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浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
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32話 見習い少女は幻想世界について説明する

「……」


 ――あーくそっ、もっと他に言い方ってもんがあっただろ!

 こんな風にしか告げられない自分への苛立ちと後悔が、白髪少女を苛んだ。

 「お前の親は幻覚だ」と真正面から言われてキレない人間はいないだろう。もしも自分が兄やじいさんが幻覚だと言われたら「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよてめぇ」ぐらいにはキレる。

 しかもそれが事実であると言われて、困惑しない者はいない。

 頭にスッと入ってこなくて、混乱して、訊き返すのが最もな反応だ。

 だって――それが事実であるということを、認めたくないから。

 幻覚や幻聴なんていう、フィクションものとしか思えない『深刻な病状』が身近の――それも親に起きていたなんて、これまで平和だと思っていた日常が崩れるような感覚があって然るべきこと。

 認識が狂う。

 現実が歪む。

 ゾッとする悪寒が今彼女に走っているかもしれない。

 自分たちを『人でない何か』と表現していることから、両親から何も聞かされていなかったのだろう。

 何も知らず、それを普通とさえ思っていたなら――理解してしまったその時、ショックはとても大きいはずだ。

 何がそんなに恐ろしいって? そりゃあ……


「……想像主の前に姿を現す、と言いましたね」


 ぽつりと言葉を零す彼女の瞳は、前髪に隠れて見えない。


「……ああ、幻想を視ることができるのは同じ幻想か、人間と幻のハーフである人幻、そして幻想がいると思い込んだ人間だけだ。だが、血が混じってるわけでもない普通の人間に視えるのは自らが想像したものだけ。それ以外は視ることも聞くこともできない」

「……ということは」


 冷静に、努めて冷静な声で、小枝少女は言った。


「私の父は、私の母が生み出した幻覚と幻聴……ということですか?」

「……お前の父親が幻想で、母親が人間ならそうなるな」


 幻想を具現化し触れるためには、幻想がいると思い込む他に手段はない。それが創造神が制定した世界のルールである。断言できる根拠はそれだけで十分だ。

 つまり……彼女は幻覚や幻聴の症状を患った親から産まれた、ということ。

 例えるなら、虐待するような親から産まれた、と同じくらいの衝撃はあるかもしれない。

 知らなかったのなら、平凡な環境で育ってきたと思っていたなら、その事実は殊更に彼女の肩にのしかかるだろう。

 重苦しいほどに。

 きっと彼女の気持ちを推し量ることができるのは、当事者である彼女か彼女と同じ境遇の者だけだ。

 小枝少女ならきっと……理解する。理解しようとする。

 あの女の子のために、きっと受け入れる。

 白髪少女は口をつぐみ、ひたすら彼女の気持ちに整理がつくのを待った。

 白衣少女は――終始黙って、小枝少女を一目見るなり中央にある滑り台の方へと別のところへ顔を向ける。

 意味のある沈黙が、破ってはいけない静謐が一時辺りに流れた。


「……ありがとうございます」


 静かな声で破ったのは、小枝少女だ。

 そう、軽く頭を下げて感謝した。

 その言葉に、白髪少女と白衣少女は薄く眼を見開いて彼女を見る。


「お陰でもやもやしていたものが取れました。父の親戚は聞いたことがなかったですし、墓すらないことにも納得できます。私の母は――昔ならば、そういう症状を抱えていてもおかしくない。あの子のお母さんに出会ったときも、似たような感じはありました」

