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第7話 祭酒

日曜日2回目の投稿です。

 村の謝肉祭は、皆に料理が行き渡り、宴もたけなわといったところ。

 トージはリタを連れ、さきほど村長がスピーチした台にやってきた。

 そこでは、ゲジゲジマユゲの村長がトージたちを待ち構えていた。


「飲み物を振る舞うと聞いているが、何を持ってきた」


「うちの自慢の日本酒ですよ」


「ニホンシュ?」


 村長のマユゲが不思議そうに“ハ”の字に変わる。


(あー、そういえばみんなガイジンさんみたいだもんな。日本酒を知らないってこともあるのか)


「米から造った酒ですよ。香りも味も、そちらの酒に負けてないと思いますよ」


「サケ? サケってのはなんだ」


「あー、英語でなんていったっけ……とにかく飲んでいただけばわかります」


 あっというまに説明を放棄してしまうトージ。

 彼は自慢の酒を、一秒でも早く皆に振る舞いたくてたまらないのだ。

「うんちくは飲んだ後、まず飲め」がトージの信条である。


「とりあえずセットしちゃいましょう。よいしょ……っと」


 トージが台車から抱え上げたのは、(わら)の“ござ”のようなものに包まれた、大きな樽だった。正面には「銘酒 賀茂篠」の文字がでかでかと印刷されている。

 この“ござ”のようなものは「(こも)」といい、樽を輸送するときに破損防止のクッション材として機能する。そして菰を巻いている樽だから、この樽全体のことを菰樽(こもだる)と呼んでいる。

 木槌でフタを割って酒を振る舞う「鏡開き」に必須のアイテムとして、現代でもよくお目にかかるものだ。


 直径60cm、高さも60cm。重さは中身込みで40kg近くある菰樽(こもだる)だが、トージは足を大きく広げてしゃがみこみ、抱きつくように樽を抱えると、足の力で軽々と持ち上げてしまう。

 菰樽を台の上にゆっくりと置くトージを見て、リタは目を丸くする。


「トージさん、すごい力ですね……」


「いや、これ見た目よりは軽いし、持ち上げるのはコツがあるんだ」


 トージはそう答えながら、手際よく縄を解いて、樽の上面から菰をどかし、樽をきつく締めている「箍《たが》」をずらしていく。

 樽の上面に木の板があらわれ、内部のお酒から染み出した香りが広がる。村長は鼻とマユゲをひくつかせて、その香りをかぎ分けたようだった。


「……なるほど、サケとはリンゴのジュースのことか」


「ンフッフ、そう思いましたか?」


 鼻の穴を広げて得意そうにしているトージ。


「リンゴジュースではないですよ。そもそもこの酒には、果実は一切使ってません。こいつの材料はふたつ、米と水だけですよ」


「むぅ、信じられんな」


「お米と水がこんな香りになるなんて、不思議です……」


「あとでタネを教えてあげるよ。それじゃ村長、皆を集めてもらえますか?」


――――――――――◇――――――――――


「あー、皆、聞いてくれ。客人のトージ殿から、皆に飲み物の振る舞いがある」


 村長が話す台のまわりに村人たちが集まり、村長の言葉を聞き始めた。


「名前は“ニホンシュ”というそうだ。米で作った飲み物だそうだぞ」

「米か!」「またあの米なのかしら?」「気になるな」


「米」という言葉を聞いた瞬間、村人たちがにわかにざわつき始める。

 それもそのはず。村人たちの脳裏には、トージが振る舞った絶品おにぎりの余韻がまだ残っていたのだ。パブロフの犬のごとく、期待を高める村人たち。げに恐るべきは現代日本米の魔力であった。


「じゃあトージ殿、説明があるんだったな」


「はい、預かりました、トージです。」


 トージはそう言うと、右手に木製の四角いものを持って掲げ上げた。

 (ます)である。


「今回振る舞う日本酒は、お酒ですので、大人の方だけが飲むようにお願いします。この(ます)でお配りしますが、ビールなどより度数がかなり高いです! けっして一気に飲み干さず、料理を楽しみながら少しずつ味わってください」

