DOKIDOKIが止まらない
歩き始めて数分、森に入ってからまだ生き物らしい生き物を見ていないのに、俺はその景色にさっきとは違う感動を覚た。なんというべきか。子どもの頃に、田舎の森や川で遊んだ時の感じと言えばいいのか。たとえ、生き物自体を見ていなくても、目に映るその景色の端々から、生命の営みを「感じる」のだ。倒れた巨木や、それにまとわりつく蔦の葉。日陰に生えたコケ。時折聞こえる鳥のさえずり。それらが、この森の中に息づいていた。
目を閉じて、すーっ、と息を吸い込む。うーん、空気が美味しい。ここでなら、都会で疲れたサラリーマンたちも満足な癒しを与えることができるだろう。たしか、森林浴というのだったか。
にしてもゲーマーの血が騒ぐな。MMOというか、もはやこれはマジ森の探検である。田舎のじいちゃん家に行った時の森もこんなに深くなかった。木の1本1本がでかいし…これは、あれだな。もろもろ検証しながら行こう。俺は近くの木の根元に生えていた1本の草を取ってみた。草と言っても馬鹿にできんかもしれん。
すると、ふいに、ふいにだ。空気が変わった。さっきまでのさえずりもどこか遠くに消え去ったかのように聞こえない。木々の間からこぼれていた木漏れ日も、吹く風に揺られた葉でその形を乱している。何かおかしい。俺は、中腰になり、巨木に背をつけ、息をひそめた。シン、と空気が冷える。今まで感じたことがない悪寒めいたものを、今は感じる。自身の漏れる吐息ですら、今はかき消したい。そんな衝動に駆られる。
いったい何だってんだ。まだ何も始まっちゃいないのに。ピンと張ったピアノ線の上で綱渡りをしているように空気が痛い。空気が軋んでいる気がする。
一体どれほど待っただろう。5分か、いや実際には、1分に満たなかったのかもしれないが、全身の細胞が俺に警鐘を鳴らしている。動くな。息を潜めろ。俺の中のすべてが、今ここから動くことを否定していた。
ドン!!!!!
「!!!うわああぁぁぁぁああああ!!」
そんなことを考えていた俺の考えは、ものの見事に吹き飛ばされた。いや、文字通り吹き飛ばされたのだ!!
すっと後ろから風が凪いだかと思うと、ハリケーンもかくやという突風が吹き荒れた。背にしていた巨木はその上半分がはじけ飛び、風はなお、その暴力的なまでの力を十全に振り下ろしている。
暴風の中、死にたくないと、その一心で、残った巨木にしがみつく。しかし、風は、そんな俺をあざ笑うかのように、轟、と、さらにその威力を上げ、地面から根こそぎを吹き飛ばした。巨木と一緒に俺も空に舞い上がる。
あーいきゃーんふらーい。て、アホか!!死ぬ死ぬ死ぬ!!
突き上げる風の中、俺は目をつぶって、必死に巨木につかまる。アミューズメントパークのアトラクションなど比較にならない。まるで自身が洗濯機の中に入ったかのように錐もみに吹き飛ばされる。
そして、一瞬、「ふわっ」と俺の心臓が昇るのを辞めた。直後に始まるのは、急速な自由落下。飛ばされた土砂や木々とともに、硬い大地に向けて、、、落ちるぅぅぅぅ!!
「Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!」
ばっ!
目を見開く。現実では聞くことのできないであろう雄たけび。土砂とともに落下しながらかすむ視界の中、俺の目に映ったのは、雄大に広げたその大きな羽であった。
「うわぁぁあ!」
ドン!落下する感覚がなくなり、暗転する視界。バックンバックン心臓が鳴っている。そして目の前に映る「Liberte」の文字。
「お疲れ様でしたー。ヘッドギアを外して出口からお帰りください!リベルテの発売をお楽しみくださいね♬」と言葉をかけられる。呆然とした俺は何も言えずにただただ案内員に連れられて、ブースを出た。
歩きながらさっき見た感覚を反芻する。そうか。戻ってきたのか。俺は…死んでないないよな?心臓のどきどきがまだ収まらない。生きている心地がしない、とは本当にあるものだ。
脳裏に焼き付くのは落ちる土砂と木々。そしてそれらをかき消すような轟音。そして最後に映った巨大な赤い翼。
「ドラゴンだ」
俺こと、九十九 一世が「Liberte」を知った瞬間だった。
お読みいただきありがとうございました。
私自身、本作と一緒に成長できたらと思っておりますので、
ご一読いただけましたら、どんな簡単なお言葉でも構いませんので、
コメントと評価を頂けたら嬉しいです。
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至らぬ部分が多い私でございますが、何卒よろしくお願いいたします。