38話 白衣少女は反発する
小枝少女が思うに、白衣少女は科学者そのものだった。
科学者といっても、本物を見たことがあるわけじゃない。テレビや小説、あとはまぁ、含めていいのかは微妙なところだが理科の先生などを何人か見聞きしてきて、だいたいこういう感じなのかなと漠然としたイメージだ。
無論全員が全員同じ性格だったわけではない。それは人としてあり得ない。同じ科学者といっても、実験が好きなのか、発表が好きなのかでも違っているし、どの方面を研究しているのかも、その人柄もそれぞれ異なる。所謂マッドサイエンティストと呼ばれるあくどい者か、それとも人のために研究しているのか。自分の趣味のために研究しているのかもしれない。
バラバラである。
桜のように種類があるだろう。
だが、共通点も存在している。それは頭が良く白衣を着ているということだった。それと例外は諸々あるだろうが、クールな部分。
こんなにも背が低い子が白衣を着ているところなんて初めて見たが、話を聞いてみれば科学者だな、と何となくでそう感じていた。
何を研究しているのかは聞いていない。何を発明しているのかも知らない。もしかしたら分析するだけで、何も発明していないのかもしれない。
それでも何となく、機械関連の人なのかなと勝手に思っていた。
あ、スマホの画面見たがってたからかな。白髪少女や浮遊少女はそうでもなかったけれど、白衣少女は明らかにしょげていた。拝めなかったことに。幻想世界ではスマホは珍しいのだろうか……。
どちらにせよ、機械に関心のある科学者ということは、機械関連の科学者さんなのかなと、何となく思ってしまったわけだ。真実は知らない。
まだ会って間もないというのに、彼女に言われて気付くことが何度かあった。自分の頭が良いとは思わないし、自負もプライドもない。テストも平均点を取るくらいで、得意なのは国語と家庭科。理科や数学は、何となくしかわからない。長い数式を見るとクラクラする。
そういう意味では、彼女と私は正反対なのだろう。
彼女の得意科目は理科や数学だろうから。たぶんだけど。彼女が本当に科学者ならば。
ただの偏見かもしれない。偏見で人を判断するのはどうかと思う。けど、それだけに彼女はそれらしいから、どうしてもそういう風に見えてしまう。
性格としても……そう、無口で、ぶっきらぼうで、表情があまり変わらない。自分の想像していた科学者に相違なかった。
そういう意味では……あまりキャラクターっぽくないけれど。かなりそれらしいというか……人間味がある個性をしている。
あまり科学者に陽気とか、ハチャメチャとか、そういうイメージはない。あれは本の中の世界。
だから最初に会った時は、それはもう大層に驚いたものだけれど、次第にその驚きは取れて行った。自分の思う科学者になってきたのだ。
……私はあまり科学者が好きではないから少し残念な気もしたけれど。
常に気難しい顔をする人にはどう対応するべきか、わからなくなってしまうから。落ち込んでいるでもなく――気難しい顔を。
だから浮遊少女と白髪少女が二人揃って「様子が違う」と言っていた時は――本当の姿と違うと言われた時は、正直なところ安心した。
どこかで彼女の心情に何かがあったのだろう。それが何であるかは、相変わらず解けないけれど。
白衣少女の素性は知らない。白衣少女のことなんて二人に比べたら全然知らない。
だが、どれも彼女の本音のはずだ。
それとなく私のことを気遣う一言をかけるのも、逆にズバリとした一言を口にするのも、不機嫌になったとしても嘘はつかないはずだ。自分を曲げることはしないだろうから。
そして、今の白衣少女は自分と正反対だ。それはつまり、自分と彼女の意見が対立しているということ。
だからこそ、彼女からの反論は何となく予想していた。
でも。
あの子を救おうとしているから、きっと根は良い人であることに違いない。
勉学には自信がないけれど、人を見る目には自信がある。
だから白衣少女も、あの子も、『あの子の母親』も、何かが解消したら普通に戻るはずなんだ。
だからここで曲がってはいけない。
「――白衣ちゃん、それは一体どういうことだい?」
なぜそのような判断をしたのかと――自分には気付かない何かがあったのかもしれないと、浮遊少女は問いかける。
……そう。
白衣少女の今の発言は、浮遊少女からすれば思いもつかない発想であった。斜め上どころではない。完全に虚を突かれたのである。
しかし白衣少女は、それこそ心外とばかりに言う。
「どうもこうもない。そのままの通りだが?」
「そのままの通りって――それは」
言葉を区切り視線を泳がせ、彼女のセリフを思い出す浮遊少女。
「それは――誰も目的を達成できないまま、納得できないまま彼女を幻にしようってことかい? 本当にそれが最善だと?」
それは、とてもハッピーエンドとは呼べない選択だ。あの子を無理やり岩から出して――いやそもそも、その方法では出るかどうか怪しいものだ。綺麗に解決できる問題を力づくで解決するといっているのと同じ。とても最善とは呼べない。
それくらい、白衣少女ほどの頭脳の持ち主ならわかるだろう。
だが、白衣少女は肯定する。当然のように呆気なく頷く。
「ああ、それが考え得る中で最も良いやり方だと思う。それだけに今回の事件は厄介だ。自分たちの手に負えないよ。それで無理やり納得した方が、傷も少ない」
「そうなのかだー?」
「……いや。白衣ちゃん、それではダメだ」
ずぶ濡れ少女が訳も分からず浮遊少女へと視線を向けるが、浮遊少女は否定する。
「傷も何も小枝ちゃんの覚悟が見ての通りで、ここで諦めたらここまでやってきた彼女の苦労が台無しになる。それは彼女だけじゃない。あの子だってそうだ。これは彼女らの問題なのだから、彼女らがやる気になっていることをサポートしてあげるのが私たちの――」
「じゃあもしものことがあったらどうすんだよ! 止めれるときに止めとかないと後悔するぞ!」
「……っ」
浮遊少女は後ずさる。それは反論できないことにではなく――白衣少女の様子に。
これまでもおかしいおかしいとは思っていたが、明らかに彼女らしくない。何をそんなに怖がっているというのだ?