「オサケ?」「ビール?」「ドスウ?」


 耳慣れない単語をいぶかしむ声があがるが、トージの耳には届いていない。


「お子様には別のものを用意しています。これも米から作った飲み物です。甘くて美味しいですよ。こちらはリタさんから受け取ってください」


「「は~い!!」」


 子供たちから元気な声があがった。

 にぎやかな返事に満足したトージは、どこからか2本の木槌を取り出し、その片方を村長に手渡す。


「本日は、誠におめでたい謝肉祭の日です。今年の豊かな収穫に感謝し、皆様の健康や幸福を祈願して、鏡開きをとりおこないます!」


 急に芝居がかった口調になったトージに、場がざわつきはじめる。

 振る舞い酒の樽を開ける「鏡開き」をリードするのは、酒造の当主たるトージにとってはお家芸だ。


「私が“お願いいたします”と申し上げたら、皆様は“よいしょ! よいしょ! よいしょ!”とご唱和ください! 村長様は、3回目の“よいしょ!”のときに、この印が付いたところに、勢いよく木槌を振り下ろしてください!」


「あ、ああ」


「それでは皆様、皆様の未来に希望がふくらみますように、どうぞ大きな“よいしょ”をお願いします! それでは参ります、せーのっ!」


「「「「「よいしょ、よいしょ! よいしょー!!!」」」」」


 パカーン!!


 トージと村長が木槌を振り下ろすと、まん丸な形をした樽の天板が、乾いた音をたてて二つに割れる。この丸い天板を丸い手鏡に見立てて、この儀式は「鏡開き」と呼ばれているのだ。

 天板の一部が酒樽の中に飛び込み、小さなしぶきが上がった。

 それと同時に、樽の中に封じ込められていた香りが解き放たれ、樽の近くを取り囲んでいた村人たちの鼻腔に流れ込んでいく。


「……リンゴの香りがするぞ、果汁じゃないのか?」


「いや見ろ、水みたいに透明だ、果汁じゃねえぞ」


「なんだか嗅いだことのない香りもするな……」


 好奇心旺盛な一部の村人は、樽に顔を近づけて中身の様子を見たり、クンクンと鼻を動かして匂いを嗅いでいる。

 リタの母親レルダが、何十個という升を順番にトージに手渡し、トージは木製のひしゃくを使って升に酒を注いでいく。

 升一個の容量は1合、180ccまで入るのだが……今回トージは、それぞれの升に30cc、おちょこ1杯分だけの日本酒を注いで皆に配ってもらった。


(ビールのノリで一気に飲むと、グデングデンになっちゃうからな)


 日本酒というのはアルコール度数の強い酒である。ビールのアルコール度数が5~7%であるのに対して、日本酒は14~20%、約3倍もあるのだ。

 はじめて日本酒を飲む人たちには、相応の配慮をするべきであった。

 トージとしては村長に音頭を取ってもらって乾杯の儀をするつもりだったが、どうやらこの村には乾杯の習慣がないようだ。気の早い一部の村人は、さっそくおちょこ一杯分の日本酒をぐいっとあおる。


「なんだこりゃ! めちゃくちゃうめぇ!!!」


 最初に日本酒を飲んだ村人のひとりが、そう叫んでトージに詰め寄ってきた。


「おい、トージさん、こりゃ一体なんなんだ!? 見た目は水みたいなのに、香りはカンペキに青リンゴだ。でもこいつはリンゴジュースじゃねえよな? だってほら、リンゴより甘いし、ノドの中がクァーッと熱くなってきやがった! こんなジュースあるわけねえよ!」


「ええ、さっきも言ったように米と水で作ってます。ジュースじゃないですよ」


 日本酒は、発酵のさせかた次第で、実に多彩な香りを放つようになる。

 このリンゴのような香りは「カプロン酸エチル」という物質で、特別な条件で酒を仕込むことで米からも生成される。トージたち賀茂篠の職人によって、計画的に生み出された香りなのだ。


「だーからそれがおかしいだろ! なんで米と水でこうなるんだよ! わかんねえからもう一杯よこしてくれよ!」


「はいはい、只今~!」


 トージは笑顔で升を受け取って、こんどは升一杯に酒を注ぐ。


「一気に飲まずに少しずつ飲んでくださいね。一気に飲むと、そのノドの中の“カーッ”が暴れて、ぶっ倒れちゃいますから」


「ちょっとずつだな、わかったよ!」


(わかってなさそうだなぁ……)


