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浮遊少女が語る幻想世界の住民たち  作者: 零眠れい
第一章 『足跡』「うみってなに……?」
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11話 現実世界に行く幻想たち

 ……どこ……どこにいるの?

 視えない何かを手探りでかき分ける。けれどそこには、何もない。

 今日も公園にいなかった。暗かったあの瞳に小さな幸せを宿す顔がなかった。

 まるで、最初からそんな子なんていなかったかのように。

 いたんだよ、あの子は。ずっとあそこにいたんだ。

 どうして……? ねぇ……お願いだから出てきてよ。あなたを待ってる人がいるんだよ。

 何も言わずに消えないでよ……っ!

 あんな悲しそうな顔を残したままにしないでよっ……!

 …………すごく……こわいっ、から……。

 ――少女は暗がりに身を屈めて、一粒の雫を底知れぬ闇に落とした。



 幻想世界には、あちらこちらに青白いワープゲートが点在している。

 人為的に作られたものではなく、自然現象として――異質にそこだけが歪んだ空間、門。

 その門をくぐると、我々幻想世界の者は現実世界に行くことができる。他にも現実世界に存在する方法はあるが……それは追々説明するとしよう。

 白衣少女と白髪少女が住まう山の麓には、広々とした田んぼや廃れた井戸が未だに置かれた田舎町がある。

 夜に包まれたその村に明かりはなく、虫の音がはっきりと聞こえる静寂な風景と化していた。その中を、暗闇に溶け込みながらも奇抜な服装の三人がライト(白髪少女の携帯電話と白衣少女の改造品)を付けながら通り抜け、生い茂った茂みを払いのけながら一つの井戸へと辿り着いた。

