6話 白衣少女の家は少し奇抜
念を押すようだが、白衣少女は発明家である。
研究好きでも分析好きでもない、発明好きだ。
彼女が発明するものは、それこそアリほどの大きさしかない小型機械から大人数人分の大型機械まで多種多様。
研究所に勤めず自宅で趣味に没頭したい彼女は、そんな大小の機械を心置きなく作るためにも、十分な部品と道具を自力で用意しなければならなかった。
金は何とでもなっているらしい。設計図を売ったり技術を売ったり要らない便利品を売ったりして、まぁ何とかなってるらしい。
……が、問題は場所であった。
それだけの大型機械を制作するスペース。道具を置くスペース。それでいて一切騒音が外に漏れないよう防音性が優れており、かつ材料を補充するのにそれほど手間のかからず発明に大半の金をつぎ込みたいためできるだけ賃貸の安い場所。
ここまで条件が厳しい家となると、この幻想世界であってもそう簡単に見つかるはずもなかった。
しかし、元より家を探す気はなかったらしい。
あろうことか、『ないもんは作ればいいだろう』精神の白衣少女は、ひたすら土地が広いところを欲した。
故に彼女は、都心がそう遠くない田舎町にそびえ立つ山の一部――約五十坪の土地を買い取る。電気は通らず、水は川にしか流れず、街へ下りるのに三号の空飛ぶバイクで数時間の木々が鬱蒼とした平らな土地。
そこに――わずか一ヵ月余りの時間をかけて、ヘンテコな家が出来上がった。
制作主である白衣少女は勿論、浮遊少女すらも気に入ってるデザインと言えばどれほどヘンテコなのか言わずともわかることだろう。
その実体験を誇るでも笑い話としてでもなく初めて語られた時は、到底信じられず冗談だと流したくなったが、彼女の熱意と技術を考えれば頷けなくはない。凄いといえば凄いが、凄すぎるあまり「馬鹿だろお前」とツッコんだ。「別に驚くほどの話じゃないだろ。なぁ?」「うーん……ま、愛のために世界救う人らもいるし、許容範囲じゃないかい」「てめぇらの感覚狂ってるよ」
……さて、その白衣少女が住まうという山は、白髪少女の隣山である。彼女の土地探しに協力して紹介したのは白髪少女だ。
隣だからといって雪が降っているわけではない。というより、サンタの老人が貸切ったあの山だけに降っている。常人では入れないようにと。
自宅から白衣少女の家に直接向かおうとすると深い森に入り危険なので、まずは安全ルートで雪山の麓まで下り、そこから緑生い茂る山へと入る。
老人が少女のためにと開発したジェット付きのソリに乗って下山するのに一時間。登山するのに一時間といったところか。
白髪少女ではとても時間がかかるので、浮遊少女にもソリを渡して直接向かう最短ルートで行ってもらった。森をすり抜けることができる彼女でも、恐らく三十分ほどはかかるだろう。
彼女の能力は彼女自身と触れている対象を浮遊させるというものなので、彼女に触れて一緒に行くこともできたはできたが、見ている世界が違いすぎて気分が悪くなるのでやめておいた。
というわけで、白髪少女は自動運転のソリに乗ってゆったりと読書していた。
心配といえば心配だが、急ごうとスピードを上げたらひっくり返る恐れがある。どんなにスピードを上げてもどの道あいつの方が先に着くだろう。時々あることだし、最悪白衣少女が泣く泣く拘束してくる部位を分解すればいいのだ。
白髪少女はくつろぐようにしてソリに体重を預け、『命の定義』という項目を読み進めていた。
やはり、彼女の家は何度見ても面白い。
浮遊少女はこの家に寄る度に、同じ感想を心に過らせていた。
まず、全体が楕円形の形をしている。このままでは使いづらいというレベルではないので中の床は平べったくしてあるが、この奇抜な発想が良い。所々に伸びているものもあればそれほど長くもない突起物のようなものが付いてあり、発明品や洗濯ものがかかっている。これで耐久性があって実際壊れたなんて聞かないのだから凄いものだ。
見習いくんは性能は認めているものの「見栄えが家じゃない」と酷評のようだが。
――そう、あの有名なサンタクロースの見習いにして魔術にまで手を出す謎多き少女。
「くっ、見習いくんと共に行動できなかったなんて……! これじゃあ彼女の読書姿をこの目で見られないじゃないか……!」
三十分余りで着いた浮遊少女は――ひどく無念そうに拳を握りしめていた。どんな黒魔術に手を染めたのか気になっていたというのに……!「じゃ、お前はあっちから行ってくれ。私は降りて行くから」「え……? あ、ああ、それもそうだね」
が、仕方ない。人命救助は優先事項である。さすがに社会的な死を遂げた白衣少女を拝みたいとは思わない。自分に選択権があればなおさらだ。私は責任なんて面倒でしかないものをこれっぽっちも負いたくないのだ。
それにあの不敵な笑みをよく浮かべるロリッ娘は、その実不安を抱えやすい。今頃泣いてるかもしれない。
思考を切り上げ、短い梯子を上ることなく浮遊し、チャイムを押すことなくドアを通り抜ける少女。
――しかしながら、本当にここは良い場所だ。
自らの創作物を一望できるというのは、これほど心地よいものはそうそうないだろう。
そこは研究室と呼ぶには――あまりにカラフルで物が雑多に転がっていた。
青く――宇宙のように青い天井が高く広大な室内。
発明品の数はまだ二桁だが、三桁になるのもそう遠くないだろう。
部品と機械とで自分の好きな物で染め上げたこの部屋。とても白衣少女らしい。
部屋を見回しながら、浮遊少女は聴こえてくるボルトを回す音を頼りに彷徨う。
「――やっと来たか! こっちだ!」
「そっちだったか。待たせてすまなかったね」
白衣少女に呼び止められ、振り向いた浮遊少女は閑雅な動作で“パクパクくん”の下へ漂う。
全てを食らいし花びらと名付けられたそれは、巨大な花の形をした機械だった。花弁は動くようになっており、目の前にあるものを挟むことができて、それしかできない。こんな大きい花弁に物を咥えさせたところで何になるというのだろう。相変わらず用途が計り知れない。
白衣少女は閉じようとする花弁に挟まれ、空いた手でリモコンをいじっていた。だがその顔には少々の冷や汗を垂らしている。
浮遊少女は、悠長に口を開いた。
「やぁパクパクくん。こうやって対面するのは久方ぶりだね。創造主を噛みまくって元気が良さそうで何よりだよ」
「うむ、ちゃんと我が子に挨拶するのは貴様くらいなものだ。偉い。――そ、そんなことより早くそこのスイッチを押して――」
「おや? この前より少し大きくなってないかい? 成長期だね」
「そうだろうよくぞ気付いてくれた! あれから四苦八苦しながらも色々と改造して性能がパワーアップしたのだ! だからすごく痛い! さぁ――早くそこのスイッチを――」
「よしよし、後で遊んであげるからねー」
「お前わざとやってるだろ! いいからそこのスイッチを押してこの拘束を解いてくれ! 私の腕じゃ届かないから!」
曇りのない笑顔で一片の花弁の形をした機械をさする浮遊少女に、涙目で叫ぶ白衣少女。
はいはい、と受け流しながら、浮遊少女は指示されたスイッチを押した。