 上機嫌で樽から離れていく村人を苦笑いで見送りながら、あの村人が酔いつぶれる予感をひしひしと感じるトージであった。

 酔客の介抱もホストの役目のうちである。


 そうこうしているうちに村人に酒升が行き渡り、皆の日本酒に対するリアクションも定まってきたようだった。


 ある人は、旨い旨いと笑顔を浮かべ、おかわりの酒をもらう列に並んでいる。

 ある人は、おっかなびっくり酒をすすりながら、首をかしげている。

 ある人は、渋い顔をしながら、升をもてあまし気味に立っていた。


 トージは酒樽をレルダに任せ、升をもてあましている中年女性に歩み寄る。


「お口にあいませんでしたか?」


「うーん、あのねぇ、香りはとってもステキなのよ? でも匂いをたくさんかいだら、なんだか頭が痛くなってきちゃってねぇ」


「なるほど、お酒の成分が合わなかったのかもしれませんね。好き嫌いのある飲み物ですから、無理に飲まれないほうがいいですよ」


「せっかくの振る舞いなのに、なんだか申し訳ないねぇ」


 アルコールが苦手な人は厳然として存在する。合わない人に飲ませないのもマナーだ。そしてアルコールの分解を促進するため、水分を摂取してもらうことも重要である。

 トージは女性から升を回収し、子供たちに配ったほうの飲み物を勧めると、次は、首をかしげている男性に声をかけた。


「いかがですか、日本酒は?」


「おお、トージさんか。いや、飲んだには飲んだし、不味いとはまるで思わないが、あの野郎があんなにはしゃいでるのはなんでかと思ってな」


 50歳くらいに見える男性の目線の先では、その男性の面影がある若者が、樽の近くで同年代の若者たちと騒ぎながら酒を楽しんでいるようだ。


「お酒を飲むと、ああいう風に気が大きくなる方は多いですね。ですが、静かに飲むのも僕は好きですよ」


「そんなもんかい、それならいいんだがね」


 そういうと男性は、まだ若干酒の残っている升を掲げて見せた。


「酒そのものが苦手でないのでしたら、もっとおいしい楽しみ方がありますよ」


「ほう、そりゃどんなものだい」


「食事と一緒に楽しみましょう。あれなんかいいですね」


 トージが指し示したのは、豚肉をトマトで煮込み、上から山羊のチーズをかけた料理だった。

 塩気と酸味が利いていて、実に酒に合いそうだと思っていた料理である。


「いや、トージさんよ、すまねえが俺ももう年でな、山ほど喰ったからもう腹一杯で……おや?」


「どうしました?」


「いや……ついさっきまで、腹一杯でもう喰えねぇと思っていたんだが、いつのまにか腹がこなれて、まだ喰えそうな感じになってるもんだからよ……」


「日本酒には、食欲を増す効果があるんですよ」


 酒を飲むと、体温が上昇し、アルコールが胃を刺激するため、胃酸の分泌が増したり、胃の消化運動が活発になる。その結果、食欲が増すのである。

 トージと男性は料理をかみしめ、豚のうま味を存分に堪能した。


「口の中にトマトのうま味と豚の脂がこってりと入りましたよね。それじゃ、次は日本酒を一口含んで、口の中で軽く回してから飲んでみてください」


「ふむ? ………………おおっ、口の中がさっぱりする。飯を食う前に戻ったみたいだ」


「日本酒は料理の味を引き立てますし、前の料理の味を、ただの水よりも強くリセットしてくれます。次はまったく味の方向性が違う料理を楽しめますよ」


 そう言ってトージは、リタの豚骨麦団子スープの鍋を指さした。


「こいつはいいな、料理がいくつも出るなんて宴くらいだが、このニホンシュを使えばいつも以上に楽しめそうだ。忙しいのに悪かったな、トージさん」


「ぜひぜひ、ゆったりとお酒を楽しんでください」


 お酒が嫌いな人には勘違いをされてしまっている部分があるが、日本酒というのは騒ぐために飲むものではない、とトージは思っている。


 おいしいから飲む、飲んで明るく楽しむ、食事の味を引き立てる……

 いろんな楽しみ方が日本酒にはあるのだ。

 あの男性が日本酒党になることを願いつつ、トージは次の村人に歩み寄った。


 そして村人たちの反応が、あきらかに「日本酒どころか酒を知らない」リアクションであることに……この時点でトージは気付いていないのだった。

アルハラ、ダメ、ゼッタイ。


のちのちくわしく書くことになりますが、

お酒というのは、飲めない人は徹底的に飲めません。

飲むことで鍛えられるという俗説も、合致する人としない人がいます。

作者の同級生T君は、ビールをコップに1cm注いで飲むだけでひっくり返ります。

無理矢理飲ませると少量でも命にかかわるので、絶対にやめましょう。


ちなみに作者は「もともと飲めたが飲んで鍛えられた」タイプです。

継続した飲酒で酒量が増える人がいることも、また事実です。

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