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浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
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9話 浮遊少女はカメラを持って靴屋?に入る

 その店は、店内を照らす明かりすら蝋燭という徹底ぶりの、古びた品が並ぶ店だった。錆びれた釘やねじ、量の少ない駄菓子、けん玉やお手玉、数十年前の漫画雑誌や小説、今更やってる人なんていないだろうゲーム機、大きい壺、色褪せたポスター、衣服……ここがどんな店なのか分かりやすいほどに共通している。

 外見は同い年くらいの店長の服装も紅葉色の和服だったが、手に持っている書物が漫画雑誌(全く知らない雑誌)と頭の飾りのせいか大人しい印象を抱かせない。

 微笑より、笑顔。そんな明るくフレンドリーな感じである。

 ガラクタやレトロ品の収集家は何人か見てきたが、店を開いている者は初めてだ。早速面白い出会いがあった。


「――むむっ?」


 突然の饒舌な喋りに呆けていると、少しして、レトロ店長は興味津々な眼差しで浮遊少女の長靴を凝視してきた。近くに配置していた燭台を持ってタタタッと素早い動作で駆け寄ってくる。


「ちょっと君、その長靴をよく見せてはくれないか?」

「はぁ……構わないが」


 店の者として「らっしゃい」とか「お客さんは何をお求めだい?」の一言くらい先に言った方がいいのではないだろうか。さっきも古い長靴を履いてるというだけで割引、しかも発言によっては無料で商品を渡そうとする辺り、買われることに執着がないのかもしれない……しかし、定型文をそっちのけにするほどに、この長靴はレトロ専門家の眼鏡に適うと?

 それはそれで光栄なことだが、買い替えたことがないだけで、別段歴史があるわけでもない至って普通の物のはずだ。疑念が深まるばかりの浮遊少女に、レトロ店長は長靴を見つめたまま、問いかけてくる。


「この幻想世界に来たのは?」

「十五年ほど前だよ」

「これを履いたのは今日で何年目?」

「それも十五年だ」

「へぇー……」


 テンポの良い問答の末、感心したように感嘆の息さえ漏らす店長。川の流れのようにそっと長靴に触れる。その時少女は、靴の写真を撮りたいとせがまれた子供たちの気持ちを理解した。


「その割には汚れていないね。美しい……」

「……」


 ほんの一瞬、浮遊少女は間を空ける。

 ……どの子供たちの靴もみな、汚れていた。

 自分だけが汚れていない――それは、浮遊することによって己の身は汚れた地面に着くことがないから。

 それは靴が本来の機能を発揮していない、ということだった。せいぜいオシャレにしかならないだろう。とはいえ、外見を整える意味は少女には微塵も理解がない。

 生まれた時から身に着けていたため、足の裏が空気しかない感覚は普通で、きっと靴底に肌が接することがあれば違和感を覚える――つまり自分の場合、肌足であろうとなかろうと、違いがないのだ。

 おそらく私を生み出したあなたは、靴は履かせるべきだろうととりあえずで描いたのだろう。

 全く便利な能力である。これにはいつも救われるし、楽もできるし、苦労せずに済むことが多い。

 ――便利すぎる、能力だ。


「……私の能力は常に浮き続けるというものでね。地に足を着けられないのだよ」

「だから汚れることもない、か……得心がいった」


 そう言う割に少し残念そうに店長は肩を落とす。なぜなのかは彼女の胸の内を知らない少女には察することができない。が、気にはなった。今は靴探しという大事な任務のため時間は割けれないが、どこかで訊いてみたいものだ。


「あ、そうだそうだ」


 と、そこでようやく思い出したように、


「それでお客さんは、何をお求めで? ここには大抵の商品――食器から小型冷蔵庫まで、古い物限定だが置いてあるよ。どれも使える状態だ」


 店に客が入ってから五分して、定型文を口にする店長。

 今更かい。

 浮遊少女は内心そう突っ込んだ。


「靴を探している。それも小さい子供の靴だ。なるべくたくさん欲しい」

「おっと、同志といえども変質者はお断りだよ」

「私は同志でも変質者でもないよ。ただの客人だ」

「“ただの”客人だって?」


 デカデカと画面いっぱいに文字が映し出されたのかと思うほど眉を顰め強調し、そして小馬鹿にするように笑う歪んだ唇が蝋燭の火によってようようと照らし出される。


「そんなわけないだろう。こんな古びた店に立ち寄るのは一般から外れた者だけだ」


 確かに言われてみれば、店内には自分以外の客はいない。その様子からして売れ行き不調だろうが、大して問題視していないようだった。むしろ誇らしくさえ思っているような……。

 白衣少女と同じ――に見えて違うタイプだろうな。彼女は店を開かなければせせら笑いもしない。


「――そのことだが……」


 本当に、どんな笑顔も似合う面である……と店長の語調を意に介さず、不思議そうに眺めながらも気になっていたことを訊いてみる。


「ここ、以前まで靴屋だったはずだろう? あの靴磨きが大好きな店長はどこに?」

「さてね。前まで住んでた奴のことなんて知らないよ。靴屋だったことすら初耳だ」

「そうかい……てっきりまだいるもんだとばかり……」


 付き合いがあったくらいで深い仲ではないので、彼女が何をしようと勝手だが――タイミングが悪い。データになりえた靴が一気に減ってしまった。


「ここには靴はあるのかい?」

「その前に答えろ。買って何するつもりだ。あと通常の値段で売りつけるからな」


 鋭い口調で、返答によっては取り締めるという空気がビシビシと伝わってくる。知らないフリをして誤魔化さないということは、根底は実直な者なのだろう。浮遊少女の好きなタイプだ。


「いや、買わないよ。撮るだけ撮って帰る。悪事を働こうってわけじゃないから安心してくれ」


 むしろ事件を解決しようと行動しているが、そのつもりがなくあくまでもこうして非日常を味わうことが目的のため無意識にすっぽり抜ける浮遊少女。少女の手にあるカメラらしきものを見て言い分を聞いて、レトロ店長は訝しりながらもひとまず威圧感を引っ込める。


「まぁ……うちは撮影許可してるから撮ること自体は構わないのだが……何かの参考にでも使うのかい?」

「そんなところだ」


 両目を閉じて宙に浮き、腰の入った姿勢の浮遊少女。嘘の気配は――なさそうだ。


「了解した。靴屋ほどではないが、それなりに揃っているよ。参考になるかはわからないがね」

「大丈夫、どんな靴でも参考になるとも」


 そしてレトロ店長は、これまた古そうな履物をガサゴソと取り出し始めた。

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