34話 浮遊少女は能力を使う
「……え? あ、あの、小枝ちゃんって?」
「君のあだ名、広める気はないから安心してくれ」
「名乗る前にあだ名つけられるとか前代未聞ですよ……」
広めないでくれるのはありがたいけど。確かにこのヘアアクセサリーって珍しいけれど。ピンク色の枝って他に見たことないし……。
「悪いが人の名前と顔は覚えられないのだ。だから名乗らなくていいよ」
「えぇ……」
純粋にどう受け取るべきか困った小枝少女。危うく携帯電話を落としそうになって慌てて持ち直す。名乗らなくていいなんて言われたのは生まれてこの方一度もない。今回は記念となる一度目だ。
な、なんだろう……ムズムズとしたこの感じ。
「そりゃそうなるよな。まぁあんま気にすんな。じきに慣れる」
「な、慣れていいんですかね……こういうのって」
白髪少女にフォローされるが、そのフォローも受け取るべきかと悩む小枝少女。
この二人の仲間と聞いたときは、良い人だろうなと漠然とだけイメージしていたが、まさかこんなことを言う人だとは。少し掴みづらいというか、珍しいというか、面白い出会いもあったものだ。
彼女も幻想ならば、何かの小説のキャラクターなのだろうか? こんなキャラ見たことも聞いたこともない……アニメ好きなら知っているのかもしれないが、私は小説を少しかじっている程度だ。
こういう面白いに出会うって、これが幻想と話す醍醐味なのかもしれない。
「な、名前を告げないままというのもどうかと思いますが……はい、こちらこそよろしくお願いします」
浮遊少女につられて小枝少女は差し出された手を握ろうとするが、空振りした。ちゃんとは確認していなかったが、やはり彼女らを触ることはできない。彼女は自分に合わせて握られているかのような形をとるが、触った感覚が一切ない。フィーリング重視、ということだろうか?
あの子の手は――握ることができた。
これが実体を持っているか持っていないかの違い。改めて、小枝少女はそれを実感した。
「――お前の方はどうだった? 人幻いたか?」
握った手を離すと、話の決着がついたのだろうと、白衣少女が浮遊少女の方へと視線を投げる。
「いや、いなかったよ。帰ってきた形跡もなし。そっちはどうだったんだい?」
「大当たり。話を聞いたら、お前が岩の中で確認したっていう髪が長くて小さい子を知っていた」
「ほほう、詳しく聞かせてくれよ」
それから白衣少女は、小枝少女から語られたことをかいつまんで情報共有する。
「ふむ……なるほど。これは珍妙な事件に遭遇したものだね」
さしもの浮遊少女であっても、神妙な面持ちで頷く他なかった。
「しかし――白衣ちゃん、心なしかいつもの元気が感じられないのだけど、何かあったのかい?」
心配の色を秘めた瞳の浮遊少女。
声の調子というか、話し方が一時間前よりも物静かになっている。この短時間でどんな心境変化があったのだろう。
「はぁ? 別にいつもこんなもんだろ?」
こんなもんじゃないだろう。お前の気迫は。
阿吽の呼吸で内心そう突っ込む浮遊少女と白髪少女。だが、嘘をついているようにも見えず、なおのこと疑念を抱く二人。
浮遊少女は白髪少女に何かあったのか? と目配せを送るが、否定する仕草しか返ってこない。小枝少女から説明され、説明しただけで、これといって何もなかったはずだ。
出会う前の白衣少女を知らない小枝少女としてはそういうものなのか? とそれこそ疑念を抱いた。出会ってから変わったのだとしたら、もしかしたら自分が失礼な態度をとったのかもしれない、と自分の行いを振り返る。
何が……悪かったのだろう。
「それよりこの事件の真相がようやく掴めそうなんだ。早く海底に行こうぜ」
しかし、三人の心中を構わず、海の方向へそそくさと歩き出す白衣少女。
やっぱりおかしいよ、お前――白髪少女は口に出さずとも、そう思った。
だっていつものお前なら、そこはにやりと笑って言うはずだろう?
