19話 見習い少女は人見知り
「あ……わ、悪い……おい、お前もはよ謝れ」
急かされた白衣少女は、「あ、ああ……うん」と、きちんと倒れかけのバイクを立たせる。
「すまない。うるさくしたな」
さしもの白衣少女でも最低限の常識は弁えているし、良識もある。打ち解けた仲間にはともかく、迷惑をかけた赤の他人には謝罪を口にした。
ただ……気配なく唐突に現れ、更に衣服も髪もずぶ濡れであったため、両者共にしばしばうわの空気味になる。
おそらく口ぶりからして、こんな夜中――冷たい海の中を泳ぎ、魚と戯れていたのだろう。だが……少女の着ている衣服は水着ではなかった。
膝ほどしかない、大きくて白い水玉が描かれた水色のワンピース(水玉の中は塗りつぶされてない)。頭と腰にヒトデのような大きい飾りを付けており、手首にはブレスレットが……え、あれ全部真珠じゃね?
アクセサリーに疎い白衣少女には見当がつかなかったが、白髪少女はサンタの老人から世にも珍しい品を見せてもらえる機会があり、そのブレスレットの材料を看破することができた。
水着に着替えず、なおかつこうも海に関係するものを身に着けているとあれば――今日たまたま海に来ていたというより、日頃から海に来ているか住んでいるのだろう。
幻想世界には様々な種族の者が入り混じっている。これまでの冒険で何度も出会ってきたし、知り合いにもいる。その奇妙な出で立ちはそう驚くことではなかった。
しかし……
「別にそれは気にしてないだー。さっきの爆発したような音なんだったんだー?」
「えっと……それは……」
「私のバイク。ちょっとスライドしたくなって、やったら砂が爆ぜてしまったんだ。火事とかではないよ」
「ならいいだー」
間延びしたような声で、納得したように半眼だった目を閉じる少女。たじろぐ白髪少女の代わりに、白衣少女がはきはきと応答する。
そう……白髪少女は人見知りである。荒れているのは口調だけで、その実内気といえば内気。別にその性格を隠したいから荒れているというわけではなく、単に兄の言葉がうつっただけだ。知らない人に声をかけられる時は緊張するし、こちらから声をかけるのは苦手な方である。聞き込み調査から外れたかったのもそのためだ。
気にしていない……とのことだったが、それでも彼女の顔色が気になってしまった。白衣少女ももうちょいこう、負い目を感じていることがわかる表情をするべきではないだろうか。なぜそうも平然としていられる。
白衣少女へと憮然とした視線をやる白髪少女。すると、ずぶ濡れ少女が相変わらず間延びした声で訊いてくる。
「ところでお前らは何しに来たんだー? 漁獲ならやめてほしいだー」
「魚は食いたいっちゃ食いたいが、今日は別用。足跡を撮りに来ただけだ。終わったら街に戻る」
「へぇー、そうなんだー」
……え、疑問には思わないの?
