Hello New World
起床、いや、覚醒というべきか。目を閉じたはずなのに、その中で、目が覚めている。微睡んで見る夢とは違い、明確に起きている自覚がある。なんとも言えない不思議な感覚だ。
薄暗い。ここは洞窟だろうか。光がなく本来暗黒であるはずなのに、ぼやけている程度に見える。徐々に目も慣れてきた。周りを見渡すと、一面岩、岩、そして岩。袋小路で自分が進める道は正面のみ。まさにスタート地点にふさわしい。
薄暗がりを進む。右に左に、時に、若干のアップダウンもありつつ歩を進める。自分の足音だけが響いた。21世紀を生きる若者にとっては、洞窟を歩く経験なんてあるやつそう居ないだろう。例にもれず俺もそうだ。どこまで続くかわからないこの道を一歩一歩踏みしめていく。角を曲がると、遠くに光が差し込んでいるのが見えた。歩く速度が上がる。自身の鼓動が早くなり、その音が耳から、いや、自分自身の口から出ているように感じる。あの光に、行きたい。いかなければならない。そう思うと自然と走りだしていた。
光にたどり着くと、あまりのまぶしさに、目を思わず細めた。次に感じたのは、鼻孔をくすぐる塩の香り。細めた目をゆっくりと目を開くと、眼下には雄大な海原が広がっていた。思わず感嘆の声が漏れる。洞窟を抜け、俺が感じたのは、まぎれもない「リアル」だった。
洞窟から伸びた道は海岸線から離れるように右へと続いている。どうやら、俺が今まで歩いていた洞窟は、岩山のような場所にあったらしい。改めてよく見てみると、グレーに黒や白、茶色の粒が混じった、花崗岩のような岩々でできている。かつて火山のような場所だったのか。答えるものは、ここにはいない。
ふと思いついたように、足元に落ちていた石を拾ってみた。アイテムの鑑定、は、できない。アイテムポーチ的なものも出てこない。そういった便利な機能もあるのか。定かではないが、今俺の右手に感じるこの重さにどうしようもない、実感がわいた。ああ、おれは今、リベルテの中にいる。思わずニヤッと顔がゆがむ。手に持った石を振りかぶって、思いっきり投げた。
「よし、行くか。」
岩山から伸びた道を進む。徐々に海が遠ざかり、塩の香りが和らぐ。細い道は、よく踏みしめられており、人の気配を感じさせる。あの洞窟にはよく人が訪れるのだろうか。
歩を進めるにつれ、徐々に草花が顔を出し始めた。赤、黄、白と多様に咲く花々の鮮明さに心を奪われる。自然の花を観賞したのなんていつぶりだろうか。背の高い木々はまだ見えない。細かくはわからないが、確か実際の高山や、高所の植物にも、背の低い多年草が生えていることが多いはずだ。子どもの頃に見たアニメで、アルプスを少女が駆け回るものがあったが、今は目だけでなく、鼻で、耳でそして肌で、その風景を感じている。都会生活の長い俺にとっては、その全てが新鮮だ。
振り返ると、今さっき自分が出てきたモノトーンの岩山が見えた。足元にある草花や鼻孔をくすぐる潮の香りは、その力強さを俺に向け主張してきたが、その中で俺が出てきた穴だけがぽつんと、まるで切り取ったかのように存在していた。
ガサッ
ビクッとして、向き直る。目の前の草花が揺れている。「ドクン」と、走るのとは違う鼓動の加速を受ける。すぐに岩山に引き返せる姿勢を保って、一歩ずつ揺れている部分に近づいた。
「にゃ~ぅ」
すると、どうだ!見事な四足歩行で、白と黒のまだら模様の三つ目の猫が出てくるではないか!とてとてと歩く姿はそれはそれは可愛らしい…三つ目?
猫はこちらをじっと見て、佇んでいる。こちらも動きを取らず、じっとその両目、いや、三つ目を見つめ返す。三つ目…うん。三つ目だ。額のところに、くりくりとした碧眼が据えられている。猫は、こちらの動きを計っているようだ。そんな様子を見て意を決する。
「よ、よう」
「……にゃ。」
「お前、俺の言葉が分かるのか?」
「にゃ~ぅ?」
「いやいや、そんなわけないよな。何言ってるんだ俺は。」
すると、俺の答えに満足いかなかったのか。猫は、コテンと首をかしげたかと思うと、俺が来た方向とは逆に走り出した!
「おい!まてよ!猫!」
数瞬遅れたが、俺も追いすがる。だてに運動部やってない。一気に加速し、その小さな肢体を追いかけた。しかし、その姿はどんどん離れていく。道を疾走する猫は、その身軽な体を活かして、軽快に道を駆け下り、岩を超え、草を躱し、進んでいく。
「猫!待て!はぁ。止まってくれ!おなしゃす!」
だんだん心肺もきつくなってきた。俺は一縷の望みにかけて、猫に向けて叫んだが、そんな願いもむなしく、山を降りきった猫は、そのまま目の前の森に消えてしまった。
「はぁ。記念すべきファーストコンタクトが三つ目の猫様だったのに、交流時間はたったの1分ですか、そうですか。」
俺も走るのをやめ、息を整えて、顔を上げる。遮二無二に走ってきたため、さっきまで目に入ってなかった景色に意識を向ける。目の前には、およそ都心では見ることもできないような濃い緑があった。燦然と輝く太陽も、この森にとっては重要な栄養源。だからか、眼前に広がるこの木々の下には、対照的なまでの静けさが広がっていた。
つまり、ここから俺のファンタジーライフが始まるわけだ。体験版だけど。
「さて、お猫様も森に入っちゃったし、行きますか。」
そう言って、俺は歩き始めた。