表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
23/41

23話 白衣少女は調べものをする

 何もかもをはっきりと述べることができないけれど、これだけははっきりと述べよう――私は図書館が好きだ。

 大人しい彼女には、目の前で光が漏れるこの大きな図書館が海岸に見えていた。

 誰もいない綺麗な海岸。よく聴こえる波の音は静けさを強調していて、太陽光によって明るい色をした砂浜は木製の本棚のようで、木製のテーブルに着いて本を広げればそこは開けた空間――一人だけの海岸のような感覚だった。

 あそこは素敵な場所だと思う。写真家が撮った人っ子一人いない海岸の風景は綺麗で、こう見えたんだ――まるで、図書館みたいだなって。

 でも、本当の海岸は人が多いし、遠くてバスなどの人混みがすごくひどい乗り物に乗らなければいけないから、行ったことはない。行ってみたいけど行く勇気がない。自分の不甲斐なさを実感してしまう。

 その点図書館は人は少ないし、家から近いしで、良いこと尽くしだった。

 嫌なところがないわけではないけれど(少ないといっても人はいるし)、悪いこと尽くしではない場所。

 唯一行きたいと思える場所。自分だけの居場所。

 だから図書館が好き。ずっと住みたいと思うほどに好き。家を図書館に改装したくなるくらいに好き。ここにいたらせわしない心がとても落ち着くし、本に目を通せば途端に周囲の視線が気にならなくなるから。

 ――人は苦手だ。生まれつき。

 少し視線が怖い。ちょっと顔が怖い。若干体格が怖い。わずかに表情が怖い……そんなものが積み重なって、苦手だった。

 人の心は怖くないはずなのに。だから私は本に逃げた。

 本を開ければ現実も、人間も、忘れることができるから。忘れて呑みこまれて、堪能することができるから。

 ……嘘。

 堪能なんかきっとしてない。こんな気持ちじゃ、こんな読み方じゃ何も理解なんてできない。

 図書館は落ち着くけれど、本を読むのは楽しいけれど……何も変わらなかった。

 そう感じるのも――嫌だった。だから私は、また本に逃げる。

 逃げてばかりだけど、逃げてばかりでもいいかなって、甘えてしまう。

 そんな自分が嫌いだけど、嫌いたくなかった。嫌ってしまったら……変わらなければいけないから。

 司書さんと仲が良いわけでも、家に帰ったら誰かが迎えるわけでもない。幸いなことに私に話しかける人はいないのだから、あとは私が私を許せば、それで終わりなのだ。

 でも、許したとしても、死ぬことがない私には一生付きまとうだろう。

 影のように、この恐怖がいつまでも纏わりつく――本当にそれでもいいのかって声が聴こえる。

 ああ……うるさい。そんなことより本を読ませてくれと、少女は夜中に開かれた図書館の中へと入った。

 ――静寂が、彼女を優しく包み込む。

 ――木の匂いが、彼女を安らかな気持ちにさせる。

 やっぱり……図書館は好きだ。

 茶色いケープコートに眼鏡という、いかにも大人しい印象の少女は、早速周りの人を色のついた本、色んな色彩が混じった本だと思い込んで、早足で本棚へと歩いていった。ここを海岸だと錯覚するためには、書物は必須である。

 彼女はなるべく細かい文字でびっしりとある、分厚い本を好んだ。内容は特に縛りはない。眠くなるまでの暇つぶしとして、勉学用のものから物語まで何でも読む。私は夜行性だ。夜ならまだ、朝と昼に比べれば人通りが少ないから。

 しかし、それまでの暇つぶしだからといって理解を放棄するつもりはさらさらなく、努めはする。前回読んだ書物は難解で、とても一日では読み切れなかった。他の参考書と一緒に読むべきだろう。

