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六人の救世主

 世界を救うのは六人の戦士。

 

 世界を変えるのは六人の勇者。


 世界を輝きに導くのは六人の賢者。


 戦士は怖じ気ず、勇者は果敢に、賢者はキリッと



 「それでは会議を始める」

 重々しく発せられた言葉に集められた六人は身を正す。この会議で世界の行く末が決まる。選ばれた六人の責任は重い。

 薄暗い空間を巨大スクリーンがほのかに照らす。円卓に腰掛ける六人の顔の明暗を引き立たせる。

 「まず始めの議題は人類史上未だかつて無き危機的状況の打破についてだ」

 配られた資料を読み上げる。一行の資料。たった一文書かかれただけの資料。今の状況を説明するための資料製作時間が無かった。手立てを考えるだけの時間が無かった。

 皆が一行の資料を見つめていた。一瞬で理解出来る内容を見つめていた。

 空間は静まっていた。机と紙の接触音さえ聞こえた。各六人の前に備え付けられた最新式の消音コピー機が資料を吐き出し続けていた。誰かが必死に資料を作っている。何も分からないってことを隠すために文字数でごまかして作り続けている。六人は目もくれなかった。

 組んだ手にあごを乗せて読み上げた者が沈黙した。姿勢の良い者が言った。

 「具体的には?」

沈黙は重い。

 具体的に何をするのか。皆知りたいことだった。誰も知らないことを六人は知っていた。誰かが知っているかもしれないという微かな希望は無くなった。 

 沈黙を破りたかった。肘掛に腕を置いていた者が言った。

 「その前に自己紹介をするべきなのでは?」

 視線が集った。彼は続けた。

 「それに人が集ったんだ。チーム名も決めたほうがいいと思うのだが」

 「確かに」

 まず始めにスクリーンの前に座っていた者が自己紹介をした。時計周りに進む。名前と出身地の淡々とした作業だった。

 六人の自己紹介が終わった。

 「では次にチーム名を決めるとしよう」

 皆一様に頷いた。一人が手を挙げた。

 「世界を救い隊。と言うのはどうでしょうか」

 左隣に座っていた者が言った。

 「分かり易い名前ではあるが少しばかり直線的すぎはしないか?」

 その左隣のものが資料の裏に太く書いて言った。

 「世界を救うのだからもっと仰々しく燃え盛る感じのがいい」

 資料の裏に太く書いて掲げた。 

 『超大宇宙親愛善美会』

 「こういうのはどうかね」

 十時の方向のものが困惑に唸った。 

一人が手を挙げた。

 「堅苦しくありませんか?もっと親しみのあるほうが良いと思うのですが、例えば、あー・・・」

 思いつかなかった。掲げられた資料をチラリと見て言った。

 「それをもうちょっと変えて、宇宙愛し隊とかはどうでしょうか」

 左隣の者が言った。

「さっきとの違いが分からないのだが」

「うむ・・・」

静かに引き下がった。六人の沈黙。人差し指が机を叩く小さな音が聞こえた。

姿勢の良い者が言った。

「長く決まらないようでしたら、まずは名前を直接決めるのではなく私たちの目的、あり方、などからイメージを膨らまして名前をつけたらいかがでしょうか」

皆その案に同意した。

顎を組んだ手に乗せた者が言った。

「目的は世界を救うこと」

六人にあるのは単純にして明快な目的のみ。

一人が手を挙げた。

「あり方としては英雄と言うのが近いと思うのですがいかがでしょうか」

左隣の者が言った。

「なるほど、それで?」

思いついたままに発言した。手を挙げた者は考え込んだ。

顎を組んだ手に乗せた者がかみしめるようにつぶやいた。

「英雄。いい響きだ」


バックスクリーンには風景が流れていた。

綺麗だったころの河川。

澄み切った空。

車が走れる道路。

人が住める家。

それらが淡々と流れていた。

対面のものは顔をしかめ机を指でコツコツと叩いていた。机を叩く間隔が短くなっていた。

長い沈黙だった。痺れを切らした対面の者が舌打ちをした。震え上がるような、どすの利いた声で言った。

「まだ決まんねぇのかよ。ガキじゃねぇんだ、名前ぐらいとっとと決めちまえよ」

声は虚しくも空間に消えていった。

考え込んでいたものが手を挙げた。

「六人居るので、スタンスとして戦隊ものというのはどうでしょうか」

間髪を入れず待ってましたとばかりにスクリーン正面の者が言った。

「レッドを、是非レッドをやらせて頂きたい。私事で申し訳ないが、恥ずかしながら幼少のころよりレッドに憧れていた。その思いは今も変わらない。他にレッドの立候補者が居なければ私に是非その役をやらせて頂きたい」