 井戸の中――ではなく、その側面に直径一メートルのワープゲートは渦を巻いている。

 早速浮遊少女は浮いたまま悠々とワープゲートへと入っていき。

 勢いよく飛び込んだ白衣少女は、着いた先の地面に派手におでこをぶつけ悶絶し。

 最後に顔だけくぐって周囲を確認してから、白髪少女は慎重に足を地面につける。異質に歪んだワープゲートは、不安定なせいか時々位置がズレることがあるのだ。

 この井戸のワープゲートは、普段であれば現実世界の地面と繋がっているのだが、偶然にも今は建物の壁に繋がっていた。


「お前発明する時は天才的なのに、それ以外だとそそっかしいよな」

「うぅ……だってぇ……ワープゲートって飛び込みたくなるじゃん……」

「いや、ならねぇよ」


 いつも通りといえばいつも通りの白衣少女の言動に呆れることすらしない白髪少女。カバンから痛み止めの薬を取り出し、怪我人に渡す。


「お前あれか? 『押したら未知の機械が現れますよ』って書かれた紙が添えられたボタンがあったら迷わず押しに行く派か?」

「押すね」

「白衣ちゃん……私が言うのも何だけど、君はもう少し警戒心を覚えた方がいいんじゃないかい?」


 先ほどまで痛みに悶絶していたのが嘘のように即答する白衣少女に、首にぶら下げた水筒からお茶を注ぎ渡しながら、さしもの注意を促す浮遊少女。


「私はともかく君は怪我をする。怪我をすれば痛みも感じる。危なっかしいよ」


 心配する浮遊少女に、白衣少女はお茶を啜って反駁する。


「そうは言うけどさ……じゃあお前は我慢できるのか? 『これ押したらあの人の知らない側面がわかるよ』って紙に書かれたボタンを無視できる?」

「それはできないな。誰かを盾にして押し――いや、恨まれたら面倒だ。やはり自分で押そう」

「さらりとえげつないこと言ったな……お前の方が危なっかしいよ……」


 軽々とした外道っぷりな発言に白髪少女は引きながらも心配になった。どっちもどっちである。

 だが白衣少女の意見を尤もと感じた浮遊少女は、すかさず意外そうに言い返す。


「ならば君は、『生きた人形と出会える』ボタンを絶対に押さないと言い切れるのかい?」

「……お、押さない」


 間を空けてから視線を逸らして答える少女に、浮遊少女は「嘘は良くないなー」と擦り寄って彼女をうざったらしくけしかける。


「ほれほれー、我慢しなくていいんだよー。あくまでも例え話なんだからー」

「押さないったら押さない」

「かったいなー。お前はもうちょい自分の欲に身を委ねてもいいと思うんだけど」


 意固地になってそっぽ向く白髪少女に、白衣少女の方こそ呆れた(ついでに浮遊少女に水筒の蓋を返す)。己の好奇心を抑制するなんて辛いだけだろう。死ぬわけでもないし。


「うるせぇな。これくらいがちょうどいいんだよ」

「……ま、お前がどんな生き方をしようと、自分には関係ないことだからいいんだけどさ――よっと」


 しゃがんでいた白衣少女が立ち上がり、光の差す方向へ振り向く。その額に傷はあるが、程度は軽そうだ。


「痛み引いてきたし、行こ」


 ――ゲートをくぐった先は、建物と建物の間である無人の路地裏。だが町の近くなのだろう。街灯一つない夜中でありながら人工的な光が零れ、コツコツと人々の足音が聞こえてくる。

 先んじてリードする子供顔の白衣少女に二人は頷いて、


「足跡と大岩はこっちだよ。付いてきて」


 浮遊少女はニコニコと、自ら案内役を請け負った。



 電気を用いた明かりが照らす灰色の街。

 こうして事件が絡んだりしない限り来ることがない現実世界に、白衣少女は眼をキラキラとさせて見渡す。

 コンビニ……信号機……飛行機……これが人類の知恵。なんて素晴らしい。能力もなければ個人の体力にも限度があるというのに、矮小な身でこんなものを完成させるとは。団結する力と効率化するノウハウが高いのだろう。

 白髪少女も同じようなもので、何度来てもこの街の光景は物珍しかった。幻想世界と似たような物はあるにはあるが、あちらは大抵の事柄を能力や能力で作ったアイテムで何とかしてしまうので似て非なるものである。

 あらゆる建築物や人の身に着けているものに関心するが――流行物らしきアクセサリーやスマートフォンなどの知らない物を見かけると、それらを欲するかもしれない子供たちのために新たなコピー品を製造しなければならない老人の労力に少し同情するものがあった。そんなことを考えながら、しっかり浮遊少女に付いて行く――迷子にならないか気が気でない白衣少女の手を引っ張って。

 浮遊少女といえば――日常的にあっちこっちと往来しているため、珍しがるほどのことではなくなってしまった。

 ただ――二人の反応は、とても面白い。テーマパークに来てはしゃぐ子と、海外に旅行しに来てドキドキしている旅行客みたいである。自分も最初に現実世界に来た時は、これくらい楽しんでいたはずなのだが……新鮮とはあっけないものだ。

 でも、それでいい。人という生き物の感情は果てしなく無尽蔵で、次から次へと新鮮を魅せてくれるのだから――飽きてしまってもいいのだ。また新しい何かを見つけられることができたなら。


 一人は軽い足取りで、一人は足音を響かせて、一人は音すら立てずに進む。

 白衣を纏った少女と、白い髪の少女と、浮き続ける少女。

 だが――そんな目立った三人に、誰も彼もが見向きもせず目的地へと歩みを進めていた。

 ある者は仕事から帰り、ある者は部活や塾から帰り、ある者はこれから出かける――街を出歩く人数が少なくなる時間帯。

 今この場にいる人々に三人の少女について訊こうものなら、誰もがこう返すだろう――「そんな人物はいなかった」と。

 彼女らは、サラリーマンや学生とすれ違わなかった。すれ違うことなく――避けることなく――すり抜けた。浮遊少女のみならず、白髪少女と白衣少女でさえも。

 三人の少女は不可思議とすら思わない。ただ、自然のことだと受け止める。

 少女たちは透明になっていた。そこには実体があるようで、なかった。

 どんな生き物も無機物も、あやふやな身となった彼女らを通り抜ける――彼女らが、通り抜ける。

 ――言うならば、幻想となっていたのだ。

 幻想世界――そう。彼女らは、れっきとした幻想世界の住民である。

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