3話 見習い少女は割と常識人
謎のエネルギーにより電気の通った明るい部屋。奇妙な出で立ちの二人の少女の内、一人が声を上げる。
「――海底に足跡と黒くて大きい岩、ねぇ……聞いたことないな」
「そうだろう! ワクワクものだろう!? ドキドキするだろう!?」
「まぁ、何があったのかは気になる」
胸に拳を置いて嬉々として語る浮遊少女に、あくまでも消極的な返事をする白髪少女。元々彼女ほどの熱意があるわけでない。というより、彼女がありすぎるのだ。何せ自らの能力を駆使して海中から空の彼方まで向かって面倒事や事件を探し回っているのだから。
その行動力には憧れの念すら抱きつつあるが、本当にそうなりたいと思い立つほどではない。どちらかと言えば自分はインドア派だ。
とりあえず、危険性が高かったり規模のデカいものではなさそうで良かった。発展しないでほしい。そうなったら自分たちの手に負えない。
「場所はどこ?」
「お菓子の街に面した海だよ。そう遠くないところにあった」
「ってことは現実世界でいうところのあそこの県か……」
あそこは確か、子供の数が多いわけでも少ないわけでもない都心と田舎の狭間だったはずだ。そこそこ大きい港があった気がする。お菓子の街とその周辺も悪い噂は聞かない。
慎重に白髪少女は安全かどうかを紐解いていく。浮遊少女が持ってくる案件は、何も調べもせず異常現象というだけですぐに誘ってくるので、稀にだが無邪気に恐ろしい事件に首を突っ込むことがあるのだ。そういう時はさすがの彼女も撤退するくらいの冷静な判断はするが、避けれるものなら避けたい。
「ああそれと、その大きい岩は恐らく現実世界のものだよ。触れられなかったからね」
「触ろうとしたのか、正体不明の未知なる物体を」
彼女の警戒のなさにジト目で伺う白髪少女。すると浮遊少女は照れるようにもじもじとした仕草をする。
「いやぁ、好奇心が抑えられなかったのさ。そこで抑えたら私の個性が一つなくなってしまうことだしね。それにもしものことが起きても私たちは死なないだろう?」
「そりゃあそうだが、苦痛は感じるんだ。もしものことで街が吹き飛んだらどうするつもりだったんだよ」
「こっちの世界では街の再建なんて造作もないことだ。何も問題ない」
「お前ってやつは……」
平然と無責任なことを垂れる少女に、もはや呆れることしかできなかった。いつか問題を引き起こして責任被らされても知らねぇぞ。
「でも困ったな。現実世界のものとなると私たちじゃ干渉できねぇ。クリスマスはとっくに過ぎちったまったし」
「うん、だからまず足跡を調べたい。君ならば、数々のロリとショタを近くで見てきた君ならば、足のサイズから年齢を特定できるはずだ」
「できねぇよ! つーかその言い方やめろ! それじゃじいさんも含んじまうから」
当然の如くできないと否定すると、浮遊少女は心底意外そうに眼を見開いて、
「なに――できないのかい!? サンタクロースの端くれともあろう者が、君は夜な夜な子供の部屋に忍び込んで一体どこにプレゼントを入れてるというんだい!」
「本物の靴下に入れてるわけじゃねぇ! ちゃんと専用のやつがあんのっ」
「あ、なんだ、そうなのかい」
――そう、白髪の少女はサンタクロースの見習いである。クリスマスの夜では半袖ミニスカートの赤い服の上に茶色い上着を着て、現在小屋で休ませているトナカイを連れ、徹夜して子供たちにプレゼントを配っている。
とはいえ、サンタの存在を信じる者にのみに、だが。信じすぎるあまりトナカイを懐柔されかけた事件があったが、彼女の仕事ぶりはまた別の話。
「しかし……となると我らの発明家に期待するしかなさそうだな。ただそんな計測機器があるかどうか……」
「あるんじゃね。ほら――抽象的な人類の進歩を数字的に測るためにも、まずは人類の足跡を計測しその大きさと形状を測る的な」
「君は何を言っているんだい?」
「さぁ、私にもさっぱりだ。やっぱあいつのことはよくわからん」
そして肩を竦める白髪少女。それらしいことを言おうとしてこんがらがった。
まぁ、他人の最も熱を注いだ趣味なんて、話についていけないのが普通である。常人に理解しきれないということは、それだけ深く考えて結論付けているということ。そういう思考回路を読み解こうとしても難しいものだ。
特にあいつ場合、人類の進歩について語り出すと本当に訳の分からないことを言い始める。
こいつも大概、常に浮遊する能力が反映されているみたいに掴みづらい性格をしているが、この中で誰よりも熱を持っていて変な方向に行くのはあいつだろう。
そういうところが気に入っていたりするのだが。
「おいおい見習いくん、あの子程度で変なやつと評価するとは、世界を知らないにもほどがあるよ。特に幻想世界はピンからキリまでの幅が馬鹿みたいに広い。下の下が普通を意味するのであれば、あの子はせいぜい上の下だ」
上の下……まぁそんなものか。あいつよりやばい奴がいるのはその通りである。
「じゃあ私は?」
「中の中」
「なっ……まぁまぁの変人かよ……」
ちょっと、ショックだった。そんなに変か?
「ならお前はどうなんだ?」
「そりゃあ下の下に決まっているだろう」
「鯖読むな中の上」
堂々と言い張る下の下に異論を唱える中の中。ちなみに中の上はつい先ほど海の中で菓子の袋を堂々と捨て、一人の時は玄関から正しい順序で他人の家に入ったことは一度もない。
特に反論することなく、「でも、そうだね」と話を戻す浮遊少女。
「時々――いや結構斜め上のものを発明したりするから、あるかもしれないね。足跡計測器。ついでに足跡がどこへ向かったのか判明できるミラクル装置もあるといいのだが……」
……と、思い出したようにポケットに手を入れる浮遊少女。
「ああそうそう、そういえばあの子から預かってるものがあるんだった。すっかり忘れていたよ」
「ん? ……え、なにそれ?」
浮遊少女がスカートのポケットから取り出したのは、人差し指ほどしかない小さなロボットのようなものだった。四角い頭と胴体に手足が付いており、色は塗られていない。
「あの子の影武者さんだ。愛らしい小動物のように可愛がり丁重に扱えとのこと」
「忘れてる時点で丁重に扱えてなくね……?」
呆気に取られる見習い少女の声は聞かなかったことにして、浮遊少女は器用に小さいロボットの電源ボタンを押して机の上に置いた。