16話 浮遊少女は大岩を調べる
「……へぇ」
足跡の時とは打って変わって、液晶画面に見入ったまま眼を細める白衣少女。どうやら何事もなく成功したらしい。
なんだなんだと白髪少女と浮遊少女が後ろから見てみるが、液晶画面に映っているのは知らない単語やアルファベットが連なるばかり。しかも五つくらいの画面を同時に立ち上げていた。自分たちでは到底わかる気がしないと、眼を横線にして引っ込む。
「白衣ちゃんの頭脳は底が知れないねぇ……見習いくんでもついていけないのかい?」
「同格として分けないでくれよ、全然レベルが違う。私は玩具開発のために少しかじってるにすぎない」
「そんなものなのかい。学のない私には見分けがつかないが」
そんな感じで白衣少女の後ろでたむろしていると、少しして「……わかった」という白衣少女の独り言を耳にして、再びそちらの方を向く。
「おう、何がわかったんだ? この岩の正体は?」
「わからないことがわかった。何この岩。謎過ぎ」
淡々とした口調で白衣少女が軽く足で大岩を小突こうとするも、やはりすり抜ける。だが……二人はその発言を特に不審がることも抵抗もなく、受け入れた。
「まぁ幻想世界の者の仕業なら、そりゃあ謎な物体になるだろうね」
「だな。地道に聞き込み調査して犯人を見つけるとするか……今回は結構地味な作業になりそうだ」
足跡なのかすら不明な足跡に、白衣少女でさえも扱えない大岩……収穫はないといえばなかったことになる。それどころか、今回はハチャメチャな冒険というより、面倒な課題になることが確定された。
少し項垂れる白髪少女だったが、これくらいで投げ出すほど彼女は目的意識が低いわけではないし、地味な作業が嫌いなわけでもない。むしろ特技である。
浮遊少女は嫌がる素振りを見せることなく、納得する。面倒な課題になろうとも、刑事なんて職業になったことのない彼女には聞き込み調査も小さくも立派な非日常であったからだ。
そんな健気な二人に、白衣少女は液晶画面を眺め操作しながら、訂正する。
「一応……まるっきりわからないってわけじゃないんだよ。なんか羨ましくて欲しいくらいでかいエネルギーがぐちゃぐちゃになって詰め込まれてるとか、知ってる物質はあるにはある……。けど、中心部より下が上手く反応してなかったり、この物質の組み合わせ……分かりそうで分からないんだよなぁ……」
「謎であることには変わらないだろう」
浮遊少女が呆気なくそう言うと、白衣少女は諦めきれないとばかりに首を捻ってから、こちらを向いた。
「……ちょっと、試したいことがある」
「――んー、暗いなー。こんなにも暗いのは闇の森を思い出す」
呑気にぼやく浮遊少女だが、そこは暗がりなんてものではなく、光が一切なかった。ランプを付けようとしてもあまり意味がない。すぐそこの岩を照らせても、その一ミリ先にある接合された岩までは照らせないからだ。
現在浮遊少女は、全長三、四メートルもの大きさを誇る黒い大岩の中を彷徨っていた。白衣少女から言い渡された任務遂行中である。聞いてみればなんてことはない。大岩の内部を確かめたいというものだった。
なぜ浮遊少女に頼んだかといえば、彼女はその能力で光り輝く眩しい所から仄暗い常闇まで際限なく向かうため、他の二人より闇に慣れているのだ。方向音痴になりにくく、日頃から物をすり抜ける彼女ならば何が異常で何が正常なのか判断がつくだろう、というわけである。
白衣少女が言うには、中央部から下にかけて何かがあるかも……とのことだが、それらしいものはなさそう……。
「……っ?」
不意に、腕に触れるものがあった。一瞬すぎて何かはわからない。
だが、幻想状態である浮遊少女の身に、この世界で触れられるものとしたら――それは自分たちと同じく幻想世界の者か物だけだ。現実世界に存在する者か物である可能性は“世界の理”を以てして『ない』と言い切れる。
ここは大岩のちょうど中央部。例の何かがある位置。
「ふむ……」と再び浮遊少女は、眉を下げて前方へと腕を広げた。
おりゃー、何かがあるならさっさと触らせろー――無表情でそんなことを物語るような腕の動かし方をする。
……すると、今度は手のひらに何かが触れたので、素早くガシッと掴んだ。
「これは……」
視えないが、何とか触覚を頼りに当てようとする。
もじゃもじゃとしていた。とてももじゃもじゃとしていた。柔らかく紐のような……しかしそれにしてはもっと細い……そして指に絡められる……。
何だろうと小首を斜めに倒し――うなじに『それ』と似たような感覚のするものがして、触ってみる。
……髪の毛。
このもじゃもじゃとしたもの――髪の毛か。
大岩の上に浮かなかったということは、これを押さえる重りが下にあるのだろう――それに気付くや否や、バッと手に持っていた髪の毛を離す。赤の他人から勝手に髪を触られて、嫌な人間はいない。
そして浮遊少女は少し離れて、恐らく誰かがいるであろう下へと移動する。
「そこに誰かいるのかい?」
返事は、ない。単に長い髪が岩か何かで押さえられてるから上へたゆたう説は気味が悪いので捨てたいのだが。絵面的にも、意図的にも。もしそうであれば撤退することを視野に入れなければいけない。
「おーい!」
そこにいるのが人間だと仮定して、先ほどよりも大声で、口の前に両手を持ってきて広げるポーズをする浮遊少女。寝てるのかな?
(……いや、待てよ)
よく考えたらおかしい。なぜ髪が上へとなびいている?
この現実世界の大岩に入るには、白髪少女と白衣少女のように幻想になるか、自分のようにどこにでも浮遊できるといった外からの影響を受けない何かがなければならない。
だというのにこれは……海の影響を受けながら大岩の中に入っている。
……。
「……少し、触らせてもらうよ」
変態というレッテルを張られたら――仕方ないか。私変態みたいなものだし。
そこに本当に人間がいるのか確かめるべく、腕を前に出しながら進んでいく。
すると――肩か腕か、はたまた頬なのか……ともかく人の肌に触れた。
死体――ではない。幻想世界の住民は死なない。浮遊少女は慎ましく輪郭をなぞり、触っているのが肩であることが判明した。ピクリと震えることもなく、動かない。
自分より幾分か小さそうだ……もしや、あの砂底にあった足跡もこの子のものか? ……だとしたらケイソクくんが認識しなかった理由は一体……。
周囲には光が届かず真っ暗なため、そこにいるのが少年か少女なのか判然としないが――目の前にいる子供であろう子の表情はわからなかった。これでは寝ているのか起きていて無視されているのか判断がつかない。
「もし起きているなら、何か言ってほしいのだが……なに、攻撃を加えるつもりはないよ」
何があるのかはわかったことだし、肩から手を離して自分は何も持っていない、と両手を上げる浮遊少女。
「……」
相手は何も言わない。本当に寝ているか、怖がらせてしまったのかもしれないな。ここは一旦引き下がるとしよう。……だが、その前にできる限り情報は入手しておきたい。
「――最後に訊きたいことがあるのだが、外にあった足跡は君の仕業かい?」
――もし、彼女が浮遊ではなく、例えば暗闇の中視界を明るくする能力を持っていたならば。
――ここで全身の感覚を研ぎ澄ましていたならば。
――気付いていただろう。僅かな空気の振動から、『それ』が動いていたことを。
「……では、私はこれで失礼するよ」
何も気付かぬまま瞼を下げてから上げて、浮遊少女は一言残してから立ち去った。




