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第4話 謝肉祭

土曜日2回目の投稿です。予定より早めて投下。

 トージたちの前で見事な精霊術を披露して見せた神官の一行が、馬車に乗り込んで次の目的地へと向かっていく。

 村長と一部の村人は、神官一行にぺこぺことお礼をしている。

 お礼をしていなのは、感動に打たれて泣いてしまっている人たちだ。


「あれ、神官様たち、祭りには参加していかないの?」


「このあともいくつも村を回られるんだと思います。たった数名で王国の村々を回られるのですから、お忙しいでしょう」


「なるほどなぁ。せっかくだからいろいろと話を聞いてみたかったな」


 村人たちは、帽子やら手ぬぐいやらサンダルやら、思い思いに手に持ったものをブンブン振って、大地の神官が乗った馬車の車列を見送っている。

 馬車の姿が見えなくなると、村長がふたたび大きな声で村人の注目を集めた。


「それでは皆、母なる女神と大地の恵みに感謝して、今年の謝肉祭をはじめたいと思う。その前に、今年の謝肉祭には、村の外から二組の客人を招いている。ひとりは皆もおなじみ、商人のオラシオ。もうひとりは異国より、トージ・デ・カモス……ウォッホン、トージ殿だ。皆、ふたりとも食べ物を分け合ってもらいたい」


(うーん、招かれざる余所者に殿付けとは、なんと心の広い村長さんだ)


 村長が、自分を貴族名で呼びそうになっていたことに、もちろんトージは気づかない。この男、酒造りと祭りと社交以外のことには、脳味噌のリソースをほとんど割いていないのである。


 トージから村長を挟んで反対側の席では、くすんだ金髪の若い男が、退屈そうな表情で頬を突いている。


「なんだい、あいつ? せっかくの祭りなのに、不景気な顔で」


「行商人のオラシオさんです。あの方、いつもあんな感じですから……きっと、お仕事が楽しくないんじゃないでしょうか」


「ふーん。祭りを楽しむ気がないなら、引っ込んでればいいのに」


 そうやってトージとリタがひそひそ話をしているあいだに、村長のスピーチも終わりを迎えたようだった。


「それでは今年の謝肉祭(カーニバル)をはじめよう。豚を前へ!」


 村長がそう声を張り上げると、さきほどトージが挨拶に行った村長宅から、まるごと吊し焼きにされた巨大な豚が運び込まれてきた。

 丸々と太った豚の皮はこんがりとあぶられ、肉の脂とハーブが混ざった香ばしい匂いが漂ってくる。


「今年も森の恵みは豊かなようだ。豚もよく育つだろう。さあ皆、一切れ食べたら、あとは好きなように楽しんでくれ!」


 ウワァァァ! と、村人の歓声があがり、皆が豚の丸焼きに群がり始めた。


「さあ、トージさん、私たちもいただきましょう!」


 リタの細い手に引かれて、トージは丸焼きの豚に向かう。村長の奥さんと娘さんが切り分けて渡している豚肉は、肉汁があふれていかにも旨そうだ。

 切り分けられたのはロース肉。トージにとっても、とんかつやショウガ焼きでおなじみの部位だが……口に運んでかみしめると、あまりの味の違いにトージは目を剥いた。この豚は旨すぎる!


「さすがは村長さんの育てた豚です、本当に美味しいですね♪」


 リタも満面の笑みをうかべてロース肉を味わっている。

 この豚と、トージが日本で食べてきた豚の何が違うのか。それは脂である。

 通常の豚肉は、筋肉は筋肉、脂身は脂身と、両者がくっきりと分かれている。だがこの豚肉は、筋肉の部分からも脂のうま味を感じるのだ。


「ドングリのおかげですよ、トージさん。私たちは9月くらいから豚を森に入れて、ドングリを食べさせるんですよ。すると豚たちがどんどん太って、脂身が筋肉のなかまで入り込んでいくんです」


「ああ、さっき村長さんが言ってた“森の恵み”ってやつだね」


「ええ。生肉を切ってみるとよくわかりますよ、脂が網の目みたいに、赤身のなかに食い込んでいるんです」


「なるほどね、豚肉なのに霜降りなのか」


 トージは食べたことがないが、これは現実世界のスペインの特産品「イベリコ豚」にも見られる特徴である。体内に良質の脂肪分を蓄えたイベリコ豚は、現地では「足の生えたオリーブの木」などと呼ばれることもあるという。オリーブオイルのような良質の油が詰まっている、という意味だろう。


「さあトージさん、ほかの料理もいただきにいきましょう!」


――――――――――◇――――――――――


 トージはリタに連れられ、鍋の番をしている村人たちと挨拶をしながら、山盛りの料理をすこしずつ頂戴していく。


 村人たちは村の仲間とワイワイ話しているが、トージに声を掛けられると目を丸くして驚き、とたんに低姿勢になってしまう。

 それもそのはず。トージが着ているのは、漆のようにつややかな黒で染められたカシミヤを、現代日本の技術で織りあげた燕尾服。

 近世の絵画に出てくるような、くすんだ色の農夫服の村人たちに混ざると、あきらかに場違いなのである。


「トージ様……トージ様は、お貴族様なんで?」


 勇気ある村人のひとりが、誰も口にできなかったことを問いかけた。

 その瞬間、リタはトージの目がキラーンと光ったように感じた。


「ははは! ばれてしまってはしかたがない! ルネッサーンス!!」

「ひぃ!」

「トージさん!?」


 トージが芝居がかった仕草で腕を振り上げる。

 突然振り上げられたトージの腕に叩かれると思ったのか、村人はおびえ、リタが驚きの声をあげる。

 服装に対するツッコミに飢えていたトージは、渾身のリアクションを繰り出したのだが……最初から「このトージという人は貴族ではないか」と疑っている村人たちにとっては、まったく洒落にも笑い事にもなっていなかった。


(えっ、どういうリアクション!?)


