後編
「どこだ?」
「あっちのテっペン!」
「よっしゃ行くぞ!」
「オー!」
「ちょっと! 引き回しになってるからッ!」
木を消しながら集落跡の最高点へ一直線に突き進むユウリに、引きずられる格好になった流音は高い身体能力で姿勢を整えて自分の足で走った。
地中を駆け抜けた妖力の塊が行き着いた先は、
「なんだここ」
かなり樹齢の経った木が生い茂る、鬱蒼としている森だった。
「これ、ご神木とかじゃない?」
「神社ってことか? 鳥居もなんにもなさそうじゃねえか」
「形式なんていくらでもあるのよ。それよりどう?」
「んー、んー――。……ん?」
本体を探してあっちこっちに視線を巡らせていた水卜は、ふと上空に目を遣ったところで何かに気が付いた。
「あ、アイツが本体か」
「だネ」
「どこどこ?」
「ほら枝の間に見えるだろ? あの風船みたいなの」
流音が目をこらして確認すると、山の真上にポツンとある雲の中に赤い風船のようなものが見えた。
「ユウリ、タモ出せ。デカいヤツ」
「ハいはイ」
ユウリが頭の位置からニョキッと2本のタモを出し、水卜がその根元にお札を巻き付けた。
「じゃあさっさと捕まえるわよ」
「――まて。なんか嫌な予感がする。ユウリ! あの雲より上まで揚がれ! 流音も一緒だッ」
「ウサギーも? ほーイ」
「宇佐美ねーッ!」
本能でなにかしらを察知した水卜が指示すると、ユウリは流音も引っ掴んで急上昇した。
直後、囲われている範囲一帯へ、雲からシャワーの様に真っ赤な雨が降り注いだ。
「何あれ……?」
「さあな。でもなんか嫌な感じ……、だ……」
「ヒナッち大丈夫?」
流音が目を見開いて上空からそれを眺めていると、頭に乗る水卜がぐったりとし始めた。
「どうしたの?」
「妖力に……、あてられてんだ……。う……」
「うわ、何この濃度!」
尋常でない汗を流して青い顔になっている水卜の発言を聞いて、流音がカウンターを起動すると、とてつもない濃度が表示され危険値のアラームが鳴った。
「ここまで濃いと陽菜なら死んじゃうわよ!」
「わかっタ!」
ユウリが大急ぎで雨が降っている範囲外に出て、歩道の入り口に駐めてある覆面パトカーへと乗り込む。
怪異の妖力をもろに浴びたせいで、それをかなり取り込んでしまった水卜の意識はかなり朦朧としていた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「……。や、べ……」
「衛生課を呼ばないと!」
「ひなっち」
「頼む……」
苦しそうな様子に焦りまくっている流音をよそに、ユウリは冷静に水卜へ訊ねると、手の先をもやにして彼女の口の中へと入れた。
水卜の体内に紛れ込んだ怪異の妖力だけを吸い出すと、ぐったりはしているが彼女は途端に状態が落ち着いた。
「うー、キッツ……」
「これじゃどうにもならないわね……」
「――ヒナッチ、アレ食ベテイイ?」
「だめだ」
「わかった」
「落ち着け」
「落ち着いた」
「よし」
髪の毛が僅かに逆立つ程の、怒り心頭な様子を見せて訊いたユウリは、水卜に言われるとあっさり引き下がって感情が凪いだ。
「で、どうするわけ? 一応結界は張っといたけど」
「どうって、祠でも建てねえと収まらねえだろ。ほっときゃあの山中が怪異まみれになるぞ」
「んー」
「はいはい」
ユウリに抱きしめられて頬ずりされつつ、水卜は赤く染まりつつある山を睨みながら冷静に言う。
「あれSクラスなの?」
「いやAだろ。CをC相当の死にかけが使いパシリにしてるわけだし」
「じゃあ工事課ね」
「ウチの機動隊も呼んどけ。とりあえず鎮圧しねえと工事もクソもねえ」
「ユウリさんじゃだめなわけ?」
「万が一Aクラスぐらいの怪異が下りてきたら、コイツが近くにいねえと俺が死ぬだろ」
「まあそうね。私が守り切れるか分からないし」
流音は通信機のレシーバーを取って局に通信を入れようとしたが、雨の妖力がノイズになって使えなかった。
「携帯も……ダメね」
「範囲外に出るしかねえな」
「ひなっち」
「ん?」
「雨の範囲広がってるよ」
「うわ、マジじゃねえか」
リアガラスの表面にうっすらと赤い水蒸気が付き始めている事に、ユウリの指摘で水卜は気が付いた。
まもなく雨粒が落ちてき始め、
「飛ばすわ!」
「了解」
流音は慌ててエンジンをかけると、車1台分ほどの細いつづら折りの林道を、コーナーでドリフトしながら下っていく。
「お前レーサーになれるな」
「余計な事言わないで!」
「……すまん」
左右に大きく揺さぶられながら脳天気な事を言う水卜に、流音は目をかっぴらいてハンドルとペダルとシフトを必死に操作しつつ冷たくあしらった。
なんとか範囲の外へと逃げきり、車体に付いた雨粒をユウリが回収すると通信が復活し、流音は『怪取局』の捜査課と調査課の機動隊両方に報告をした。
「これでよし。じゃあ次はアンタの病院ね」
「おう……。またか……」
受話器の向こうで大騒ぎになっている通信を切ると、流音は路肩に駐めていた車両を発進させて、すぐ近くにある都市高速のインターチェンジへと進入した。
「現場に出るの危ないし、蒐集院辺りにでも異動させてもらったら?」
「るせーな。指図すんじゃねえよ」
「心配して言ってるの。一応は同期なんだから」
「奥に引っ込んで資料いじりなんて柄じゃねえんだよ」
「ひなっちもウサミーが心配なんだってー」
「言うなっ」
水卜は口止めしておいた事を言われ、少し頬に赤みを浮かべながらユウリの頭をはたいた。
「それはどうも。あと、宇佐美――って合ってるじゃない」
ルームミラーでその様子を横目で見ていた流音は、口元を緩めて感謝した後、ユウリが間違わなかった事に対して逆に困惑していた
そんな3人を乗せたセダンが走る反対側の車線を、警察車両に偽装した怪取局の車両が列を成して走り抜けていった。
水卜が搬送の新記録を達成し、処置室で主治医に冗談半分で呆れられている頃、捜査課機動隊が赤い雨を降らせている怪異の鎮圧を完了させていた。
その後の調査で水卜がCクラス相当と断定していたものは神霊で、建設部が祠を建立したことによって穴が空く現象もそれ以降は発生しなくなった。




