友人関係のきっかけ第一位は「同じクラス」
札を片手に煉瓦仕立ての階段を昇る。外観もそうだが、この街の建築水準は中世ヨーロッパを基準にしているようだ。しかしながら、全てそのような訳ではないだろう。魔法をはじめとした特異な概念やファンタジー素材があっても不思議ではない。
そんなことを考えながら、目的の部屋にたどり着いた。ドアを開ける。中は半円型の講堂のようになっており、人がまばらに座っていた。何人かがちらと目線を向けるが、すぐに興味がなくなったのか、目線を戻す。俺も後ろの席に着いて周りを見渡す。予想に反して種族はまばらだ。ぱっと見で分かる特徴を持っているのはけもの耳が生えた獣人の数人と、やや光沢がある鱗を付けている魚人、そして一番前の席に小さな羽の生えた妖精族、後は俺と同じような人間の見た目をしている。まるで、留学生のオリエンテーションみたいだ。
そうして観察を続けていると、前の方の扉が開いた。白髪の眼鏡をかけた男。耳が長いことを考えるとエルフ族か。法衣とローブの中間のような服装を身に纏って、すっすっと中央の壇まで歩いてきた。自然と部屋の中が静かになる。
「皆さん、始めまして。グアレス役所へようこそおいでくださいました。私は、ここの職員のヒョードルと申します。本日、皆様『夢追い人』の方々への講習を担当させていただきます。よろしくお願いします。なお、講習とは言っておりますが、半分雑談のようなものですので、話の途中でも質問がある方がいらっしゃいましたら、何でもおっしゃってくださいね」
「ちょっといいか?」
早速手を上げる俺に男は視線を向けた。自然と他の参加者の視線も集まる。
「もちろんです。どうぞ。」
「ありがとう。俺はここに来て間もないんだが、俺たちのことを指しているであろう『夢追い人』という言葉について知りたい。これは何かの総称なのか?」
「あぁ、なるほど。そうですね。それでは、まずそこからお話いたしましょう。」
『夢追い人』とは、俺の予想と大きなずれはなかった。もともとこの世界におらず、突然世界に来て、消えることもある存在。確かに、現実からゲームの中に来たら大言壮語を語る人が多そうだ。なにせゲーマーだからなぁ。言い得て妙だ。『夢追い人』は特定の種族を指す言葉ではなく、その在り方を指す言葉で間違っていないようだ。『夢追い人』は何百年も前から登場していたらしい。そして、ここ数年で数がかなり増えているそうだ。おそらくゲームの第一陣のプレイヤーであろう。ゲーム内の時間が現実を10倍に引き伸ばしていることを考えると、第一陣が入ったのは今から約1か月前。つまり、このリベルテの中では、約10か月前ということになる。その時に入ってきた様々なプレイヤーは大多数が別の町に向かったようだ。ただ、最初にグアレスにやってきたプレイヤーの中には、民家に侵入するような犯罪を起こす者もいたらしく、俺たちにも気を付けるようにくぎを刺された。ゲームであってゲームではない。当たり前だが、そこを勘違いしていたプレイヤーも居たのだろう。改めて、ここがリベルテという『世界』であることを感じさせられた。
この話を皮切りに、他のプレイヤーからも様々な質問が飛ぶ。まずは国と政治について。ここグアレスは、シェルゴード連邦という国に属する街のひとつだった。連邦とは、高い自主権を持つ多数の国によって構成される国家単位の一つである。ここグアレスの街をはじめ、いくつかの街を管理する領主が存在し、その領主を束ねる連邦議会によって、様々な政治的運用がなされているようだ。地理的情報に関しては、この街から南下していくと、港町、そして、そこから大小様々な群島に行けるらしい。大きな島は日本で言うと四国程のサイズがあるらしく、それらの群島と、このグアレスを含むバッケローダ大陸を含めて一つの国家になっているそうだ。逆に北上した場合は東の方にエルゴ王国、西には、ベリル共和国という国と面しているようだ。これらの国々とは、数百年前に不戦条約が締結されており、ヒョードルさんが生まれてから大きな戦争等は起こっていないようだ。
