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異国の地は熱に満ちていた

 まるで舞台の最初の照明を付ける時のような、暗転から世界が切り替わったのを感じた。ここは、街の中だろうか。整地された石造りの地面に煉瓦造りの家屋。その間に俺は降り立った。某RPGで言うとツボが落ちていそうな行き止まりである。


 やや影がかった小道を抜けると、俺の目の前は喧騒に支配された。見渡す限りの人、人、人。いや、人間だけではない。今目の前を通り過ぎたのは虎のような顔をした獣人であった。逆から来た女性は肩に妖精のような小さな羽が生えた生き物を載せている。視線をさらに移せば、売り込みを行う威勢のいい店主や、昼から立ち飲み屋で酒盛りをしているいかにもガテン系の男衆も居る。人生初のおもちゃを開けるときのような、どうしようもないワクワクを感じる。若干の緊張も今や興奮にさし変わり、心の感度が上がる。今の俺の表情はまぁ、にやついていることだろう。


「おい、兄ちゃん!」


 横から元気な声が聞こえて、思わず向き直る。横の店で声掛けをしていた身長2メートルはありそうな、がっしりした男が話しかけてきた。


「見てりゃ、急ににやつきやがって、どうした⁉この街は初めてか?」

「あ、、、はい!初めてです!どうも!」


 俺の受け答えに、面くらったのか、少しきょとんした顔をした後に、大男は笑い始めた。


「だっはっはぁ!どうも、じゃねぇよ。かてぇなおい!お前さん、『夢追い人』だな?ここに来てどんくらいだ?」

「さっき来たばかりです!」

「だろうなぁ。今日はそこら中に見かけやがる。人通りも、いつもより多いってもんだ。まぁ、とりあえずこれ食っとけ!」


 言うや否や、男は店に置いてあった果実のようなものを一つ取り、俺に投げる。まるで、やや小ぶりなリンゴか梨のようだ。瑞々しそうなその見た目に、太陽をそのまま吸収したかのようなオレンジ色の皮が輝いている。


「これって、このまま行けます?」

「おうよ!マンサラってんだ!そのままかぶりつきな!」


 言われるがままに、かぶりつく。シャクっとした歯ごたえと同時に溢れんばかりの果肉がジュワっと湧き出してくる。んーっ、甘酸っぱい!。それでいてさわやかな香りが鼻をスッと抜けるような味だ。噛めば噛むほどに、あの果汁を味わおうと、次の手が進み、あっという間になくなってしまった。男はそんな俺を見て、にやにやしてる。


「すごく美味しいです!」

「当然だな。なんせ、この俺がやってんだ。料金はいらん。夢追い人に願いを託すってな。その代わりに、お前さんの知り合いに、この店を勧めとけ。」


 そう言って、男は店の看板を指さす。『太陽の恵み青果店』。ものすごくピッタリの店名に俺もうなずき、礼を言う。返しに、にかっと白い歯を見せる男が、なんかすごくかっこよく見えた。


「ほんじゃ追い人さん。この世界を楽しめよ。」

「ありがとうございます!」


 男は、そう言うと、店の反対側に来ていた別の婦人に声をかけに行く。いつまでも店の前に居座ってもあれなので、俺も行くとしよう。そして、今後は『太陽の恵み青果店』をひいきにしようと、率直に思った。俺もちょろいなぁ。


 俺は、さっき食べた果実の余韻を楽しみながら、さらに街を練り歩く。2階のテラス席で談笑している方々や、いわゆる大衆食堂のようながやがやした飲食店、そして、歩く人々が当たり前に持っている剣、弓等の武器や防具。それらを見ていてだんだんと、自分がやはり今、違う世界に来ているという実感が湧いてくる。にしても、さっきの店はいい店だったが、一つ気になることを言っていた。『夢追い人』。おそらく、俺たちプレイヤーの総称なのだろう。この世界の中で、どのような位置づけに俺たちがいるのかはわからないが、まずは、何をするにしても必要なことが2つある。情報。そしてお金だ。


