自分がねこだからだねー」
「説明をするにゃ。ワガハイが滑ったみたいではにゃいか」
「実際滑ってんだよこの毛玉」
「にゃんと!?」
「無駄話はいいから、だいふくは匂いでも探して?」
「福丸にゃ! あとそれはイヌの仕事にゃ!」
「ごめんなさいね。福丸」
「どっちでも良いだろ。うっせえぞおやき」
「モチ縛りでボケにゃくていいから……」
「しらたまー」
「それは団子にゃ」
「えー?」
「早くしないと受け持ち回りきれないでしょ」
ゆるい空気感で無駄話する水卜、ユウリ、福丸へ、現場保存用の結界の前に立つ流音は、呆れ顔で早く着いて来るように手を振ってそう言う。
「へいへい。現場は逃げねえだろ」
「時間と犯人は逃げるわよ」
ユウリから白い手袋を受け取って手にはめつつ、水卜は流音に続いて、薄暗く入り組んだ路地の中程に設置された結界の中に入る。
「もち米を使ったものがも――ギニャッ」
「わー」
それに続いて、ユウリへ餅と団子の違いを説明していた福丸が、結界にぶつかって顔面を強く押しつけるハメになった。
「福丸。そのままじゃ入れないから」
「そうだったにゃ……」
両前脚で顔を押える半泣きの福丸は、えいっ、と言って身体から煙を出し、腰まである長い髪の毛と、二叉の尻尾が黒ブチ模様をした、ネコミミが生えている少女の姿に変化した。
ちなみに獣体時の際、首に巻いていた布と同じ模様の、白地に茶色の矢絣の着流しという服装になっている。
「ほーん、なったばっかなのに人間体に変化出来んのかお前」
「ふふん。ワガハイはなかなか優秀な様でな」
「まあ、こうなるとほぼ見た目通りな人間ぐらいの力しかないんだけど」
「じゃあ普通だな。ユウリなら人ぐらいワンパンで殴り殺せるぞ」
「わんぱーん」
「んがくく……」
胸元をポンと触って、誇らしげに胸を張った福丸だったが、実態を聞いた水卜に真顔で指摘されて、腕をゆるゆると突き上げたユウリをバックに眉間にしわを寄せた。
「どうでも良いけどコイツってメスだったんだな」
「そうそう。この子でっかいから私も最初見間違え……じゃなくて捜査して捜査!」
「自分がベラベラ喋ったんじゃねーか」
実に楽しそうに愛猫自慢しそうになった流音は、途中で気が付いて、やや声を荒げつつ肩にかけたバッグから霊・妖力カウンターを取りだした。
「最初の現場通り、残留している霊力だけ高くて妖力は通常値ね」
「となると退魔師の仕業か。で、痕跡がこの折れた切っ先だけと」
通信端末に送られて来ていた、鑑識課の計測した数字と報告を再度確認している流音の足元で、1の文字板の横に落ちている、2㎝ほどの刃こぼれが目立つ切っ先を水卜がじっくり観察する。
「どう? 見てなんか分かりそうなことある?」
「霊力をかなり感じるってだけだな。ちょっと気持ち悪くなってくるぐらいは」
「あー、なら私が色々やっとくから、アンタは離れたとこで待っててもいいわよ」
「おう、すまねえな」
視線を下げて彼女の様子を見た流音は、その顔色が悪くなっていく様子に、離れるように合図しながら心配そうにそう提案し、水卜は小さく頭を下げてそれをのんだ。
「ひなっちだーいじょーぶー?」
「ちょっと離れりゃ問題ねえぐらいだ」
「そーおー?」
心配そうに眉を下げるユウリに、横抱きに抱き抱えられた水卜はそう言って、余計な霊力を吸い出そうと、頭の方を持つ手からもやを出した彼女を制する。
「ああもう、残留霊力吸われちゃうじゃない。やめて」
「だとよユウリ」
「ほーい。しまいしまいー」
急速にカウンターの数値が低下した様子を見た流音に、そのもやを指さして手でバツマークを出され、そそくさとユウリはそれをしまって結界の外に出た。
「おヌシの相棒も難儀だにゃあ」
「いろいろ霊的回路とかを改造された後遺症らしいのよ。……詳しい事は言われてないし聞けないけど」
「にゃるほど……」
言いにくそうに顔をしかめる流音を見て、事情が何かおぞましいものである事を察した福丸は、それ以上は何も言わなかった。
「猫なのに好奇心は抑えが効くのね。――ここの辺り撮って」
「ほいにゃ。――あんな得体の知れない何かに殺されたくないからにゃあ」
ユウリの中に入れられたときの気味悪さを思い出し、福丸は尻尾を太くして小刻みに身体を震わせた。
「陽菜はそんな情も何も無い子じゃないわよ。関心は薄いけど」
「それって、つまり情がにゃいのでは……?」
「分かってないわね。なんのかんの言いつつ私には何かとお節介よ、あの子」
「うーん……。人間ってわかんにゃいにゃあ……」
?マークが頭上に浮かんでるような顔で、首をふんにゃりと傾げる福丸に、まあそのうち分かるわよ、と流音は現場を舐めるように観察しつつ、柔らかい表情でそう言った。
「ヘーックショイッ!」
「風邪のヤつー?」
「多分どっかの誰かが噂話でもしてんだろ」
「ホへぇー」
その頃、核透視を私用している水卜と、怪異体になってその手に彼女を乗せているユウリは、水卜に思うところがあり、上空から周辺に居る怪異の数を確認していた。
「おーん。無害レベルの下級怪異すらまるっきりいねえな。大祓でもうろちょろはしてんのに」
「へンだネー。そんナにつまミ食いしタのカナー?」
「ここら一帯をいっぺんに食えるのはお前だけだ」
「それモソうダねー。お腹イっぱいにナっちゃうかラ、そんなニは要らナイけど」
「そんな概念あんのかよ」
「気分ノ問題かナー?」
「そうか」
辺りを見回しても、核を1つも確認できなかった水卜は、目を閉じて息を吐き核透視を解除した。
「となると、どこぞのアホ退魔師が無闇に駆除してんので確定だろうな。まったく、無駄な仕事増やしやがって……」
「眠たイ?」
「おう……。とりあえずパトカー戻っとけ……」
「おいサー。温カいのイるー?」
「頼む……」
「おまかセー」
長時間かつ広範囲へ力を使った反動で体力が限界になった水卜は、ゴロリと横になってそれだけ言うと、ユウリに出してもらった毛布にくるまって昼寝を始めた。
「どこ行ってたの?」
「ひなっちが見たいっていうから上だよーマナティー」
「宇佐美ね。もうどこが近いのよそれ。で、どうだって?」
「あのねー」
ユウリはちょっと抽象的に、水卜が言っていた所感について、丁度パトカーに戻ってきていた流音へ説明する。
「まあ、そうなるわね。……居なさすぎてもダメって分からないのは、どこにでもいるものね」
「寒いから中入れてにゃあ……」
「あっ、ごめんなさいね」
頭が痛そうにかぶりを振って呆れ顔でそう言いつつ、流音は寒がっている福丸のために車のロックを開け、水卜を乗せるために後部ドアも開けた。
「さむさむ……」
素早く福丸が助手席に乗り込みドアを閉め、獣体に戻って丸まったところで、
「……」
竹刀を入れる袋を背負ってフードを被った灰色パーカー姿の青年が、パトカーの止めてある、すれ違いがギリギリできる路地に幹線道路側から入ってきた。
妙に気配がない青年は水卜たちに視線を一瞬だけ向け、その無愛想な顔のままその場を通過した。