「トージさん、村の皆さんが怖がってますから……」


「ええ、あぁ、ごめんなさい……」


 場を冷えさせてしまって(へこ)んでいるトージを横に、リタは必死で「トージは貴族ではないし、怖がる必要はない」とフォローに奔走していた。


――――――――――◇――――――――――


 結論から言うと、村の料理は旨かった。


 この村の料理の特徴は、とにかく赤いことだ。色の発生源はトマトである。

 ドライトマトを水で戻した汁をベースにしたスープ料理や、トマトと内臓肉の脂煮込み、チリビーンズのような大豆料理、トマトの戻し汁を麦の粉に吸わせ、そぼろ状にまとめてから炊きあげた料理などは、トージにも旨く感じられた。

 逆に、肉野菜とヒヨコ豆の合わせ煮などは、塩味が前に出すぎてうま味が少なく感じられる。


(コンソメ1キューブと、コショウ一振りでずいぶん変わりそうだけどな)


 村人たちに人気だったのはパスタ料理だ。

 リタの弟、ロッシが「うっはー! 小麦のパスタだよ!」と大喜びで、ドライトマトとソーセージのペペロンチーノをつるつると平らげている。


(そういえば、小麦の料理が少ないな。だいたいライ麦か大麦か豆ばっかりだ。もしかして小麦は贅沢品なのかな?)


 そんなことを考えながら、トージはレルダの守るかまどに戻ってきた。


「おかえりなさい、トージ“さん”。村の料理はいかがでしたか? よければリタのスープも召し上がってください」


「トージおにーちゃん! きょうのはもーっとおいしいよ!」


 リタの家の鍋の前では、レルダとルーティの母子が出迎えてくれた。

「人目があるところで様付けは勘弁してください」というトージの要請に応え、“さん付け”でトージを呼ぶレルダから器を受け取ると、中身は一見、昨日のミルク粥と同じように見える。

 だがスープを口に運ぶと、昨日のミルク粥よりもさらに濃厚なうま味が、トージの舌にガツンと襲いかかった。リタがさっそく解説を加える。


「今日は謝肉祭なので、昨日の夜から豚の骨を炊いたんです。匂いが苦手な方もいるそうなんですが……いかがですか?」


 つまりこれは「豚骨ミルクスープ」ということになるのだろう。

 大学在学中、2回まで替玉無料の豚骨ラーメン店に通っていたトージにとって、豚骨スープは好物のひとつだ。

 リタに返事をすることも忘れ、大きくゴロゴロとしたサイズにカットされたベーコンと、各種の野菜を口に運ぶ。そして麦粒のかわりに入っている麦団子は、白玉くらいの大きさで、もちもちとした食感が楽しい。


「あの……トージさん、いかがですか?」


「はっ、ごめん、夢中になってたよ。これはちょっとヤバいね、旨い。いますぐにでも東京で店を開けそうだ」


「……トーキョー?」


「まだ半分しか回ってないけど、この豚骨麦団子スープか、村長さんの豚の丸焼きか……このふたつが飛び抜けておいしかった」


「だよねーっ! にししー!」


「そんな、ほめすぎですよ……」


 姉の料理がほめられて嬉しいルーティが、トージの左足に抱きついてくる。

 リタは白い頬を紅に染めて恥ずかしがるが、実に嬉しそうな表情だった。


「娘の料理をそんなにも誉めていただいて嬉しいですよ。できましたら、トージ“さん”の料理も頂戴してよいですか?」


「……あ! いっけね!」


 右の手のひらで、ぺちーんと自分の側頭部を叩くトージ。

 謝肉祭の開始と同時に豚の丸焼きを食べに行ったため、トージは自分が用意してきた料理にカバーをかけたままだったのである。


「いやーすっかり忘れてた、用意してきたのはこれね」


 トージはそう言って、お盆の上にかぶせてあった風呂敷を取り払う。

 そこに乗せられていたのは、100個あまりの「おにぎり」であった。

 海苔も巻かれていない真っ白なにぎり飯が、3つの山に分けられ……

 3つの山には「梅干」「鮭」「海苔」の文字が書かれた紙が添えられている。


「……トージさん、こりゃなんだ?」


「ふっふっふ、見てのとおり“おにぎり”さ。

 ただのおにぎりとあなどるなかれ。まあ、とにかく食べてみてよ」


 トージはそう言って、巨大なお盆をリタに差し出した。

【注釈1】

 本作に登場する「謝肉祭(カーニバル)」は、現実世界の地球とは意味合いの違うものとなっています。

 地球の謝肉祭はキリスト教の祭りで、2月~3月ごろに行われます。宗教的な意味合いを抜いて要約すると、肉を食べることを禁じる期間に入る前に、めいっぱい肉を食べて騒ぐお祭りです。

 この世界の謝肉祭は、12月中旬に行われます。豚の畜養を終え、屠殺する期間に行う祭りで、穀物ではなく豚を基準に据えた収穫祭に近いものです。


【注釈2】

 この世界の植生は、中世地球のヨーロッパとは大きく異なります。トマトがすでに一般的で、大豆や唐辛子もあります。

 村の料理に出てこなかった作物の状況については、今後の投下を楽しみにお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 興味のないことには割と深く考えないから 積極的に情報集めなくて、銀行の状態のヤバさに気付かなかったのかなぁ
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