4話 三者三様の名前の付け方
うぃいいん、ざざざっ、ざざざっ、ツーツーツー、ピッ。
『……たすけ……て』
ピー、ピー、ピー。
「「……」」
白衣少女の影武者というロボットを起動したところ、とても小さく――それでいて力強く――儚い一言を残して途切れてしまった。
触れることなく声も上げずにそっとする二人。少しして、再び自動でロボットは起動される。
『お、遠隔起動と終了成功したっぽい? とっさに思いついたんだけど良かった良かった』
「やっぱり演技かい」
「ハラハラさせんなよ、ったく」
浮遊少女が平然とするのに対し、様々な思いが込められたため息をつく白髪少女。
するとロボットの眼が点滅し、明るい笑い声が返ってくる。
『悪い悪い、でも思いついちゃったからにはやりたくなるもんだろう? 助けてほしいのは事実だし』
「おやおや、こりゃあ海底より先に白衣ちゃんの家に行かなければならないようだね。今度はパクパクくんの仕業かい? それともゴロゴロくんに挟まれた?」
「全てを食らいし花びらにガブガブされてる最中だ」
「パクパクくんの方か」
「なぁ、いい加減思うんだが発明品の名前固定しないか?」
――現在ロボットから発せられている声の主――浮遊少女から“白衣ちゃん”と呼ばれる彼女は、大型から小型までありとあらゆる機械を発明するのが趣味である。
ただし、どれもこれも便利とは程遠い物ばかり。稀に使いようによっては良いんじゃないかと思える物を生み出すことはあるが、本人はそういう物ほど雑に扱い、不要な品ほど常に近くに置いて愛でるなど愛着を持つ。
だからか、使い道がないだろう発明品がバグって近くにいる白衣少女に襲い掛かることがあるのだ。
二人が助けてくれるだろうと信頼を寄せているのか、高を括っているか、めげずにその癖をやめていない。
――あるいは、ある滅茶苦茶な目的のためにもその癖はやめない方がいいのかもしれない。
ちなみに白髪少女は白衣少女の発明品を一号、二号という感じに数字で呼んでいる。二人のネーミングセンスは個性的すぎて口にしたくない。
『ふむ、まだ発明品の数が少ないからいいものの、増えてきたらこんがらがってくるな。となれば固定する呼び名は無論私の呼び名だな。この子らの親は私だ。親が子の名前を遠慮してはならないだろう。というわけで頑張って覚えてくれ』
「いや、その呼び方はちょっと……つーかお前は恥ずかしくないのかよ」
『全然』
「えぇ……」
『失礼だぞ! お前だってクリスマスには露出ある服着てるだろうが!』
「あれは不本意だ!」
あっけらかんと即答する白衣少女。そう、こういう奴だ。やはり変人に位置する部類の人間だ。
心を開ける相手だけにならまだいい――だが、赤の他人の前でさえ言ってしまうのは少しどうかと思う。
浮遊少女はというと、白衣少女の中二病チックな呼び方を口にすることには抵抗ないようで。
「私は全部の呼び方を覚えているし、抵抗もないのだが――君の名前は少々長ったらしいよ。もっとコンパクトにできないのかい?」
至極的を射た指摘をする浮遊少女だが、白衣少女は不遜に鼻で笑う。
『ふっ――貴様にはこのロマンが理解できないようだな。だがまぁいい。いずれ理解できる日が来るさ。この名前に込められた意味……涙なしでは見られない感動的な展開がこの先に待っているのだから』
「来ねぇよ」
「来たら壊す」
『そんなこと言うなよ~! 来るよ~! あと壊すなーッ!』
素っ気ない態度を取られ(浮遊少女に至っては笑顔で破壊宣言され)、子供っぽく涙交じりにロボット越しで叫ぶ白衣少女。だが、そんな彼女を慰める者はいない。
「ま、コンパクトってことなら私だな。漢字にしたら二文字だぜ」
「あの記号かい? せっかく彼女が愛情注いで作った芸術品だよ? もっと可愛らしさを意識するべきだ」
『そこは無理解野郎に同意だ。せっかく名前をつけてあげられるんだからカッコイイのにしろ』
「む、その無理解野郎とは私のことかい。心外だな」
あっさりと立ち直る白衣少女の言いがかりにふくれっ面の浮遊少女。お返しだ。
白衣少女含め、全てを知ろうと息巻く彼女としては黙っていられる話ではなかった。
「よろしい。では私のネーミングセンスを輝かせ、その呼称を撤回させてやろう。カッコイイのと言ったね。ある時は全てを食らいし花びら、ある時はパクパクくん、ある時は十一号……」
名を連ねていき、むむむ……と念じるように手を合わせ眼を閉じる浮遊少女。
数秒後、稲妻が走ったか如く眼をカッと開き、その名を口にした。
「究極にして純白の捕食者!」
『もっと性質がわかる名前にしてくれ』
がしかし、一瞬にして却下される究極にして純白の捕食者。
「くっ……理解が足りないのは私の方だった……っ」
「残念だったな」
呼称を撤回させてやるはずが、自らの知見を撤回させられ地に伏す浮遊少女。白髪少女は心から同情気味な言葉をかける。
見えずとも想像しやすい光景に、白衣少女は調子に乗りまた不遜な態度を取り始めた。
『まだまだだな人間観察くん。私のロマンはその程度では到底理解できないとも』
――だが、彼女の煽りを意に介することなく、
「ふへへ……しかしだね、これはつまり知らないことがまだまだ溢れているということでもあるのだよ。燃えてきたぁ……!」
「そのポジティブ思考マジで羨ましいよ」
地に伏しながらも不気味な笑い声を上げる浮遊少女に観念するように、白髪少女は背もたれに重心を傾け、眼を閉じた。
『とにもかくにも、この議論はするだけ無駄のようだな。誰も自分の呼び方を譲らないし、かといってまとめられそうにもない。――それより早く助けに来てくれないか? 今はまだ平気だが足を拘束されているため社会的な死を遂げるかもしれないのだ』
「おう、そうだったな。待ってろ、今から行く」
『まだ向かってなかったのか!? 今どこ!?』
「見習いくんの家だ。耐えてくれ」
『うぅ……早くしてくれよ』
弱った声を最後に、ロボットの眼の部分が点滅しなくなった。恐らく改造作業に取り掛かったのだろう。電源は入ったままだ。
「じゃ、これから支度するから下で待っててくれ」
「了解」
そう言って浮遊少女は立ち上がり、窓をすり抜けて出ていく。
早速事件とは関わりない障害に遭ってしまったが、まぁ、浮遊少女も白衣少女も――そして私もいつも通りだ。
それなら、いつも通り楽しいのだろう。
「海の中に残された足跡、ね……」
出会ったことのない新たな生物だったらいいな、と口元を綻ばせて、白髪少女は外着に着替えた。