「……嫌じゃないのか?」


 それまで一度として挟まなかった白衣少女が、渋りながらも問う。

 本当に――ショックは受けてないのか? と。

 だが揺らぐことなく、口元は穏やかなまま小枝少女は答えた。


「昔なら嫌だと思っていたかもしれません。ですが今なら――受け止めきれます。それに、何となくそんな予感はしていたので」

「……」


 でも……、と、白衣少女は漏れかけた言葉を呑みこむ。彼女が良いというなら、それでいいじゃないか。これはそういう問題だ。

 なにも……反発することは、何もない。

 そう思って、白衣少女は目線を下げる。


「――あの、質問してもいいですか?」


 白衣少女の無言を接受してもらえたと解釈し、小枝少女が幻想化した二人に問う。


「ああ、何でもいいよ」

「じゃあ……あなた方が幻想であり、元がキャラクターや幻覚なのは理解しました。ですが……だとしたら、なぜこんなにも少ないんですか? 幻想として生まれるためには何か制約がある、とか?」


 なにも制約がないなら、キャラクターが生み出される分、その幻想が生まれ街中で見かけるはずである。

 だが、自分が確認できた合計数は数えようとすれば数えきれるほどのもの。一人の小説家や漫画家、イラストレーターから大勢のキャラクターが創られているのだから、もっとひしめいていてもおかしくないだろうに……。

 その指摘に、「そういや言ってなかったな」と白髪少女は答える。


「現実世界の人間にはもう忘れ去られたみたいだが、この世には創造神という神が存在する。幻想でも何でもなく、本物だ」

「そう……なんですか?」


 架空上の生物は所詮架空上の生物――それを知った今では、なおのこと信じられない。


「まぁ誰も見たことがないし、気付いたら広まってた話だから何ともだけど、現実……この世界を創造したのはその神であり、そして二百年ほど前に何を思ったのか、幻想たちが住める世界をも創造した」

「二百年……世界規模にしてはかなり最近ですね」


 地球が誕生したのは四十六億年前だというのに。

 言われてみればそうだな……なんて思いながら、白髪少女は続ける。


「それまでは幻想なんてものすらなかったらしい。こうして動いて喋ることもできなかった。存在しないものだからな。でもある日突然、創造神が私たちキャラクターと呼ばれる想像を『幻想』と名付け、自我を与え、不可視の形を象り、住める異世界を創り出した。幻が具現化できるようになったのもそれからだ。なぜそんなことをしたのかは不明」


 白髪少女は先ほどよりも気を楽にして、重心をベンチの背もたれにかけながら滑らかに語る。


「全然知りませんでした……まさか本当に創造神や異世界があるだなんて」


 幽霊やあやかしの存在は信じられても、神や異世界、サンタの存在は信じていない小枝少女。

 視えるものがどれだけ非常識であろうと、それが常識として馴染んでしまえば不思議ではなくなる――逆に言えばそれくらいの不思議しか体験したことがない少女には、視たことがない非常識は意外と信じきれないものだった。特にそんな巨大なものは。


「無理もない。幻想世界ばかりはどんな人間であろうと観測することは不可能だ。創造神に至っては幻想世界の住民ですら居場所を突き止められないしな」


 人幻である自分ですらできないということか……ならばその幻想世界と呼ばれる世界に行き来することもできそうにない。

 少し、行ってみたかったのだが。


「では……いつもはそちらの世界に?」

「まぁな。ほとんどの幻想世界の連中はそうしてる。こっちに来ても大してやれることがないからな」

「……なるほど」


 だから、想像物がいくら増えて幻想が生まれようとも、溢れかえったりはしない。

 ということは、幻想世界には様々な架空上の生物が混交しているということだ。

 混沌としていて、混ざり合っていて、摩訶不思議な世界になっているに違いない。

 ……創造神は、そういう世界が見てみたくなって創ったのだろうか。


「他に質問は?」

「ええと……」

「おい、そろそろ集合の時間だ。移動するぞ」


 話された内容を整理していると、白衣少女が時計を指しながらそう言った。

 集合……そういえば、仲間と合流すると言っていた。何でも私を海底まで……本来なら無理難題な場所に連れていける能力を持っているとか……一体どんな人なのだろう。

 それに、その人の能力は私に通用するのだろうか? 幻想を視ることや聞くことができるだけで、干渉はできないというのに……。

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