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浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
20/41

20話 浮遊少女は夢を見る

 それは誰? ――……それは私。

 そこはどこ? ――……そこは私の家。

 その時はいつ? ――……その時は、ずっと昔。

 これは、古い古い……記憶――――。


 可哀そうな、小鳥がいた。

 可哀そうな、小動物がいた。

 ……可哀そうな、彼女がいた。


 彼女は訳も分からず泣いていた。

 両手を目に当てて、わんわんえんえんと大泣きしていた。

 でも、とても小さな子供だったから。

 仕方ないと、そう解釈できるのかもしれない。そう解釈するべきなのかもしれない。

 そう解釈するべきなのだろう。そう解釈しなければいけない。

 自分のために。誰かのために。

 決して彼女のためではなく。

 耳を塞いで、私は何も聞かなかったことにした。

 見て見ぬ振りをして、後ろを向いた。

 触覚を遮った。心を閉じた。目を乾かした。

 そしたら頭が真っ白になって、真っ黒になって、何も考えられなくなって……。

 だから何も……覚えてない。

 何があったとか、何を思ったとか、何も……。

 思い出せないのは、いつものこと。

 何も覚えたくないから、好都合だ。

 都合よく生きていたいから、都合の良いことばかりしたい。

 たとえ赦されないことでも、悪いことでも、最低なことでも。

 きっとそんな風に、私はこれからも生きていく。

 だけどやっぱり暗闇は怖いから、勇気を出して瞳を開いた。

 すると目の前には、床があった。

 硬い硬い、頑丈な床があった。

 ――ああそれは、何色だったか。

 退屈だったから学校で習った数字を使って木目を数えて、細い指で線をなぞろうとした。

 でも、数えられなかった。

 床がぼやけて、滲んで、よく見えなかったから。

 ――なんでぼやけていたのだろう。

 だから何とか線をなぞって、その日は終わった。

 その日が終わった――だからなに? って。

 可憐な誰かに……訊きながら。

 可哀そうな彼女に……訊きながら。

 可愛くない私に、訊きながら。

 ――訊かれながら。

 瞳を……閉じて。

 悪い夢を、見た。


 赤い、赤い赤い赤い赤い。青い。

 べっとりとした暗い色。濁った色。気持ち悪い色。痛々しい色――綺麗な、色?

 ……あれ。

 現実と同じように背けようとして、思いとどまる。

 私は目をぱちくりさせて、口をぽかんと開けた。

 これは本当に、悪い夢……?

 頭が痛くなるような夢? 息を荒くするほどの夢?