あの子のために小枝少女は死地にさえ赴いたというのに。その覚悟が感覚的にわからないのか?
……落ち着け。
彼女の身に何かが起こっているのは間違いない。だがそれを特定することや、解消することは叶いそうにない。彼女の生い立ちも、起点となる動機も未だ知らないから。
ここで長引くのは非常にまずい。せっかく小枝少女がやる気になっているというのに、いつまでもここで足止めされるわけにはいかない。何よりここは海の中。一刻も早く危険地帯から逃がしたい。
それすらも気が回ってない白衣少女――さて、どう言いくるめるべきか。
「――あの、私は何があっても全て自己責任だと受け止めます」
口を閉じて思考に徹する浮遊少女の代わりとばかりに、小枝少女は説得を試みる。
「皆さんのせいにもしません。やりたいからやってるんです。私の父やあの子が幻覚ということも、こうして一歩間違えれば死ぬ場所まで来たのも、あの子の様子も怖々ですが確認できました。せっかく糸口が見つかったんです。試させてください」
「やったところで酷いこと言われて帰るのがオチだ。そんなことさせられるかよ」
「ですが――」
「ちょ――ちょっと待てよ。お前ら」
白熱しかけた小枝少女と白衣少女の論じ合いに、ようやく前に出て水をさす白髪少女。
「……なんだよ」
「いや、あのさ……なにがそんなに難しいと思ってるの? 母親のこと?」
何とかそう問うた白髪少女に、白衣少女は語気を鎮めて答える。
「そうだ。これは一介の高校生で何とかできる問題じゃないし、何ならお前らや私が関われたとしても解決できない。それだけに困難なんだよ。この問題は。これ以上深入りしない方がいい」
そう――なのか?
確かにまぁ、幻覚や幻聴は深刻な病状だ。しかしそれらは改善してきているらしいし、完治寸前までいっていた。話が通じないほどではないだろう。
自分たちのやるべきことは母親がなぜ半ば強制的に幻を断ち切ったのか、を聞き出すことである。それさえできればあとはクリアなのだ。もしかしたら難しいことなのかもしれないが、やってみる価値はあるだろう。やらずに終わるよりかは――ずっといい。
それこそ彼女も諦めがつくというものだ。
「……あなたの主張も理解できます」
白衣少女の主張を肯定したのは、小枝少女だった。
「ですがあの子のお母さんは、話せばわかる人でした。きっと何か事情があって、勢い余ってあんなことを言ってしまっただけで、今も心のどこかでは後悔してると思うんです。行き違いになっているだけだとしたら、それを解かないままお別れなんて悲しすぎ――」
「幻想を生み出しちまう奴はやべぇんだよ! 近づかない方がいい!」
「……っ!」
小枝少女は、じんわりと眼を見張る。
――それは、あの子の母親ばかりでなく、自分の母親さえもターゲットにされた言葉だった。
会ったことも、どんな人物かを話したことすらない者から、暗に狂っている扱いをされた。
……苛立った末につい吐いてしまったことだということはわかっても、貫かれるような感覚が長くこびりつく。
「お、おい……!」
さしもの止めにかかろうとする白髪少女だが、浮遊少女に手で牽制された。
だけど……と言うより先に、浮遊少女に目で語られる――彼女をよく見ろ、と。
つられて白衣少女の顔に視線をやると、小さい開発者は後悔したように眼を逸らしていた。
「……っ」
言い過ぎた自覚があったのだろう。白衣少女は、気まずそうに声を発する。
「わる……かったよ。けど、関わってほしくないんだ……痛い目、あうから」
……なぜ、なぜこんなことになってしまったのだろうと。
白髪少女は、不気味で居心地の悪い一瞬の沈黙に、そんな疑問を抱いた。




