13話 幻想たちは海の中に入る
「あぁ……ふ、船が……能力なしで大量の人数を乗せているというのに、海に沈まない超頑丈な大型船がすぐそこに……」
「行くぞ」
首根っこ掴まれたまま、白衣少女は名残惜しそうに天を仰ぐ――海の中で。
無論、幻想状態の彼女たちを苦しめるものはなく、空を漂うようにすんなり海の中を泳いでいく。
浮遊少女が真昼間に来た際は太陽光が注ぎ明るかった海中も、すっかり夜色に染められてしまって、もはや暗いなんてものじゃない。色がなくなっていた。なので再び白髪少女の携帯電話と白衣少女の改造品のランプを付けながら潜る。
突然光に当てられたはずのサンゴやヒトデ、魚たちはびくりともせず、何事もなかったかのようにゆらゆらと泳いだり眠っていた。
「見習いくん――私凄いことに気付いてしまったよ! 干渉できない私たちなら、観察対象の生活に影響を及ぼすことはない――ということは、動物や魚たちが普段どんな生活を送っているのか間近で観察できるのではないか!?」
「おお、そりゃいいな。終わったら日を跨いで観察してみるか」
「おい、私との態度に差がありすぎるんじゃないか? えぇ?」
浮遊少女の発見と提案に軽く同調する白髪少女に、話すら聞いてもらえず引っ張られる少女は苦言を呈す。
「じゃあ逆に聞くけど、お前は魚が夜中どんな生活してるか気にならないのか? 夜行性問わず」
むしろその苦言が意外で、後ろの子供に反発する白髪少女。しかし――白衣少女はきょとんとした顔で、
「? 眠ってる魚がいれば食うだけだろ。栄養もあるし」
「そ、それはそうだが……ほら、色とりどりの綺麗な魚や、クラゲがプカプカ浮かんでるの見て安らかな気持ちになるとか……」
何とか説明しようとする白髪少女に、ますます白衣少女は眉を顰める。
「確かに綺麗は綺麗だが――あんなふにゃふにゃを見てなぜ安らかな気持ちになる? 癒される要素とは頑丈で硬質なボディーだろう」
「ふ、ふにゃふにゃ……っ確かにメカと違って柔らかいけどっ……ふにゃふにゃっ……」
「つぼるところか? そこ……」
そんな視点で魚を見たことがなかった浮遊少女は耐えられず腹を抱え、声を抑える。呆気に取られる白髪少女に、白衣少女から「何か変なこと言ったか?」と訊かれるが、「いやー……別にー……うん……」もう何もかもがあほらしくなった。
「そうか」ととりあえず納得するも、なぜ魚なんかの生活に徹夜するほど興味が沸くのだろう、と白衣少女は疑問に思う。
発明する機械や使えそうな部品、資源には興味しかない。人類が築いてきた知恵にもそそられるものがある。だがペットを飼わないどころか、人以外の生き物を食えるか実験台にできるかという目でしか見ない白衣少女には、生物の生活までには関心がいかなかった。
その点白髪少女といえば、まぁ家で狼やトナカイを飼っていたり、それ以外にも時々冬山に迷い込んでしまった鳥などを介護している。ほっとけない性分だから人一倍世話もやるし、人並み以上には動物の習性やご飯を食べる様を眺めて和むことができるかもしれない。
浮遊少女は――人間観察が趣味だが、人間をターゲットにしている理由が話してる言語がわかるというだけで、どの生き物にも関心はある。そりゃあもう――和むどころか変態と化すほどに。一日跨いで見続けられるどころか、一週間以上張り付くことができるだろう。
しかし、彼女がペットを飼うというのは聞いたことがなかった――きっと飼い主としての義務を負いたくないからだ。
「あ――これはまた知らない魚だな。岩に隠れて寝ているよ」
「ほんとだ。幻想世界って変なやつばっかりだから、こういうシンプルな形してるのも良いな」
「……」
背後で盛り上がっているの会話を耳にして、そんなに楽しめるものなのかと試しに持っていた懐中電灯(改造版)を砂に向けて、注目してみる。
――はたしてそこにいたのは、底砂に埋まって天敵をやり過ごそうとするカレイの姿が。
……むむ。あやつ、なかなかやるな。なるほどこういう感じで楽しむのか。
ちなみに、未だ白髪少女に引っ張られて白衣がたゆたうが、このままの方が自力で進む必要がなくて楽だなと離すよう進言しなかった。
そして更に、別の場所に当ててみる。今度は上の方にしてみた。
――続いてそこにいたのは、餌、今日の晩飯はどこだと目を光らせながら泳ぐ、茶色い模様のある勇ましい魚。
……。
濁った色してまずそうだな。と冷然の視線で見下ろしながら思った。
そういえば小腹が空いてる。カメラを合成させたり暴れたりしていたからだろうか? いっそこの際……。
じーっと空虚な眼で熟視し――唾を飲み込んだ瞬間、茶色い魚はびくりと跳ね上がる。どこからともなく謎の恐怖心に駆られ、慌てて逃げ出した。
……まぁ、今幻想状態だから、この世界の魚を食べることはおろか触れることすらできないが。
「――お、あれだあれ! あの大岩だよ!」
と、そんなこんなしていると、浮遊少女が声を上げた。どうやら着いたらしい。
白髪少女の腕を解いて(あっさりと抜けれた)、聞いていた通りの大きさの黒い岩と、その近くにある足跡をしっかりと目の当たりにする白衣少女。
「――しっかしでっかいなぁ……こりゃ人間が気付くのも時間の問題じゃないか?」
全長三、四メートルはあろう黒い岩に圧倒され、ぼうっとしながらも、白髪少女は驚嘆するように呟いた。浮遊少女曰く現実世界のものらしいしと、自分も本当に触れられないか試みてみる。
すると、手のひらは黒い大岩に接することなくすり抜けた。
「そっちは後回しだ。陸に戻って書物を漁るなら聞き込みするなりしよう。それより今は――このカメラの成果だな」
すっかり切り替わり、童顔には似つかないはずが合っている凛々しい目つきの白衣少女。白衣のポケットに片手を突っ込み、もう片方の手にはカメラがあった。
こうなった時の彼女は強く頼もしい。何しろ我らの司令官ともいえる存在だ。浮遊少女が事件を持ってきて、白衣少女が解決するための道しるべを示す。
「……」
――白髪少女は、時々考えてしまう。なぜ自分がここに居るのか、なぜ誘われるのかを。
自分が持っているものは白衣少女に劣るし、人脈があるわけでもない。自分より体力がある者、白衣少女のサポートに適している者は大勢いるだろう。サンタクロースの“見習い”でしかない自分が、どうして……。
……だがそんな、一見難解に思える疑問に、少女は二人にバレないよう苦笑した。
そんな答えは、ここに来る前に彼女から聞いたではないか。
『――君もいてくれた方が楽しめるから来てくれ』
浮遊少女にとっては、解決できるかどうかなんて些細なことなのだろう。楽しめるかどうか、だけなのだ。
ならばせめて、その期待に応えてやろう。
――三人は子供のものであろう、半日経ってもなお崩れていない砂山の足跡に集まり、最も背丈の低い少女が更に背丈を低くするようにしゃがみこんで、何やらポチポチとカメラを操作し、向ける。
「どうだ……?」
本来崩れるはずが崩れていない足跡。しかも海底。ありえない場所。
そんな得体の知れない足跡の主の性別は? 年齢は? 種族は――?
――二人の視線が集まる中、白衣少女は眼を見張って独り言のように答えた。
「……認識されない……?」