けれどどうすることもできず、三人は白衣少女の後を付いて行った。
これで三度目――浮遊少女にとっては四度目となる港。しかし来た時間帯はバラバラで、目に映る風景も来る度に変わっていた。
最初は夜、次は明け方、そして今回は昼間。浮遊少女が一度目に来た時の時間帯は――はて、何時頃だったか。今とちょうど同じくらいの時間だったかもしれない。
うろつく人は多くはないが、少なくはない。まばらという表現がぴったりだった。
「ここに、本当にあの子が……それに大きい岩も」
海風を受けて薄茶色の髪とスカートをたなびかせ、帽子を押さえて呟く小枝少女。
頻繁に来るというほどではないが、通りがかることは何度もある見知った場所。そんな所に実は世にも奇妙なモノが眠っているという事実に、少なからず違和感があって、実感がなかった。
そしてこれから、更なる奇妙な体験に見舞われるということにも。
「――電話は終わったのかな?」
携帯電話の通話終了のボタンに指を当てる小枝少女に、後ろから声をかける浮遊少女。
「あ、はい……信じてくれたので、たぶんこれでできるはずです」
「じゃじゃ、早く触らせてくれよ。こんな体験したことがないんだ」
そそっかしく、ウキウキしているのが分かりやすく伝わる浮遊少女。小枝少女は携帯電話を仕舞って、右手を差し出す。
先ほどは握っているという感覚がまるでなかったが――成功しているなら、触れるはずだ。
浮遊少女はゆっくりと、指先を彼女の右手に近づける。
(……あ、冷たい)
――いや、自分の手が暖かいのかもしれない。外からの影響を受けない彼女とは違い、自分は太陽の熱を受けるから。
浮遊少女は感嘆とした表情で小枝少女の人差し指と中指を広げたり、小指を曲げたりした。
「あ、あの……」
初めて触った感動はわかるが、いつまでそんなことを……と呼び止めようとしたところで、浮遊少女は「おっとすまない」と動きを止め……ない。
「こうして現実世界のものを動かせたことがなくてね。どうせすぐ慣れるのだろうが、やはり初めてというものは私の心を惑わし、なかなか夢中にさせる」
「動かせたことがないって……その言い方だとまるで、触れたことがあるみたいな……」
「触れるよ?」
「……はい?」
さも当然とばかりに、なぜそんなことを言うのかと疑問府を付ける浮遊少女。小枝少女は一瞬にして頭が真っ白になる。
「――え、ちょ、ちょっと待ってください。触れるんですか?」
「だから触れるよ。私たちが一度でも『触れない』なんて言ったかい?」
「で、でも、身体を持ってないとか干渉できないとか……」
……あれ?
身体を持ってない、干渉できないとは言っていたけれど……触れないとは言ってない?
そこで小枝少女は、つい数十分前の光景を思い出す。白髪少女が公園のベンチに座っていたことを。
「うん、干渉はできないよ。だから触ることができてもこうして動かすことはできないんだ。砂粒だろうが石ころだろうが、蹴ろうとしてもビクともしない。まぁ実体がないから触らないようにすることもできる……っていうか、触らないのが普通なんだけどね。意識しなければ触れないよ」
「……」
そ、そういうことか。そういうことならば――矛盾はない。
だがそうだとしたら、気になることがある。
「ならばさっき――握手を交わした際に、あなたは私の手を握っていたということですか?」
「ああ、握っていたよ。デコボコの鉄を握っている気分だった」
「ですが私には触られている感じはしませんでしたよ?」
「君に触られた感触があったなら――それは君の感覚器官を刺激した、ということになるからね」
「あ……」
はっと気づいたように声を漏らす小枝少女。これで全てに得心がいった。
「さて――こんなの海の中でも堪能できることだし、早速飛び込もうか」
「……っ」
小枝少女は息を呑む。心臓もバクバクといって、身を固くした。
そう、海の中――能力が途切れたら即溺れ死ぬ所。安全装置はなし。気を付けてどうこうなるものでもない……リスクが大きいどころか、容赦のない死。
「そう心配するな。能力は絶対だし、一度現実にあるものだと信じたものが早々覆ることはない」
「そんなに不安ならここでちょっと試してみろよ。地面から浮くはずだ」
隣にいた白髪少女が落ち着いた声で、白衣少女もぶっきらぼうだが気遣う。
ふぅぅ……と小枝少女が息を吐いたタイミングで、浮遊少女は言った。
「じゃ、行くよ」
そうして試しにと、小枝少女の身体は――浮遊少女のように地面から数センチ浮く。




