29話 見習い少女は人幻を見つける
人間の猫に対する執着はなんなんだ。全くもって鬱陶しい――頭に茶色と黒色の猫耳を生やした少女は、二階建ての屋根の上でそうぼやいた。尻尾と両腕両脚をグイ―っと伸ばし、周囲を見渡す。
雨が降らずどんよりとした雲もない、この鬱を払うような晴天を見逃す手はない。こんな日は好き勝手に出歩きたいものだ。何か新しいものを発見できるかもしれないしな。
あの人間共は、子供の方は学校とやらに行っている最中で、大人の方は両方働きに出かけているようだ。誰もいないこの時間帯であれば邪魔されることもないだろう。
家の中は窮屈で、幽閉されている感覚がどうにも落ち着かない。それにあの人間たちがいる前では、自分らしく在るという認識にどうしても疑問を抱いてしまうのだ。
なんで猫って人間と意思疎通できないのか。猫の進化も、人間の科学も、底が知れるな。……おっと、こんなことを言ってはあいつに説教されてしまう。そして街に連れ出されて自慢されることだろう。人類の文明は凄いんだぞ! っと。
まぁ説教というか、怒らせるというか……あの子供っぽい発明者の場合、噛みつかれるという表現が最も適切だろう。
噛みつくのは猫側で、噛みつかれるのは人間側だというのに。まぁ人間の指をちょいと甘噛みしてやるとなぜか喜ばれるが。
――人間にどう思われているのか、つくづく分からない。
私にも彼らのことを分かろうという気持ちがあまりないから、人間だけが責められるものではないかもしれないが。
どうだっていい。
そんなこと今はどうだっていい。それよりせっかくの散歩ライフを満喫しようじゃないか。
ああ、祝日なんてなくなればいいのに。そうすれば毎日あの家から抜け出せる。毎日この街を探検することができる。考えるだけでも幸せで溶けてしまいそうだ。
……いや、溶けそうなのは、これまた鬱陶しいほどに熱い太陽のせいか。
走ろう。
走って、動いて、発散しよう。
溜まった鬱憤を、溜まりつつある暑さを。
そうすれば何もかもが吹き飛んでくる。勝手にいなくなってくれる。
今日はそうだな……下水道を中心に探索してみるか。ダンジョンみたいで意外と楽しいし、幻想化しているため汚れることもなく気軽だ。新しい道や掘り出し物があるといいな。
そう思って、下水道の方に向かおうと右側の屋根を渡ろうとして――気付く。二階建ての屋根と同じ高さで宙に漂う二人組の姿が。
その二人組は、肩車をしていた。十代半ばほどの背丈の少女が、自分と同じ背丈しかない少女を肩車している。白い髪をぱらつかせる少女はムスッとしていて、白い白衣を纏う少女は双眼鏡を手にしていた。
……というか、知り合いだった。
「なー、まだ見つかりそうにないかー? どんな些細な目線も絶対に見逃すんじゃねぇぞ」
「わーかってるって。けどそれらしい反応はまだなさそう……あ! 探検好きの三毛猫発見! やっほー」
三毛猫少女に気付いた白衣少女は、大きく腕を振る。
……なにやってんだ、あいつら。と、振り返しつつ、関心がそちらの方に向きつつあった。
「三毛猫……お前なんてタイミングに……なんて場所に通りかかりやがるんだ……畜生」
「お、おう……なんかすまん」
「いいや三毛猫、謝らなくていい。ベストすぎるタイミングだ。実にナイス。これで例のアレができる」
「うわーっ! 最悪だーっ!」
「……やめといた方がいいんじゃないか。こいつ泣きそうだぞ?」
両の手のひらで顔を覆う白髪少女。こちらに親指を立てる白衣少女。
三毛猫少女はその正反対すぎる対応に、非常に困り果てた顔をする。
「とはいってもアレをした方が見つかりやすい。勇気を出せ人見知り。今だけ恥と外聞を捨てるんだ」
「やだよ! やるなら二人でやれよ!」
「二人じゃできねぇよ」
「あの……私にもわかるように説明を要求していいか?」
無理やり割って入った三毛猫少女に、白衣少女は「ああ……一から説明すると面倒だから省くとだな」と、二人の目的を明かしてくれた。白髪少女はいつまでも顔を押さえて頭を抱えている。