次に貨幣について。貨幣に関しては、クロネールという単位が使われていた。貨幣としては、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨の5種類があり、銅貨を日本で言う約100円として、それぞれ100倍で次の貨幣に行くようだ。銀貨が1万円、金貨が100万円、といった形か。わかりやすい。この貨幣に関しては、ありがたいことに、シェルゴード連邦以外に行った場合も呼び方は変わるが基本的な考え方は変わらないようだ。ただ、為替の概念はあるようなので、その部分については、注意しないといけないな。
そして、肝心のお金の稼ぎ方について。当然ながら、お金を手に入れるためには何かしらの行動が必要である。ヒョードルさんは、大きく分けて3種類の方法を紹介してくれた。一つはギルドで冒険者登録をして、ギルドの依頼を行いその成果報酬としてお金を稼ぐ方法。次に、役所に来ている様々な求人募集の中から気になったものを選んで定期契約を結ぶこと、アルバイトに近いものかもしれない。そして、3つ目が自身で何かしらの事業を起こすことだ。すでに『夢追い人』の中でも自身の屋台で商売を始めている人も出始めているとのことだった。なんというか、冒険者という部分を除くと本当に現実と違いがない。単純なようで、その実現実に即したことをしないといけないなと思考を巡らせた。
「ちなみに、魔法ってどんなもんだ?」
前の席に座っていた人間族らしい男が次の質問をした。と同時に、俺の思考も一気に切り替わる。そう、魔法。なんて甘美な響きだろう。この世の物理法則に反した事象を体現させることができる要素、それが魔法だ。俺も嬉々としてヒョードルを見た。
「ふむ、魔法ですか。そうですね。百聞は一見に如かずと申しますし、ひとつやってみましょう」
そう言うとヒョードルさんは、右手を前に出し、人差し指だけを立てた。
「闇夜を照らす一筋の灯りをここに。」
ボッ。そうすると、ヒョードルさんの人差し指の先に、大きめのライターで作ったかのような火が現れた。
「はい。こんな感じですね。魔法については様々な方からご質問があったので簡単な部分だけ。この世界には魔素というものがあり、我々の体は少なからずこの魔素を体に取り入れて生活をしています。その体内の魔素を消費することで、このような魔法を使うことができます。魔法の習得に関しては、ここでは取り扱っておりませんので、もし体系的に学びたい方々がいる場合は、学院に行くことをおすすめいたします。学費もかかるので注意してくださいね。ただ、日々の生活の中で魔法が使えるようになることも往々にしてございます。ここグアレスの町の中で生活をする方々であれば、少なくとも数個の魔法を使って生活していますからね。お好きな方法で魔法を使えるようになってくださいね。ただし、もし他人に危害を加えるようなものや、それに類する危険性のある魔法を使用した場合は、処罰の対象になる可能性もございますので、ご注意ください。」
なるほど。魔法はこの世界では当たり前に使えるものなのか。誰でも数個はってことは、少なくとも数年単位の通常の生活で何かは覚えられるということか。効率にもよるが、魔法の種類によっては、何か取得を目指してもいいかもしれない。
他にも生活上の注意や、時間の概念など基本的な質問を終え、最後にグアレスの役所に登録を済まして、今日の講習は終わった。短時間であったが実に有意義な講習だった。そして次の方針も決まった。取り急ぎは先立つものも無いので、役所から求人を探すことにしよう。そうして、席を立とうとしたら、前の席に座っていた男が話しかけてきた。
「おい、あんた。」
「ん?どうした?」
「あんた、ここに来たばっかりって言ってたな。この後どうするかは決まっているのか?」
「まぁ、手始めにここで求人見ようかと。金無いしな。」
すると、男の口角がニヤッと上がる。
「そしたら、ちょっと俺に付き合っちゃくんねぇか?受けたいもんがあるんだ。」
これがこの世界にて初めてのプレイヤー、「シン」との出会いだった。