41話 小枝少女は馬鹿になる
「え、えっと……」
ど、どうしよう……!? これは想定外すぎる……!? 気まずすぎる……!? てっきり母親が出てくると思ったのに……!?
「小枝ちゃん! しっかりするんだ! 今最も気まずい思いをしているのは彼女の方で、上手く言いくるめして信頼させたら、娘さんから母親の様子や何時に帰ってくるのかを聞き出せるかもしれない」
小枝少女にしか聞こえない浮遊少女の声に、彼女は目を覚ました。
……! そ、そうだ! しっかりしろ私。今対応できるのは私だけ。ここは不審がられないように……
「あ、あの……」
しずしずといった感じに声をかける娘さん。小枝少女は顔を固くして答える。
「お、お届けに上がりました。あなたのお母さん宛てです」
(……小枝ちゃん?)
荷物を送り届けに来た、これなら不審がられないだろうとセリフを練り上げる小枝少女。
「え? でも荷物ないですよね」
「あっ!?」
「あっ!? じゃないよあっ!? じゃ」
あまりの予想外さにたまらず叫ぶ浮遊少女に構わず、小枝少女は早口で言い訳する。
「え、えーっと……ま、待って! 閉じようとしないで! まだ受話器に手をかけないで!」
右手で扉を閉めようとしながら、左手を受話器の方に伸ばす娘さんらしき女の子。小枝少女は懇願する。
「そ、そのー……私はこの春から新しく君の担任になる者で……わ、わかりました! 正直に話すので待ってください!」
「……あの、落ち着いてください。待ちますから」
ジト目……というより、もはや可哀想なものを見る目の女の子。
不審者がアホ過ぎて気を遣われるというアホ過ぎる光景に、浮遊少女は絶句するしかなかった。
小枝少女は、弱り果てた声で正直に告白する。
「そ、その……私たちは」
「たち?」
「あ、いや、私がここに来たのは、あなたのお母さんに訊きたいことがあってのことなの」
「……訊きたいこと、とは?」
「それは……」
神妙な面持ちで、訊かれた。
小枝少女は目線を逸らし、渋る。こんなこと、信じてもらえないどころじゃない。信じてもらえてももらえなくても、これから発するのはこの子のお母さんを侮辱しかねない発言だ。
幻覚を消しただけで犯罪行為を行ったわけじゃないし、幻覚を見ているなんて知られたくないことだろう。もしかしたらこの子には隠し続ける努力をしていたかもしれない。
その努力を破る権利は……私には……
「小枝ちゃん、私は言ってしまっても構わないと思う」
「……」
躊躇う小枝少女に、浮遊少女は口を挟む。
「むろん詳細には話さない。ただ幻覚症状を起こしていたくらいは、別にいいんじゃないかな。その関係者って形で。娘さんならそれくらい知る権利はあるだろうし、何か思い当たることがあるかもしれない。もしなかったとしても家族に異常があるなら知っておきたいだろう? 偏見でも不完全な証拠でもない、事実であると確定してることだ」
それは……そうだった。自分の母は、頑なに教えてくれなかったけれど。
それがずっと嫌だった。誰でもいいから真実を教えてほしかった。それもあって……私は……簡単に受け入れてしまえたのだろう。
どんなに嫌なことでも、同じ屋根の下で暮らすからには知りたいと思っていたから。
「……ええと」(また言い訳考えてるのかな)
再び黙り込む小枝少女に、困り果てた様子の娘さん。小枝少女は目線を上げて、答えた。
「私は……あなたのお母さんが見ている幻覚について話を聞きに来ました。……これ以上は、話せません」
「……」
娘さんは瞳を薄っすらと開いて、口を力なく閉じる。嫌な沈黙が流れて、小枝少女は反応を待った。白髪少女や白衣少女も、きっとこんな気持ちだったのだろう。
……こんな、後悔と罪悪感を抱えたのだろう。
しばらくして、娘さんは口を開ける。
「……やっぱり、そうだったんですね」
「……」
「あなたがお母さんの関係者であることはわかりました。玄関でよろしければ、上がってください。おそらく母は、三十分もすれば帰って来ると思います」
完全に信用したわけではないが、無視するわけにはいかない。という感じか。妥当だな。
対する浮遊少女は信用しすぎる気がするなんて感想だが、それよりと小枝少女に関して疑問を持つ。
(というか君、そんな下手な言い訳するアホキャラじゃなかっただろ。狼狽えてるとはいえ一体なぜ……)
思考する浮遊少女は、はっと先ほどまでの会話を思い出した。
(……あぁ、そうだこの子、今馬鹿になってるんだった)
ごめん、ごめんと呟き始めた浮遊少女に、小枝少女はなぜだろう成功したのにと思いながらもひとまず中に入った。
靴は女性用の靴しかなかった。整理されていないが、座れないほどではない。
彼女が取ろうとしていた受話器の近くにはプリントがあった。裏なのでなんのプリントかはわからないが、鉛筆で描かれた女の子が描いてある。アニメに出てきそうな絵。普通に上手い。
それを見ていることに気付いたのか、娘さんの方から話してくれた。
「それ、学校にいる間落書きで描いた私のイラストなんです。昔から母、絵を描くのが好きで……私も影響を受けてよく描くようになったんですよ」
「へぇ……とても上手ですね」
「ありがとうございます。母もよく私のことをそうやって褒めてくれて……小学生の頃はよくテストの裏に落書きしてました。その度に担任の先生に怒られちゃいましたが」
「それだけ絵が大好きだったんですね」
苦笑して話す娘さんに、小枝少女は微笑を返す。それに気を許したのか、黒歴史に近い、今では笑い話ものを暴露した。
「一度だけ、先生の好きなものを描いたら許してくれるかなーって、恋愛ものの漫画を描いたこともあるんですよ。結局許してもらえず、逆にいつも以上に怒られたんですけど」
「恋愛漫画ですか……そういう漫画好きの先生もいるんですね」
「まぁGLなんですけど」
途端に、浮遊少女は吹き出した。
「え、は、じーえ……なんで生徒にばらしてるんだよ教師」
いつもの悠然とした佇まいがどこかへ消える浮遊少女。小枝少女は首を傾げる。
「GL……とはどういう……」
「あ、百合っていう意味です。そうですよね。GLって言葉はあんまり使われてませんよね。すみません」
「いえいえ、いいですよ」
しかし百合か……花に詳しい自信はあったけれど、まさかGLなんて呼ばれ方もしているとは……それにしても花同士の恋愛ものが好きだなんて、なんてマイナーな。ギャグにしかならないと思うんだけど……ユーモアがある先生だったのかな。
そんな勘違いがありながらも、とりあえず母親が帰ってくるまでの間、彼女と他愛のない話をしていた。
ただ、情報収集できそうなこのタイミングを逃すわけにはいかないと、小枝少女に機を見計らってあることを訊く――。