反対する者はいなかった。

左隣の者が言った。

「レッドとは何かの役割りなのですか?」

視線がレッドに集まった。レッドは暫し沈黙した。役回りを考えたわけではなかった。赤が好き。それだけのことだった。

レッドは堂々と言った。

「レッドは戦隊の司令塔である。レッドの名に相応しく情熱的であり、大胆不敵かつ毛細血管の隅々まで巡る赤き血の如く細やかに気を配る役柄である。私の得意な役回りだ」

「なるほど。つまり自分の得意分野を色に合わせればよいということですね」

左隣の者は独自に解釈し納得した。レッドの額には冷や汗が一筋流れていた。

かくしてレッドが決まった。


左隣の者は言った。

「では私はさしずめグリーンと言ったところでしょうか。緑は癒しの色。心安らぐ色です。戦場下では気も滅入るでしょう。セラピストが必要だと思われます。皆様の精神安定に一役買えたら幸いです」

反対する者はいなかった。

かくしてグリーンが決まった。


また静けさが戻ってきた。コピー機がひたすら資料を印刷する音が良く聞こえた。

レッドが一呼吸置いて言った。

「前就いていた職業でもいいのだが何か得意なことがある人は是非教えてもらいたいのだが」

レッドはグリーンの解釈を素知らぬ顔で流用した。

肘掛に腕を置いていた者が言った。

「前は整備士をしていた」

「うむ、イメージが湧きにくいな」

レッドは続けた。

「好きな情熱的な色は何かね」

「取り立てて好きな色と言うのは無いが、強いて言うなら青が好きだな」

レッドは言った。

「ブルーだな。整備士ブルーだ」

 かくしてブルーが決まった。


また静けさが戻ってきた。機械音と机を叩く苛立ち混じりのビート音が交差していた。

 世界の現状を見る限りこの静けさは世界そのものを体現していると言えた。静けさは、悲しみと諦めをもって空間を支配していた。世界を救うもの達の心持さえもこの静けさに包み込まれてしまいそうだった。

 レッドは言った。

 「なにか盛り上がる要素がほしいな。沈んでいては士気も上がらないし精神健康にも良くないだろう、盛り上がる何かがあるといいのだが」

 グリーンが言った。

 「確かにそうですね。しかしそうは言っても現状では娯楽要素が少ないですし」


ピーピーピー


突然けたたましい電子音が鳴り響いた。皆緊張に身を強張らせた。何事か。不足の事態だった。一枚の資料を渡されただけの彼らには何がなにやら分からなかった。危機が迫っているのか。最悪の事態が起きてしまったのか。避難するべきなのか。どのように対処したらよいのか。対処の方法はあるのか。誰が考えるのか。誰が実行するのか。

 誰もがどうすることも出来ずに音の発生する方向に目を向けて固まっていた。

 動いたのはレッドだった。司令塔、隊長、リーダーいずれの肩書きにおいても、長なら動かなければならないと自分に言い聞かせた。

 何も分からない中で唯一助けになってくれそうなものはコピー機から吐き出される資料だった。誰かが一生懸命書き綴っている資料の中にヒントくらいはあってもいいと思った。

 レッドは山積になった手付かずの資料を漁った。それに習い皆同じように資料を漁った。

 

ピーピーピー


 電子音は高く鳴り響いている。心臓をつかまれたようだった。探しても探してもどれも立派な慣用句や漢語、カタカナ用語を駆使して文字数を稼いでいるだけのものだった。

 冷や汗が噴出してきた。血の気が引いていく。顔が秒を追うごとに青くなっていった。心臓が血液を押し出そうとしていた。脈拍が上がり、血圧が下がっていくのが分かった。一生懸命心臓が空回りを続けていた。資料の山を両手で大きく掻き分けた。一番下に大理石の机があった。大理石は冷たかった。

 電子音は大きくなるばかりだった。音は左右前方反射を繰り返し後ろからも聞こえた。

 コピー機の吐き出し口を見た。横に赤く光る部分があった。よく見ると給紙マークだった。


 ?