 いつも通りの夢なのだから、良いも悪いもないだろう。

 きっと、普通のユメ。

 誰もが見るユメ。怖くないユメ。

 現実じゃないから、触れても大丈夫、なのだろう――だから。


『怖がらなくて、いいんだよ』


 どこからともなく現れた――どろっとした、その人は。

 微笑みを顔に張り付けていて、私の腕を強く抱きしめてきた。

 私は避けなかった。私は逃げなかった。振り解こうと、しなかった。

 受け入れて、そっと頬を撫でられるのを、受け入れた。

 だってその人の言う通り、怖くない……ユメなんだもの。

 …………。

 ……。



「悪い夢じゃないかな」


 浮遊少女は、誰に向けてでもなくそう言った。


「少なくとも、私の眼にはそう見えるよ」


 ゆっくりと、緑色の瞳で満月を見上げながらそう言った。


「……夢っていうのはね、現実なんだよ。現実があって初めて生まれることができる現実。空想が入り混じっているだけさ。何だか私と同じだね」


 茶化すように肩を竦めて、見えない誰かに語るようにして語った。

 でも、そういうものかもしれない。

 幻想も夢も、同じようなものかもしれない。

 ――そして、現実も。


「だから――背けたいなら、全部背けようよ」


 「ふぅ……」と、瞼と同時に面持ちも落として、疲れのような吐息なのか、ほっとしたような吐息なのか判別し難い息をつく。

 水筒の蓋を包むように持ち、注がれた冷たいお茶を一口口内へと含んでもう一度満月を見上げた。

 「綺麗な月だね」――なんて言いたげに目元を緩めて。

 場所は市街から離れた人知れずの公園。そこで鎮座するベンチの上に、浮遊少女は座っていた。座っているように見えた。

 だが冷たい緑茶を飲み干して蓋を仕舞ったあと、すぐにふわふわと立ち上がる。


「さてさて、睡眠はとったことだし、そろそろ行くとするか」


 ――その姿は、風のように軽々しい。

 地面から数センチ離れて、そんな独り言を零した。

 普段から徹夜ばかりしている少女でも、一週間も海の中を漂っていたとあれば疲労も溜まっている。公園の時計を見るに時間的には一時間ほど眠れたようだし、聞き込み調査を再開しよう。

 そう思い立った少女は、早速公園を抜けて街灯で照らされた市街に溶け込んだ。

 ――風のように、その身を委ねながら。



 聞き込み調査という響きはドラマといったフィクションでしか聞かないので(浮遊少女にとっては)何とも惹きつけられるものがあったけれど、やってみれば何のこともない。ただそこら辺に歩いてる人に話を訊いてみて、何も知らないければ「そうでしたか」と言いながら引き下がるだけである。新しい出会いがあるわけでもなく、単調にそれを繰り返すばかり。

 海底にあった足跡と大岩について、幻想世界の住民の者を見つけては訊いてみたが、どれもこれも似たような対応ばかりで飽き飽きしてきた。活字を目で追うのは好かないが、白髪少女と白衣少女の読書姿を見れる分、まだあっちに行った方がマシだったかもしれない。正直仮眠したのも一週間の疲労というより、今夜の疲労である。

 そもそもにおいて、現実世界では幻想世界の住民が少ない。三時間かけて見かけたのは数人といったところか。しかしそれもそうであろう。干渉できるならまだしも、視ることしかできないバーチャルに似た世界なんて暇すぎる。まともな者であれば幻想世界で好き勝手なことをしようと考えるものだろう。浮遊少女はよく行き来しているが。

 だが……ここまで少ないものかと、頼りない足取りで進む浮遊少女は思った。

 こうも聞ける人数が少ないとなると――そりゃあ、収穫もないだろう。

 誰も彼も知らぬ存ぜぬの一点張り。幻想世界に行って聞いてみるのも考えたが、あの足跡と大岩は現実世界のものだ。こうして現実世界に来ている者しか把握してないだろう。

 その中でも現実世界の人間ですら知り得ないことを知っている――つまりそれだけ現実世界に詳しい者となると、やはり厳しい。

 とりあえず引き受けたからにはその役目を最後まで果たすが……ここまで大変だったとは。刑事さんって凄いな。

 何とか片方だけでもありつきたいところだけど、そうそうにできそうにない。

 こんなはずじゃなかったのに……幻想世界の住民ともあろうものが、こうも無個性な人物が多いとは。せめてレトロ店長並みに個性ある者と出会いたかった。これなら白髪少女を引っ張ってきて反応を伺いたかったな……彼女の性格からして容易に想像できるけれど。

 きょどるだろう。

 バリバリきょどって、それでも自分で何とかしようとするのだろう。真面目すぎるほどに真面目だから。

 白衣少女は……はて、どうなのだろうか。割といつも通りな気がするが、思えば実際に赤の他人と話しているところをあまり見たことがない。そういえばあちらの方は情報にありつけそうなのだろうか。自分もあっちに行きたいな……。

 ――まぁ。と、浮遊少女は切り替える。

 とやかく言っていてもしょうがない。新しく幻想化している者に会わなければ。

 活を入れて前を向くと、ふと視界の端に人影が映る。


(……おや? あれは……)


 手に持っている煙草――あれって確か、その昔幻想世界で流行っていたものではなかったか?


「……次はあの人たちに話を聞くとするか」


 まだ確証はないものの、浮遊少女はその人影の方へと方向転換した。

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