 俺は、噴水の縁に腰を下ろして、頭の中で『メニュー』と唱えた。すると、目の前に、半透明のポップアップが浮かんでくる。項目は、ステータス、コンフィグ、ログアウトのシンプルな構成。説明書にあったとおりである。ステータスをタップし、今の自分の現状の数値を見る。


・キャラクター名:イッセイ

・性別:男

・年齢:20

・種族:魂人

・スキル:-

・称号:自由の探究者


 自分が設定した項目以外でついているのは、称号。自由の探究者か。俺はさらに、その項目をタップして効果を確認する。


■称号:自由の探究者

新たな一歩を踏み出そうとする心の証。持つものがその好奇心を絶やさぬ限り、世界はその色を変えて、探究者にその姿を見せるだろう。初期拠点でのイベント発生率微増。


 なるほど。やはり、購入特典だけあって、効果はごく限定的なようだ。しかし、この効果を見るに称号にはパッシブ効果的なものが期待できるようだし、狙えるかはわからんがある事で困ることはなさそうだな。今のところ。


 そうなったら、次に必要なのは、やはり情報とお金か。必要な知識が多すぎる。顔を上げると、自分と似たような服装をした人もちらほら見かけるが、今の段階で、話しておく必要性は俺には薄い。同じ時期に始めたプレイヤーが自分が知りたい情報を知っているとは限らないからだ。また、審議のほどを確かめるためにも、やはりこれは、世間一般的な王道から攻めるべきだろう。そう思い、俺はメニューを閉じた。


「すみません!」

「ん?なんだい?」


 俺は道を歩いていた恰幅のよさそうな獣人のおば様に話しかける。編まれたトートバッグを肩にかけるその姿はどことなく東南アジアの民族衣装の雰囲気を感じさせた。


「ちょっとお伺いしたいのですが、この街の事を知るのに一番都合のいい場所ってありますか?実は、この街初めてでして。」

「ふふ。街を知るってのは、ずいぶんざっくりとしてるね。そうさな。知りたいことにもよるが、役所か、ギルドに行くのがいいと思うよ。」

「ありがとうございます!実は俺『夢追い人』?でして、本当に何も知らなかったんですよ。」

「あら、そうなのかい!なら、先に言いなさいよ!『夢追い人』なら、間違いなく役所だね。まだ行ってないんだろ?」

「はい。。。本当に、ここに来たばかりで。ちなみに、なんで役所なんですか?」

「あんたのことをこの街『グアレス』に登録するためさ。詳しいことは、役所の人が教えてくれると思うよ。役所は、この道を真っすぐ行って、一番大きな道を曲がったところにある一番大きな建物さ。」

「ありがとうございます!行ってみます!」


 その後、教えてもらった道なりに進んで役所にたどり着いた。役所は俺が思っていた閑散とした硬そうな建物ではなく、どちらかというと、小さな洋風の城のような建物だった。ただ中に入ると、皆同じ場所に2列で並んでいた。何となく見知った空気を感じる。そうか、これは銀行とか病院と似たような感じか。受付があって、それぞれの課に振られていくイメージと言えばわかりやすいだろうか。俺は他の方と同じく列に並んで、自分の番を待つ。


「はい、次の方!ようこそ、グアレス役所へ!いかがされました?」

「はい!すみません、俺、『夢追い人』なんですけど、色んな事が知りたくて、ここに来ました。」

「『夢追い人』さんですね。ちなみに、色んな事とは、具体的にどのようなことを知りたいのでしょう?」

「取り急ぎは、この街の主だったルールと、簡単なお金の稼ぎ方を教えてほしいです!」

「はい。承知いたしました!そうしましたら。本日は『夢追い人』の皆様向けの講習を受けていただくのが良いと思います!次の回は30分後ですので、この番号札を以って、所定の場所に行ってくださいね!」


 そう言って、俺は番号が書かれた札を受け取る。にしても、札をもらってふと気づいたが、このリベルテにはチュートリアルというものはあるのだろうか。この役所にだって、俺自身が自分で聞いてきたわけだし、もしかすると、同じ街に来たユーザーでも、情報に関してかなり差があるのかもしれない。そう思うとこの講習も気合が入る。そうして俺は、同じ『夢追い人』が集まるだろう部屋へ向かって歩を進めるのであった。


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