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浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
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21話 浮遊少女は聞き込みする

「……あとどれくらいだ?」

「えっと……あと三十分といったところですね」


 三十分……如何に今夜の取引が重大だからといって、早く来すぎてしまっただろうか? 時間を守ることは大事なことだし、もし破ろうものならどんな罰が下るか生々しく想像できる。しかし自分の時間を割くという行為は愚かといえるだろう。

 時間は有限で限られているから……ではなく、自分の身を案じようという気持ちを保つために、である。

 『時は金なり』なんてことわざは、死という人生のピリオドがある現実世界の人間たちにしか通用しないものであり、そんな制約がない自分たち幻想世界の者からすれば憐憫ものだ。

 死に怯えなければいけない。生きている間、自分を見つけてからの時間が限りなく短い――そんなの、何も罪がないのに束縛を強いられているようなものだろう。あんなのは……ただの苦痛だ。あったはずの憎しみなんてどこかへ行ってしまうほど、慈愛が芽生える。

 苦痛……苦しくて痛々しい。

 見ているだけでもそういう気分になる。

 こうして視ることしかできない世界に行けることといい、幻想として生まれて良かったと思う。この世界を創り出した神には感謝しなければ。

 ここでなら、自由に羽を伸ばすことができる――だからこそ、その有用性を発揮するべく、自らの時間というものを最大限に活用するべきだ。

 与えられた使命を忘れ。あらゆる拘束に介することなく。

 ふぅぅぅ……と、彼女は煙草を口にくわえ、煙を吐き出した。

 ――だから私は、好きに煙草を吸っている。

 嫌なことを忘れたいから。身体の害になりえないから。

 周囲からは吸っている姿が凛々しく様になっていると好評だが、そんなのは自分の見た目がたまたま合っていたとかであって、それだけでしかないだろう。

 吸っている理由が、それだけでしかないから。

 目の前を見据えれば、歪な色をする煙がいつまでも円を描いている。他の者には白く見えるらしいが、自分には確かにそういう色に見えるのだ。決してそんな……純粋な色ではない。

 もしもこれが純粋だとしたら……悪意に満ちた色である。

 涙のようなぐちゃぐちゃな青。血のような鮮明な赤。毒のようなじんわりと広がる紫。止まれという意味を持つ黄は……薄い。

 それらが強さとは程遠く、か細く複雑に絡まって渦巻いている。

 あまり見たくないはずなのに――見慣れてしまった光景だ。

 ――それはきっと、嫌な思い出を持っている事実を忘れないためだろう。それさえも忘れてしまったら、たぶん、自分が自分でなくなるから。

 そんなことを考えていると、車に寄りかかり腕を組む自分に続いて、隣でしゃがんでいる新入りが煙を吐き出した――その煙は、白かった。

 ……彼女は、どんな理由で吸っているのだろう。

 大したものではないだろうし、誇れるようなものでもないだろうが、訊いてみたくなって訊いてみた。

 すると……


「そりゃカッコいいからですよ! いつか先輩みたいになりたいです!」


 ほれ見たことか。


「……そんなに様になってるかな。自分じゃよくわからないが」

「評判はご存じでしょ? 鏡を見ながら吸えばわかりますって!」

「鏡を見ながら吸ったらただの変人なんだよな……」

「もう……じゃあ理屈は抜きにして信じてくださいよ。だから私、先輩のこと憧れてるんですよ?」


 ……ん? だから憧れてる?