 よく聞くと音の発信源は前左右対面から聞こえた。皆給紙マークが赤く光っていた。

 けたたましい警告音が虚しく聞こえた。

 「ふざけやがって」

ガンツ

机をコツコツ叩いていたものがコピー機を叩き付けた。音は止まらなかった。

給紙ボックスを乱暴に開けて資料をそのままぶち込んだ。皆それに習った。音が止まった。また印刷が開始された。

苛立たしげに我慢していたタバコを取り出した。大きく肺を膨らまし紫煙を吐いた。落ち着きを取り戻し、悪いなと一言言った。


「続けよう」

レッドが言った。

 一人が手を挙げた。視線が集まった。

 「僕が盛り上げ役担当と言うのはどうでしょうか。本を読むの好きなので落語とか面白い話を皆さんにお話しするというのはどうでしょうか」

レッドが食いついた。

 「なるほど、いい考えだ。これで会議の雰囲気も盛り上がると言うものだ。色は・・・」

 レッドは数秒考えてから言った。

 「嬉々とした色とイメージが近いのは黄色が一番近いと思うのだが」

 レッドは皆の意見を求めた。反論無く、皆賛同した。

 かくしてイエローが決まった。


空間はしんと静まっていた。コピー機が黙々と印刷していた。裏返しに給紙しなかったので文字が二重に印刷された。資料は真っ黒になっていた。紫煙が一筋立ち上っていた。

イエローが手を挙げた。沈黙より場を盛り上げる。イエローの初めての仕事だった。

「戦隊ものと言ったらアクションが大切だと思うのですが。皆さんアクションとかは出来るのでしょうか?」

「確かに、アクションは重要な位置づけだな。だが私は残念ながら」

「俺もだ」

「同じく」

「無理だな」

レッドが言った。

「これは致命的だな。どうするべきか」

レッドが唸った。対面で三本目のタバコに火を点ける乾いた音がした。その左隣に人が居たことに気がついた。

その人は始めからいた。自己紹介もした。そのはずだ。気に止めることが無かった。気配が有るのか無いのかさえも分からない。そんな人物だった。

レッドは閃いた。

「黒子だ」

皆の視線が集まった。

「黒子にアクションを手伝ってもらえばよいのだ」

「なるほど、して誰がその命を果たすのですか?」

「適役が居る」

レッドは四十五度の視線を対面左にゆっくりと動かした。皆それを追う。誰?記憶の片隅にも無かった。

「彼が適役だと思うのだがどうかね」

「確かに、彼の存在感には目をみはるものがある」

レッドが役を引き受けてもらえないか頼んだ。二つ返事で承諾を得た。


ブラックは言った。

「しかし、私一人の力で裏方に奉じることが出来るのか憂慮するところでございます」

レッドは言った。

「我々のアクションの補助、誘導、戦闘中の水分補給の準備、決めポーズをとった後の後方での爆発準備及び起爆、その他種々にわたる、戦闘中の補佐を担当してもらいたいと考えている。確かに一人では辛いことになるな」

レッドは考え込んだ。

暫くして口を開いた。

「全て機械化してリモコン操作にすると言うのは・・・」

グリーンは言った。

「アクションもですか?アクションも機械化するとなると、宇宙服のようなもこもこした服を着て戦闘やらバック転をすることになりますが・・・暑そうですね。まぁ操作してくださると言うのなら楽で良いですが、コストと技術の面から厳しいかと」