思わずこちらが「はぁ?」と言わんばかりの呆けた顔をする白髪少女に、白衣少女は「あ、そうだ!」と羽織っているカラフルな白衣の内側に手を突っ込んで、ずぶ濡れ少女に提案する。
「君の足跡も撮らせてくれよ! なるべく色んな足跡を確かめたい!」
「……」
一瞬何を言ってるのかわからないとばかりに空白ができるずぶ濡れ少女。まぁ、出会い頭に「君の足跡を撮らせてくれよ!」なんて言われたら不審に思うだろう。浮遊少女め、なんてやり方を教えたんだ。
しかし、逡巡はしたもののオーケーなようで、
「……それくらいならいいだー。撮るだけでいいだー?」
「ああ。それ以外に頼むことはないよ」
そして六二号(歩みし道を測りしもの)を取り出し、バイクから降りる白衣少女。ずぶ濡れ少女はペタペタとこちらに歩み寄ってくる。顔色を見るに、騒音については本当に気にしていないようだ。
……ただ、ずぶ濡れの人がこちらに歩み寄ってくるのは、ちょっとホラーで怖かった。同じくバイクから降りるも、意識せずに白衣少女の後ろへ移動する白髪少女。
「ここを踏んで足跡を残してくれ」
「ん」
短く声を発して、ずぶ濡れ少女は白衣少女が指定した位置を踏んで離す。
ちょこんと座ってカメラを構える白衣少女は、彼女が砂浜に残した濡れた足跡を捉えた。
「…………君性別は?」
「女だー」
「年齢は? あ、外見のことね。身長でもいいよ」
「わからないだー。そっちの方が詳しいんじゃないかだー?」
「んー」
カメラから少女に視線を移して、白衣少女は目視だけで大体の寸法を測ろうとする。設計図を書いてるだけあって、長さには縁があった。
「これは百……四……」
「お前と同じくらいじゃないか? 百四十やそこらだろ」
白衣少女の後ろからひょっこりと顔を出す白髪少女。「そうだな」と再度白衣少女はカメラに視線を移す。
黙り込んで表示されたデータを閲覧する少女に、ずぶ濡れ少女は街の方へと身体を向けて言った。
「じゃ、おいらはここで失礼するだー」
「あ、タオルないなら貸そうか?」
街の方へ向かうつもりなら乾かすべきだろう。周囲にサンダルや荷物らしきものはないし、もしも水中生活していたのであれば乾かすものを持っていないのかもしれない。そう考えたのだが……
「タオルー? なぜだー?」
「……い、いや、ならいいんだ」
「そうかだー」
そうして、街に続く階段へと歩き始めるずぶ濡れ少女。彼女が通った道にはところどころに垂れた水滴で地面の砂の色が変わり、足跡が残る。
……まさか必要性を問われるとは思わなかった。もしかしたら陸に来たことがないのかもしれない。
見えなくなった辺りで、まるで嵐が去ったかのようにぽつりと呟く白髪少女。
「なんか……のらりくらりとした奴だったな。口調も態度も」
「そうか? まぁ際立ってはいたのは否定しないが……人間あんなもんだろ。人間かは知らないが」
「あのままだと目立つけど大丈夫かな。初めて街に行くんだとしたら、無理にでもタオル渡すべきだったか? ……あ、私たちが来たから仕方なくそっちに行ったとか……」
「のらりくらりとしたマイペースな奴ならそんなことしないよ。他人のことなんざ気遣いしない。仮にそうだとしても、長居するつもりはないんだからいいだろ。心配しすぎ」
「……」
曖昧に迷うことなく割り切ってしまう白衣少女の発言に、それでも些かの懸念が払われることはなかったが、軽くはなった。よく割り切れるなーと、羨望なのか、訝しりなのか、一言では表せない気分になる。
「……と、それより」カメラの画面と睨めっこしていた白衣少女が、そこでようやく顔を上げ、
「この足跡には足跡として確かに認識できたぞ。読み取ったデータもおおよそ一致してる。けど、これだけだとまだ何ともだから、私たちの足跡も撮ってみようか。靴バージョンと肌足バージョン」
「そうだな」
頷いて、早速取り掛かる二人。まずは白髪少女から足跡をつける。あの子供について少し気掛かりだが、今は自分たちのすべきことを優先しよう。浮遊少女も今頃頑張っているだろうしな。
しかし……これをもし見知らぬ人に見られたらどう思われるのだろう。
……想像すると、夜中に決行して良かったと顔には出さないが胸をなでおろした。昼だったら恥を燃やしたらしい白衣少女は同じようにバイクでここに来て、同じように足跡を撮っていただろう。もしかしたらずぶ濡れ少女のように片っ端から周りに撮らせてほしいと頼んでいたかもしれない。バイクでスライドできないため怖い思いはせずに済んだかもしれないが、これと引き換えならよかったかな。
そこでふと……分かれたあの少女に思いを馳せた。心配な思いと、それとは反対に大丈夫なのだろうという思い。
あいつの聞き込み調査は、今どんな感じなのだろう。




