第5話 殲滅された町
帝国兵との戦闘は消化不良のまま終わりを告げた。
俺は身体の痛みが引くのを待ってから、町の外で、先に逃げた隊員たちと合流するも、こいつらは何処か緊張感に欠けていた。
「よぉ! 隊長、遅かったじゃねぇか!」
トルンはニタニタとして俺を馬鹿にしているようだ。「遅い」とは、俺が苦戦したと思ってるのか⁈
「俺はあんな奴らに苦戦なんてしねぇよ! 見逃してやったんだよ!」
「え?! いや、そっちは別に心配してないんですけど……」
え? そうなの、てっきりてこずった事を馬鹿にしてるのかと思った。
「あれ、隊長、剣を何処にやったんすか?」
「ゔっっ、あんな安物、くれてやったんだよ。折れたから捨てたわけじゃねぇ!」
「あっ、折れたから捨てたのですね。そうっすか、苦戦したんですね」
「だから、折れてなんか」
「戦場でイチャつくからバチが当たったんですよ」
「そうですよ!」
「話は聞きましたよ、隊長!」
「隊長だけ、ズルイです」
「そうだ!」
「そうだ!」
「イチャつくてっっ、何だよ。おい! お前ら!」
えーい、お前ら黙れ! 静まれ!!
「隊長さーん」
声変わり前の高い声、助けた坊主がテケテケと駆け寄ってきた。たくっ、変に懐かれたようで、鬱陶しい気分だ。
「こらっ! 抱きつくな!」
グググと坊主を押す。
「おい! トルン! お前も手伝え!」
くそーっ、暑苦しいだろ! 中々、離れない坊主に痺れを切らし、ゴリラの馬鹿力を頼る事にした。
「そんな、野暮はしませんよ」
トルンを筆頭に隊の奴らがにたぁーと笑う。
「や、野暮って、お前、バカヤロー、こいつは男だ!」
さっきから何なんだよーー!
「あれ? 隊長、その子、女の子ですよ」
「おい、こら! マーク、この間抜け! 俺を担ぐな! どう見てもこいつは……」
証明する為、坊主の股間を握ろうと……。
「えっ! あれ⁈」
「キャーーっっ! エッチ!!」
ペシーンと頬を叩かれ、坊主……いや女の子? は俺から離れグスンとした目で俺を睨んでいる。
「隊長、ガッつくのは後にしてくれ、お天道様はまだ真上ですぜ」
トルンも皆も腹を抱えて大笑いだ。
「いや、百歩譲って、こいつが女でも、まだガキだ!」
「ガキって、隊長、その娘、もう十五だそうですよ、責任を取ってあげて下さいよ」
「マーク、お前は黙っておけ! 責任って、さっきのは事故だ!」
ぐぬぬぬぬっと睨んでいる女の子は、今は無視だ。
後で、土下座でもして謝れば許してくれるだろう。
「なに言ってんですか、隊長。その娘と、契りを交わしたんでしょ?」
「契りって、あれは、俺の天職の」
「天職って、隊長は悪魔でしたっけ、そんな言い訳は俺たちには通用しないっすよ」
「バカ、お前、言い訳って」
「だったら、僕たちにも、隊長の名前を教えて下さい」
「マークだからお前は」
「そうっすよ、偽名じゃない、本当の名前を俺たちにも教えて下さい。契りとやらを、全員で」
「やだよ、気持ち悪いだろ! 男同士で! ってあれ⁈」
「ほらぁ!」
「ほらぁ!!」
顔に血流が急激に集まる。初めての経験、顔が燃えるように熱い!
「魂に名前を刻んだそうじゃないですかぁ。独占欲が強すぎですよ」
「そうすっよ! キッチリ幸せにしてやって下さい!」
「おいマーク、トルン、何でそれを?」
「嬢ちゃんから聞きましたよ、隊長が遅くて時間を持て余して暇だったんすよ」
「坊主、テメェ、ベラベラと」
「名前は言ってないわ、エッチな隊長さん」
女の子は鋭くキッと睨んできた。
「それに、私はククル、坊主じゃないわ! 十五歳で、もう立派な女なのよ」
「女よって、おい……」
「何よ!」
十五じゃまだ立派な女ではないと言いかけてやめた。坊主、いや女の子じゃなくて、ククルの圧は中々に凄く、それを言ったらとんでもない目に合わされそうだ。
「隊長、もう尻に敷かれてるんですか」
「黙れ! バカゴリラ!」
「そんなに、怒ること無いじゃないですか、あの娘、水浴びで身体と髪を綺麗にしたら、きっと美人さんですよ」
マークの背中を蹴飛ばした。彼は嬉しそうに痛がり周りの連中も俺を野次ってくる。
ここは戦場だぜ、はしゃいでる場合では無いはずだ。
野次を適当にあしらいながら側にあった岩に腰を降ろす。俺の隊は、屑人の寄せ集め、王国の紋章を軍服に刺繍される事も許されない。
ふと、胸元に縫われた空白の紋章を見つめた。
「私、その紋章好きですよ」
ククルが隣に座り、俺の胸元に顔を寄せた。
囃し立てる連中を無視しながら、
「なぜだ?」
と理由を聞く、空気が静まる。どうやら、皆、答えに興味があるようだ。
「空白なら、国の区別なく自由ですよ」
「かもな」
「嬢ちゃんの言う通り、俺たちは自由だ」
どっと盛り上がる。
楽しそうな奴らを見ているのも悪くないと思う。
「お前の願い、叶えられると思うか?」
「でなきゃ、許しません!」
「最悪だな……」
「最高じゃないですか!!」
ククルはひとしきり興奮したあと、俺の肩を枕に頬を寄せる。
悪魔は人を不幸にする。
そういう天職だと俺は思う。
神は人に試練を与え成長を促し、悪魔は願いを叶えて堕落させると聞いたことがあった。
だからきっと無理に違いない。
「隊長どうします?」
トルンが指示を求めてきた。なんだかんだ言って、こいつは俺の隊の副長だ。
「そうだな、しばらく休んで、それから移動を開始する、こういう時間も大切だ」
「そうすっね。それには賛成っす」
トルンが皆の輪に戻って行った。
「こういう時間も大切だ」
俺は自分に言い聞かせ、物思いにふけった。