 そう思って、さささっと本棚の間隙を縫うようにしてその参考書が置かれた棚を目指したが……信じ難いことに先客がいた。

 こちらに背を向け立ち読みする、薄紫色の髪に白衣を着た小さな先客。

 あそこのコーナーは難しい本しかない。きっと外見に反して精神年齢は高いだろう。自分よりずっと背が低い、なんて言ったら怒るだろうか。

 怒られるのは嫌だ。だから言わないようにしよう。

 そ、それより……どうしよう。どうしようもない。まさかあそこを陣取られるなんて。席はたくさん空いてるのだから、そっちに移動すればいいのに。

 今日は別の本にしようかな……でもでも、かなり良いところで中断してしまったから、続きが気になるし……。

 ……よ、よし。

 あ、あの子の精神年齢はともかく、外見は子供だ。は、話しかけてみよう。案外さっくり引いてくれるかもしれないし。

 ガチガチに固まりながら、小さい女の子の下へと進む図書館少女。

 黙々と読み進める女の子の隣まで来て、声をかける。

 ……声をかけるのって、何時ぶりだっけ(泣きながら)。


「あ、あの……すみま……」


 ――っ。

 その子の瞳が視界に入った瞬間、私は息を呑んだ。

 どんな眼をしているのか、どんな表情なのかが一目でわかってしまったから……。

 ……赤い、瞳。

 とても綺麗な――眼をしていた。

 ひたむきにインクで綴られた文字を追う眼。混じり気がなく、真摯で、誠意のあるその姿勢。

 本に吸い込まれる彼女の瞳に、私の方が吸い込まれた。

 それは、怖い人間の数少ない好きなところで、憧れているところ。この眼だけは、私は怖じることなく真っ直ぐと見つめ返すことができる。

 逃げているばかりの私にはこんな瞳はできないから。本に縋って、呑まれているばかりの私では……こんな風に本を読むことはできない。

 今の彼女には、私なんて見えてないだろう。誰よりも今、本を楽しんでいるのだろう。

 私には……没頭したいと感じた本はいくらでもあったけれど、どれもできなかった。

 こんなにも綺麗な瞳を見たのは――ああ、何時ぶりだろう?

 美しいとさえ思って。

 ずっと見つめていたいとさえ思った。

 ――だから私は図書館が好きだ。

 時々、こういう瞳に出会うことができるから。


「――おい、新聞はだいたい漁ったけど何も……っと」


 数秒か数分か、ぼうっとして見入っていると、向かい側から寒色服装の少女がやって来た。どうやらこの子の知り合いらしい。私の存在に気付くなり、呼びかけを止める。

 図書館少女と白衣少女、そして本棚へと視線を移して状況を察して、「ありゃ……」と内心零していた。白髪少女は小言で白衣少女に耳打ちする。


「おい、邪魔になってるみたいだからどいてやれ。聞こえないのか? おい!」

「……」


 だが、微動だにせずページをめくる白衣少女。そうだ、こいつの集中力尋常じゃないんだった。

 頭をかいて試行錯誤する白髪少女は、考えた末に開いたページにそっと片手を置いた。


「……お」


 眼だけ動いていた少女は、ようやく反応する。


「おう、どした? 何か発見はあったか?」

「その人が本を取り出せなくて困ってるみたいだからどいてやれ」


 言われて、白衣少女はすぐ横にいた図書館少女を今になって認識する。


「あ……わ、悪い。もしかして結構前からいた?」

「い、いえ……」


 声が上擦らないようにしながら答える図書館少女。心臓がバクバクいう。あの瞳が切られてしまったことによる名残惜しさなんてどこかに吹き飛んでしまった。

 いいですよ謝らなくて。もとより気付かれたくないので。影のように生きたいので。そういう宿命にあるので。それより早くどこかへ行ってください――!

 だが、そんな思いとは裏腹に「それじゃ」とは言わず本棚を見上げ、


「しかし凄いな君、ここの本かなり難しいのにさ」

「いえ……そんな……」


 早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ。

 呪文のように心の中で唱える。

 高速で唱える。


「なんで謙遜するかな……勿体ない。その才能、うちに欲しいくらいだよ」

「ほ、本当にそんなんじゃ……」


 ――そんな風に褒められたのは、自分を必要としてくれたのは、初めてだった。

 ……うちってなんだろ。研究所かな。白衣着てるし。

 彼女の言葉を耳に入れていた自分に驚く。すごく嫌っていたはずなのに。


「行くぞ、これ以上はその人の邪魔になる」

「それもそうだな。それじゃ」


 手を振って、立ち去ろうとする二人の女の子。願ってもなかったはずのその光景が、私にはひどく、スローモーションに見えた。

 このまま別れて、後悔しないかと聞かれた気がした。

 私は答えた。『後悔しない。するものか』

 こんな機会、もう二度とないかもしれないのに? 続けてそう聞かれた気がした。

 私は答えた。『何に後悔するというんだ』

 変わらないことにだ。

 『変わらなくていいよ』

 さっきも言った。影のように生きたいって、そういう宿命にあるって。

 別に。

 別に彼女の研究所なんて、気になってない。

 悪い人かもしれない。そんなありきたりで都合がよくて優しい展開なんてあるはずない。


「……あ」


 そんなことをしていたら、いつの間にか二人はいなくなっていた。

 ……これで、良かったはずだ。

 なのにどうして……どうしてこんなにもムズムズするのだろう。もしもあの人に付いて行っていたらなんて、想像しちゃって。

 何かとても……悪いことをしてしまったような感覚になって。

 やっぱり人間は苦手だ……下手に声なんてかけないでほしい。これまでもこれからも、私は本とだけ対話するんだ。

 全てを忘れるように頭を振って、図書館少女は本棚へと手を伸ばす。

 取り出すのは、機械作りの本である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