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浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
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8話 見習い少女はカメラを持って家に戻る

「……何やってんの、お前」

「おー、兄貴」


 ふと冷たい飲み物を取りにリビングに行くと、何やら玄関先から物音がしたので廊下に来てみるなり――出かけたはずの妹、白髪少女が、数時間もしないうちに帰ってきていた。

 ただ、かなり謎の行動に走っていたが。

 靴箱を開け、大量の靴(それも小さいもの)を取り出し、四角いカメラ? のようなもので撮影していたのだ。

 しかも……


「それクロ猫ちゃんのだろ。撮って何に使う気だよ」


 おそらく彼女の活動内容の一環なのだろうが……他人の物を勝手に使うとなれば、何に使うのか聞いておかなければならない。彼女の仲間とは顔を合わせたことはあるが悪い奴らではなかったし、善悪の見分けはつくので言いくるめられることはない。たぶん心配するほどのことではないのだろう。

 だが、万に一つということもある。妹を止められるとしたら自分だけだ。

 ……というか、それ以前に意味不明すぎて気になる。

 怪訝そうに訊く兄からの質問に、白髪少女は「あー……」どこから説明したものかと視線を泳がせてから語り始める。


「色々あって足跡測定器っていう足跡から性別や年齢を特定できる装置がいるんだけど、それがこれ」


 そう言って差し出すのは、両手で握りしめていたデジカメのようなもの。コンパクトな形をしている。


「ただこれ、未完成品でさ。このままじゃ足跡を映しても何も読み取れなくて……色んな靴を撮りまくって情報をインプットさせる必要があるらしいんだ。そうすればあとは自動で共通点とか特徴とか洗い出して学習してくれるらしい。測りたい足跡が小さめらしいから、子供用の靴をいっぱい撮りたいってわけ」

「なるほどな」


 その足跡測定器とやらは、白衣少女が作ったものだろう。うちの老人と技術はどっこいどっこいなんじゃないかと思う。誰のため、何のために作るかは全く違うが。

 なんにせよ、彼女が正常のままで良かった。止める必要はなさそうだ。


「でも、それならクロ猫ちゃんのばっか撮っても仕方ないだろ。じいさんの工房になら色んな靴ありそうだし……頼んでみたら?」

「そうするつもり。――一応聞くけど、兄貴は持ってないよね。これくらいの」

「持ってない」


 持っていたことがない。


「だよね……あとで私も街に降りて靴屋でも探そっかな。けど遭遇したら別行動の意味がないし……」


 そんなことをぼやきながら、幾つもの黒猫少女の靴を撮る白髪少女。事情を知ってもなお、その光景は怪しいものだある。

 自分だったらどうするかと考えてみるが、概ね彼女と同じ意見だった。自宅にある靴を撮り終えたら、あとは靴屋くらいしかないだろう。助けにはなれなさそうだ。

 ――不意に、白髪青年はカメラを見て思う。


「お前らさ、写真撮ったりしないの?」

「え?」

「冒険するとき。あとで振り返るためにさ」


 時々ラブコメや学園もの系で見かけるイベント――写真にして思い出を残すというもの。あと最近の冒険もののゲームではチュートリアルで必ずスクリーンショットしようと言われる。外との接点をほぼ絶った彼には自分以外の人間はそういうことを当たり前のようにやっているのかと思い込んでいた。

 そういえば、彼女の冒険は聴覚的に聴いたことはあっても視覚的に見たことはない。


「いや……考えたこともなかったな。佳境に入ったらそんな余裕ないし、振り返るときも言葉でっていうか」

「そういうもんなのか?」

「別に綺麗な景色を求めて行ってるわけでもないしな。兄貴だってスクリーンショット機能は使わないだろ?」

「ああ……」


 特に理由はない。というか機能を使う理由を知りたい。

 確かにバトル中は写真なんて撮る暇はないし、似たようなものなのだろうか。


「あの発明好きは……私たちと一緒に振り返る時は楽しそうだけど、一人の時はあんまりやってないんじゃないかな。そんなことより考え事してそう。写真を残すことより今を楽しむって感じだし」

「まぁ……そうだよな。俺もそう思う」


 ゲームを語り合える人間が妹くらい、それもパーティーゲームや勧めたものしかやらないため、振り返る機会が少ない。それに一つのものに打ち込むというより、満遍なく全般のゲームに手をつけたい派だ。


「余裕あるとすれば傍観者気取りのあいつくらいなもんだけど……上手く言えんが、あいつは思い出は思い出のままに思い出として残したがってる感じがしてな」

「思い出は思い出のままに――思い出として残す」


 なんだろう、曖昧で伝わりづらいはずが、何となくわかるような気がする。

 ゲームをプレイしている時の緊張感とドキドキ感、街に入れた時の安心感など、そんな細かい心の機敏はとてもじゃないが表現しきれるものではない。写真なんて安直なものなら、なおさら。

 プレイ中の自分、またはゲーム画面など撮って、何になる――要するにそういうことだろうか。

 音楽も流れない。その前後の出来事も表せない。感情も読み取りにくい。

 だが本人の言葉でなら、語れる。そして浮遊少女の場合、ありのままの形で残したい……。

 ならば生き物の感情に目がなく、事件を記録しているという彼女の本には、何が書かれているのだろう。妹は読んだことがあるのだろうか。


「私は拘ってるわけでもないし、撮ってきてほしいなら撮ってくるけど。写真でもビデオでも」

「いや、いい」


 なるべく妹の冒険には邪魔をしたくない兄。麦茶を注いだコップを落とさないように注意を払いながら、身体の向きを変える。


「じゃ、頑張れよ」

「うん」


 白髪少女の素直な頷きに、白髪青年は中ボスにしては強い敵の攻略法を画策しながらその場を後にした。



「おねーさん変な人だね」

「ふふん、変な浮遊お姉さんと呼ぶがいい」

「ほんとにおねーさん変わってるねー」

「オレ母さんから聞いたぜ。こういう人とは関わんない方がいいんだってさ」

「その通り。よくわかってるじゃないか。なら、お母さんとの約束を守るためにも私から離れた方がいい。靴は撮らせてもらったことだしね」


 すると、まるで「はーい」と活力ある返事が戻ってくるかのように、浮遊少女の周りにいた十ほどの子供たちがわぁーっと散っていった。

 浮遊少女がどうやって子供の靴を探していたかといえば、無論常識的に靴屋を求め漂っていたのだが、その道のりで会った子供たちに靴の写真を撮らせてもらっていたのだ。

 親子連れは許可を貰うのに労力がいるし疑われでもしたらやっかいなので、子供のみで出歩いている子をターゲットにしている。

 断られたら大人しく引き下がるが、やってることはまんま不審者である。


「えーっと、確かこの辺に……ん?」


 一軒の明らかに古い建物の前で、少女は首を傾げた。

 この前までここに靴磨きが大好きな店長さんの靴屋が建っていたと思うのだが……はて?

 疑問に思いながらも、何かあってリフォーム工事むしろボロくなっているがしたのかもしれないと、浮遊少女は扉をスライドさせる。


「お、こんな天気の良い日に長靴とは良い趣味してるじゃないか。しかもそれ数十年前のものだろ? 同志よ。その長靴に免じて割引してやる。語る内容によっては無料でいいぞ」


 頭に生えた二本の枝に、片方は長靴、もう片方には飴が入ってそうな缶をぶら下げた、笑顔が似合う女店長。

 ありゃありゃ。おやおや。

 面白そうな店長さんと出会ってしまった。

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