「え、だからっつった今?」

「? はい」


 自分の方が聴き間違いしたのかと疑ってしまうほどきょとんとした顔で頷く後輩。


「そ、それってなんだ……つまり……」


 い、いや、これ以上掘り出したらやばい。やばい真実に辿り着いてしまう。聞かなかったことにしよう。


「……お前の残業、後で増やす」

「えぇ!?」


 ただ、何もしないのもあれなのでちょっとした罰を与えよう。

 煙草を持つ拳を額に当てる先輩に、驚きのあまり目玉が飛び出す勢いの後輩。


「な、なんでですか!? 私何か悪いこと言いましたか!? なら教えてください直しますから! これ以上残業増やさないでくださいよ……っ!」


 事情を聞かされずなんでなんでと後輩は抗議する。うるせぇ、自分の胸に訊いてみろ。


「いぇーい! 楽しそうなところ失礼するよ」

「「!」」


 だが割って入ってきた第三者の声に、後輩の抗議は静まり一転して鋭い目つきになる。

 自分も警戒しながら聴こえてきた声を辿ってみれば、そこには衣服から髪まで緑で統一された、十四くらいの少女が木々の間から顔を出していた。

 いや、間っていうか……木のど真ん中を突き抜けていた。首、胴体、足といった順にこちらへ向かってくる。頑なに地面に足をつけず、少し浮いていた。好きなのだろうか。

 幻想化していて自分たちが視えるということは、幻想世界の者なのだろう。しかしこんな人物は……知らない。取引先でもないし、一体私たちに何の用だ? 

 ……。

 ……っていうか、いぇーいってなに?


「おっと、驚かせてすまない。聞きたいことがあって声をかけさせてもらった。あまり時間はとらないよ」

「聞きたいこと?」


 露骨に猜疑心を持って訊き返す後輩を、手のひらで制す。自分たちに声をかけてきたのはよほどの馬鹿か、自己防衛に自信のある者のみだろう。相手が十四の少女とはいえ、能力によっては自分たちを遥かに上回ることもある。幻想世界において外見なんて些細なことだ。

 数十分後には取引があることだし、穏便に済ませられるならそうしたい。道を尋ねたいなど、そんな些細なことでトラブルに発展させるのは馬鹿げている。


「構わない。私たちが答えられる範囲でいいなら答えよう」


 細心の注意を払いながら対応する先輩。それを耳にした少女はやや生真面目な表情に切り替える。


「なら早速――この街が海に面していることは知っているかな?」

「ああ、知っている」

「その海の底に、足跡と大岩が眠っているのだよ。しかも現実世界の」

「……足跡と大岩?」


 あまりに心当たりがないワードに、後輩と顔を見合わせる。どうやら後輩も心当たりがないらしい。


「その反応……知らないって感じだね」

「残念ながら、そんなものが眠っていること自体初耳だ。それについて聞きに来たのなら他を当たってくれ」

「……そうかい」


 丸かった瞳をぺしゃんこにする少女。油断すればため息が出そうな顔をして、身体の向きを変える。


「それでは……失礼するよ。時間を割いて悪かったね」

「……いや、待て」


 立ち去ろうとする彼女に、先輩は紙とペンを取り出して走り書きしながら呼び止めた。

 なんだなんだと待つ少女に、どうにか記憶を掘り起こして三十秒ほどで簡単に描いた地図を渡す。


「……これは?」

「よく当たるという噂の占い屋への道筋だ。実際に行ったことはないが、そこの占い師に尋ねればもしかしたら何かわかるかもしれない」


 すると途端にパァーっと笑顔になる少女。「ありがとう! この御恩は(たぶん)一生忘れないよ!」そう言いながら駆け足で行ってしまった。その様子に、外見通り精神年齢がかなり幼いのかもしれない、なんて思った。

 終始しゃがんで煙草を持っていた後輩が、まぁ当然のような質問をする。


「なんであんな出まかせかどうかもわからない代物を教えたんですか? 詐欺かもしれないのに」

「騙されたらそれは彼女の責任だ。占いの対価として金やら身やら奪取するのは有名な話だからな。それでも彼女は行った。かなり困っていたみたいだし、何よりあまりこの辺をウロウロされたくない」

「ああ……それもそうですね」


 タイミング悪く現れたために肝を冷やしたが、おそらくただの一般人だろう。あれが演技なら彼女の天職は女優だ。

 緊張感は……むしろ取引が刻一刻と迫ってきて増すばかりだが、先ほどの少女の件は杞憂でありたい。

 落ち着こうと再び煙草を吸う自分に、後輩が「でも」と呟く。


「確かにかなり困っていたみたいでしたけど……」


 言いながら、後輩は後ろへと視線をやった。


「こんな黒い車を後ろに構えて黒スーツ着こんだ自分たちに声かけますかね。普通……」

「しない……だろうな」

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