それで目的というのは……
「――あ? 人間?」
「違う違う。間を幻って書く方」
「……あー、そういやそんなのあったな」
簡単に言えば人幻、とやらを探しているらしい。
人も幻も視ることができるという、稀有な人間。それ以上詳しいことは知らないが、自分は会ったことがない。この二人ですら会ったことがあるのか何ともだが、今は別件で外しているというもう一人の仲間、浮遊少女であれば会ったことがあるかもしれない。
とにかく、それだけ珍しいのだ。何と言っても幻想世界の幻想と、現実世界の人間との混血なのだから。
「人幻が関わってるということは……そういう事件を追ってるってことか?」
彼女らの探し人を知るや否や、神妙な面持ちで問いかける三毛猫少女に、白衣少女は肩を竦める。
「まだ全貌が見えてないから何とも」
「……わかった。探すだけなら協力しよう。で? こいつがここまで嫌がる方法って何なんだよ」
少し迷ったものの引き受けたが……気掛かりがある。白髪少女の態度だ。
彼女が何かを頼まれて拒絶するなんてこと、滅多にない。少なくとも自分の知る限り、そういう印象を持っている。できそうなことなら引き受けるし、できなさそうなことでもできるように努力する。そういう奴だ。
だというのにこれは一体……。
訊くと、白衣少女はドヤ顔で答えた。
「人幻は現実世界の連中には視認できない、幻想化している自分たちを視認することができる。つまり私たちが目立つ行動を取ればこっちを向いてしまうはずだ。目立つ行動……通常外ではやらないであろう行動……つまり」
「……組体操、三人、扇」
「そういうことだ」
「納得した。そりゃ人見知りどうこうの問題じゃないだろ。誰だって嫌がる」
白髪少女が挙げた三つの単語で何を提案したのかは察したが、それを外でやる勇気は三毛猫少女にもない。そりゃあ確かに目立つ。常識外の行動なんだから。誰かが反対の向きになれば視界も広がるし良い案ではあるのだが……白髪少女にはきついだろうな。
自分だって、ここまで人気がいない場所でなければやりたくない。もしも幻想世界でやれと言われたら無理と突っぱねる。逆に白衣少女はなんで平常心保てるんだよ。
「そうは言っても、肩車よりこっちの方が見つけやすいと思うんだけどな」
「……」
その通りだから反論できない。白髪少女もそれでなおさら感情的になっているのだろう。
だが、彼女とて事件を解決する糸口を掴みたいと思ってるはずだ。三毛猫少女は丸めた手で頬をかいた後、白髪少女と同じように膝を折って話しかける。
「なぁ、私だって恥ずかしいけど協力するからさ。現実世界の人間共は私たちのことは見えてない。お前一人じゃない、な?」
「……」
「事件の真相を追いたいんだろ?」
「――……ああぁぁ、わかってるよ! やりゃいいんだろやれば」
と半ば自暴自棄に言いつつ、その後も「やっぱり嫌だ」と断られ十五分ほどかけてようやく行われた三人の組体操。
白髪少女は顔を赤くし、中央にいる白衣少女は目を光らせながら構え、三毛猫少女も何とか平常心を保ちながらそれらしい人物を見つけようとする。
「よーしよくやった人見知り、あとは自分たちに任せるといい」
「頼む……っ! 早く……っ!」
「私という猫の手を借りたんだ。心配するな……あ」
そんなこんなしていると、一人の人間が明確に自分たちの姿を見て近づいてくるのを、三毛猫少女と白髪少女は発見することができた。中学生くらいの彼女は、周囲の人間をわざわざ避けて通っている。
その人幻らしき彼女は、駆け足でこちらに向かってきていた。道のど真ん中でこんな奇行に走っている様をはっきりと視認されてしまい、白髪少女の顔はもはや沸騰するまで赤面する。
「い、いや、これは――!」
「お願いします!」
白髪少女の言葉を遮って。
息を切らせながら、彼女は切羽詰まった様子で言った。
「あの子を――あの長い黒髪の女の子を一緒に探してください!」