「確かに」

レッドはまた考え込んだ。

レッドは言った。

「では、ブラックを皆で兼任すると言うのはどうだろうか。右半分が黒になるがこの際致し方ないだろう」

イエローが手を挙げた。

「僕にチョコバナナマンになれと?」

レッドが言った。

「私はホットドックになるんじゃ・・・」


対面の者が鼻で笑った。紫煙を燻らせていた。点けたばかりのタバコを肺いっぱいに吸い込んで、長く吐いた。

「もっと簡単な方法があるじゃねぇか。ようは人が足りないんだろ?だったら外に頼めばいいじゃねぇか」

レッドが言った。

「なるほど、名案だ。ブラックには黒子集団の長になってもらおう。どうだね」

ブラックは御意と一つ頷いた。

かくしてブラックが決まった。


静けさが戻ってくる。スクリーンの淡い光が紫煙を幻想的に光らせていた。消音コピー機が静かに動いていた。

レッドは言った。

「従来の戦隊物の色を制覇しつつあるわけだが、後考えられる色として代表的な色がまだ決まっていないわけだが」

皆悟った。

レッドは言った。

「今までの流れからすると、桃色担当と言うことになるのだが。戦場での性欲処理と言うのは非常に重要視される。従来のやり方に習って我々もs進めるのがいいと思うのだが」

「誰がやるって?全員男だぜ?」

「うむ」

「仮に桃色担当が決まったとしよう。さらに彼が喜んで立候補したとしよう。仮にそうだったとしても俺は風俗にいく。これだけは譲れん」

「同じく」

「僕もです」

「私もです」

「確かに」


「配色を変えるべきなのでは?」

 レッドは言った。

 「うーん、桃色担当が居なくても支障をきたさないと言うのなら、変えてもかまわないかと、しかしピンクが居ないのはなぁ・・・」

 煙を大きく肺に送った。十分に味わってから、ゆっくりと気持ちよさそうに吐き出した。この部屋は空調完備されていた。紫煙が広がらず導かれるように昇っていった。

 タバコはいらいらした部分を取り除いてくれる。心が落ち着き、思考が明瞭になる。

 紫煙の行方を観察しながら言った。

 「組織の維持には何が必要かわかるか」

「簡単なところで資産、人材などでしょうか」

「そうだな、そして何より重要なのが反感をかわないことだ」

「確かに、それで?」

大きくタバコを吸った。先端が赤くなった。ゆっくりと紫煙を吐き出した。

「俺たちの努力が流言飛語によって全てが無に帰すと言うことも考えられる。次の世界を救う者が現れた場合は良いが、現れなかった場合、最悪世界の滅亡と言うことも考えられる。それだけは避けねばならない」

 「うむ」

 「流言飛語によって非難轟々となれば仕事に支障をきたすこととなるだろう。非難を避けるために俺は仕事に奉じよう」

 「具体的には?」

 「誰かが往生すれば非難も収まるだろう。同情もされるだろう。そしてメンバーが欠けたにも関わらず必死に世界を守ろうとする様はドラマティックじゃねぇか。その役を俺が買おうってことだ」

 「自己犠牲とはご立派なことです。しかし、人員が少ない上に更に少なくなるのは私たちにとって大きな損失だと思うのですが」

 「世界を救うのに一人が往生するか、往生せずに世界を滅亡させるかどちらが良いかと言われて、選択肢など無いだろう」

 レッドが熱く言った。

 「素晴らしい、感動したぞ!まさに男の中の漢!感動に胸が熱くなる」

 レッドが咳払いをした。

 「失敬。歓喜のあまり取り乱してしまった。して重要な問題があるのだが、色は?」

 「ピンクだ」

 「ほう、あえてピンクといくか。理由があれば聞かせてもらいたい」

 「往生すると言っても、様々な原因が考えられるが中でも最も同情を引くことが出来るものがある」

「何かね」

「病気だ。更にピンクには女性的な発想が伴う。つまり生まれつき病弱でありながら必死に戦っている女性という妄想は実にドラマティックだ」

 「なるほど、しかし君は健康そうだが」

 「その通り俺は健康だ」

 皆不可解な目で見ていた。

 「そのため、俺は病気になる努力をしなければならない。具体的には、タバコと酒をひたすら飲み続ける」

 「残念ながら私の理解を超えている。レッドの意見を聞かせて頂きたいのですが」

 レッドは言った。

 「言いたいことは多々あるが、個人の意思を尊重したい。なにか意見があれば言ってくれ」

 皆沈黙を守った。

 かくしてピンクが決まった。

  

 ピンクは満面笑美にて煙草をふかした。世界で最後まで煙草と酒を嗜めるものが誕生した瞬間であった。



 ブルーが言った。

 「ところで誰が戦うんだ?」

 暫しの沈黙の後レッドは言った。

 「外注でOK」





レッドは言った。

 「本日の会議はここまで、解散」



お読みくださいまして厚く御礼申し上げます。

ありがとうございました。

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[良い点] ・淡々と進み淡々と終わる、筒井康隆の不条理ショートショートのようで楽しめました。 [気になる点] ・全体的にもう少し短くできるのではないかと思います。
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