5話 見習い少女の家庭事情
見習い少女は動きやすい服装が好きだ。だからか半袖の上に上着を着こむ。上着といっても軽く、それでいてこの大吹雪の中でも寒さを凌げるほどの耐寒性。玩具のみならずこんな衣服まで造れるとは、やはりじいさんの技術は凄いと思う。
ただ、ミニスカートは人の眼が気になるのでズボンの方にしておいた。クリスマスでは着なければいけないので仕方なく着ているだけで、彼女の趣味ではない。
適当にソックスを選び履いて、幻想世界に流通している金銭の入った財布と、玩具に見えて機能が豊富な携帯電話、読みかけの黒魔術の本、鎮痛薬、浮遊少女が忘れていったロボットを肩掛けバッグに仕舞い、部屋から出た。
まずは右側にある兄の部屋をノックして、ドアノブに手をかける。
「兄貴ー! 入るぜー!」
開けると、そこにはこちらに背を向け、テレビゲーム(2DのアクションRPG?)に熱中してコントローラーを離さない年上――見習い少女より五つは上だろう、白髪青年の姿が。
彼はただ遊んでいるわけではない。いや遊んでいるだけではあるのだが、じいさんが創った現実世界のコピー品にバグがないかをチェックしているのだ。
まぁ――今やっているゲームが好きでやってるのかバグ取りなのか、少女には判断できないが。どちらであろうと兄は楽しそうにゲームをするし、バグ取りの終えたものばかり遊んでいる彼女には、バグというものに疎い。
「ちょっと出かけてくる。今日中に帰れるかどうかはわからんが、たぶんそう長くはないと思う。夕飯は冷蔵庫にでも入れといてくれ」
「おう、わかった。気をつけろよ。土産話楽しみにしてるぜ」
「うん」
戦闘中で目が離せないのだろうか――視線はテレビ画面のまま身を案じる言葉をかける兄。短く頷いて引き下がろうとする妹に、すかさず頼み事をする。
「ついででいいからゲーム好きの人がいたら紹介してくれや。女でも男でも構わん」
「自分でやれ」
……男でもいいというのは、男友達が欲しいという意味である。女というのも恋人関係までは求めていない。決してあっちでもいいという意味ではない。最初に誤解した時は、本当にもう……見る目が変わり、疑心暗鬼になった。
とっくに声変わりした低い声に、白髪少女はきっぱりと断って扉を閉める。
それから更に右側へと進み、階段を下りてからじいさんのいる工房へと向かった。一階の半分を占めている部屋だ。そこでは子供たちに配るための玩具をせっせと作っていて、白髪少女もよくその場所で玩具制作をする。まだゲームなんて高度な物はとても作れないが、最近になって簡単な木の人形やプラスチック製の物ならできるようになってきた。現実世界にある百円ショップ程度の耐久力だが。
工房の壁は白く、木の柱が立っていて、見る者が見れば羨むような充実した機材が整理整頓されて並んでおり、様々な玩具が仕分けされてボックスの中に入っていた。中には自動で動き、作業を手伝う人形がいて――ここに足を運ぶ度に、少女は胸をときめかせる。
目当ての人物はどうやら奥にいるようで、彼女は嬉々として玩具を眺めながら歩いていく。
「――おお、どうしたんだい?」
少女に気付いたじいさん――作業着姿のサンタクロースは、少女に気付くなり手を止め、穏やかな顔をこちらに向けた。どうやら玩具に塗装している最中だったらしい。
「あいつに誘われたから出かけてくる。いつ帰ってくるかはわかんねぇけど、いざという時はちゃんと引き返すから」
「そうかい。気を付けて行くんだよ。今月分のお小遣いは……はて、渡したんだったかのう」
「大丈夫、数日前に貰ってる」
渡したかどうか確認するためメモを取りに行こうとした老人を、白髪少女が制した。
「そうだったか……すまんのう。わしの物忘れがひどいばっかりに、管理させてばかりで」
「いいっていいって、気にすんなよ」
申し訳なさそうに白い眉を弱らせ下げる老人に、白髪少女は手を振った。
「じゃ、行ってくる」
「うむ、楽しんで行っておいで」
――そして少女は、玄関へと向かう。
そのためには、工房を出た後に二つある内の大きくて一階の中央でもある居間を跨る必要があった。
外と接していない最も温まったこの部屋には、白い布団のこたつを置いて寝転がっている一匹の猫がいる。
黒いパーカーに黒い本物の猫耳をつけた、小さい女の子。彼女が食事以外で寝ている時なんてあるのかというぐらいに寝てばかりの彼女。
家族ではないが、家族のようなものだ。その昔、野垂れ死にそうになっていた彼女を白髪少女が拾った。
起こさないように、白髪少女は音を立てないよう廊下へと繋がるドアを開けようとする。しかし――
「……いってらっしゃい」
騒音の中だったらとても聞き取れないだろう心細い声に、足を止めた。
白髪少女は、ドアノブに手をかけたまま黒猫に似た少女の方を見やる。そこでは変わらず吐息を立て、丸まって眠る彼女の姿が。
わずかに口元を緩めて、白髪少女は聴こえるように、けれど静けさのある声で返した。
「行ってきます」
だがそんな平穏も、廊下に出てあちゃーと頭を抑えることとなる。
大勢の狼の吠える声がした。いい加減、あいつが危険でないことを覚えてほしいものだ。
玄関に早足で駆け寄って登山靴を履き、外へ踏み出る白髪少女。
「おい吠えるな! そいつは安全だ!」
玄関に群がらせていた狼が、数メートル高い位置で浮く少女を威嚇していた。
即座に行動に出てわしゃわしゃと、まるで犬を扱うように狼の毛深い背中をさすり、落ち着かせようとする。がしかし、狼はひとまず怒号を抑えるも鋭い眼光は浮遊少女を射貫くまま。
「悪いな。こいつらうちのもんにしか懐かないんだ」
「いいっていいって、元気いっぱいで何よりじゃないか」
「そう言ってもらえると助かる」
泰然とした様子の浮遊少女は、元からこんな感じだった。
何度もここを訪れ、いつしか慣れてしまったとかではなく、最初に吠えられた時も驚きはしたが怯えておらず、さほど気にしていなかったのだ。
それでもやはり、この問題は解消したいものだが、躾けるのがとても難しい。あの猫耳少女ですら数年間ここで暮らしてようやく吠えなくなったほどである。
「ささっ、それより行こうか見習いくん。まずは白衣ちゃんを救いに」
「……ああ。そうだな」
本当に吠えられることに気にしていないのか、あるいは気にしているが故の言葉か。
ともかく現状解消できない問題に留まっていても仕方がないと、少女は狼の群れの中を割って通り、浮遊少女と合流する。
そうして少女たちは、長い長い雪山を降りた。