第1話 殲滅された町「小屋の中」
帝国には神と天使が舞い降りて、悪魔は王国に這い出でた。
この世界では、産まれて六度目の春に教会で洗礼を受けるのが一般的だ。
その際、稀に神より天職を授かる事がある。
それが最悪の始まり。
なせなら、天職は神官や騎士といった尊敬されるものばかりではない。
愚者や盗賊、さらにもっと酷いものも……。
そのような天職を授かった者の人生は、そこで詰む。
帝国では死刑、寛容な王国でも神に命運を委ねるという名目で山に捨てられ、大抵はそれで死ぬ。
要するに厄介払いの酷い話……。
「生きて!」
母さんの言葉、父さんは泣いていた。
それが、家族との別れの記憶。
その風景は心の中に沈んでかすみ、大好きだった父さんと母さんに捨てられたという思いが強くなる。
その悲しみと憎しみは他人を信用してはいけないという決意を固くさせた。
だが、それでもなお、父さんと母さんは俺の名を覚えているかが気にかかり、胸の奥底から痛みを呼び覚ます。
そんな弱い自分が情けなくて嫌いになる。
「職業に貴賎なし」
前世の記憶にあった言葉だ。
全くその通りだ! バカヤロー!
人生は残機ゼロの一発勝負、このハードモードな世界を生きて、生きて、生き抜いてやる!!
「隊長、隊長、起きてください!」
男性の声、この声は、【愚者】の天職を授かるマーク、些細なことで大騒ぎをする小心者だ。
だから、無視して構わない。それに、昨日からの激しい戦闘で身体も疲れ切っていた。
絶対に起きるものかと固く誓ってまぶたに力を入れる。
「ちっ、マーク! 全くお前は使えねぇなぁ! 隊長を引っ叩けよ! よし、俺が蹴飛ばしてやる!」
「そんな乱暴はダメですよ、トルンさん」
マークがいきなり俺を守るようにして身体に覆い被さってきた。
嬉しく無いし、重いし、なんか臭い!
それに、トルン! 上官を蹴るなんて言っちゃダメだぞ!
大柄なトルンの鼻息がウホウホと荒い。彼はとてもご立腹の様子だ。脳筋のゴリラは堪え性が無いようで困る。
さらに、彼は大声で怒鳴りはじめた。
「良い度胸だ! マーク! お前ごと、ぶっ刺してやる!」
すぐこれだ、物騒なのは顔だけにしてくれ!
脅し言葉に違いないと高をくくっていると、剣を抜く音が鋭く響いた。
「ぶっ刺すなよ!!」
俺とマークが同時に大声で怒鳴った!
そして、バカマーク! お前、逃げやがったな!
最期まで俺を守れ! そして、潔く剣で串刺しにされて死ね!
飛び跳ねるようにして部屋の隅に逃げ込んだマークをジトっと睨む。マークは二枚目で容姿は中々、心根は優しく頭も切れるが、ここ一番で、全く頼りにならない、残念な奴だ。
「よっ、隊長、おはようございます」
トルンの奴は、俺と目を合わすと笑顔で剣を鞘に収めた。
マークはまだしも、このおっさんゴリラが、俺と同じ歳というのだから驚きだ。ちなみに天職は【大盗賊】で便利なスキルを幾つか所持している。
「そんな大芝居せず、普通に起こせよ」
俺は不機嫌を声色に名一杯込めた。
「こうでもしないと隊長は起きないでしょ?」
全くその通りだが、仏頂面のまま軍服の腰に付けた水筒を手に取り無視を決めこんだ。
窓の外は明るく、差し込む陽の光も短い。
冷んやりとした空気、目を凝らせば小さな塵が無数に漂う。
廃墟の町の、小さな小屋。
その薄暗く、淀んだ空間。
くそっ、この小屋に逃げ込んでから、まだ小一時間も経って無いんじゃないか? 空いた手で支給品の懐中時計で確認すると、思った通り、まだ昼前だ。
それにしても、何やら外が少し騒がしい。
「副長!」
案の定、小屋の扉が開き、中に新たな兵士が飛び込んできた。
ゴリラのくせに副長を務めているトルンが面倒くさそうに、
「どうした?」
と返事した。
「人影が近づいて来ます!」
ハキハキとした良い返事に綺麗な姿勢も申し分ないが間抜けな報告だ。
「ちっ、とうに俺は気付いてるぜ。今、隊長の指示を仰ぐところだ」
トルンは厳つい顎で俺を指した。
こいつもこいつだ。
そんなことで威張るな! バカ!
俺は生意気で馬鹿なゴリラに少しムッとしながら水筒の水をガブっと飲んだ。口から溢れた水を軍服の袖で拭きながら、部屋の隅にいるマークを見るとブンブンと首を振っている。
偵察に行くのは絶対に嫌だと彼は言いたいらしい。
良い勘だが、お前には期待していない。だから、その猛アピールはいい加減ヤメロ!
さて、周りを見渡しても馬鹿ゴリラ以外、誰も目を合わそうとしない。
それもそのはずでトルンが俺の指示を仰ぐとなると尋常では無い事態だ。俺の隊の奴らなら、それくらい容易に想像できる。
なぜ? って、トルンはそこそこ使える生意気で馬鹿なゴリラだからだよ。
「トルン、相手は何人だ?」
「一人だ」
「は?」
それくらいなら、俺なしでも対処できるはずだ。
「一人だが、気配が……その……、ハッキリしねぇし、俺の勘がヤバイと告げている」
そう申し訳なさそうにしどろもどろしているトルンは中々に貴重な眺めに違いない。
「おい、その人影、詳しく調べたのか?」
貴重なゴリラは放っておき、目視した兵士君に念のために聞いてみた。
「えっ、あの、その〜」
もじもじしている兵士君は、はっきり言って気持ち悪い。
「なら、誰が見張っている?」
さすがに怪しい人影を放ったらかしにする兵士はいないだろう。
「誰も見張ってません!」
うん、良い返事だ! そして、なぜ吹っ切れた?
「この馬鹿! お前は早く兵士をやめろ!」
「はい! それが夢であります!」
オラァ、兵士のケツを思いっきり蹴り上げてやった。
尻を抑え涙顔の兵士を冷たく睨む。
マークが「大丈夫ですか?」と心配そうに兵士のそばに行き、甲斐甲斐しく介抱をはじめやがる。
「使えねぇ、バカは放っておけ!」
少し……いや、かなりイライラし、マークも蹴飛ばそうとしたが、「乱暴はやめてください!」と男のくせに委員長のようなセリフと共に素早く射程外に逃れやがった。
そうこうしている内に、なぜか隊員が小屋に集まってきている。はっきり言って頭が痛い……。
おいおい、全員入ってくるなよ……、バカァ……、外の見張りがいないだろう!
「お前らなぁ……」
時間が無いので途中で言うのをやめた。つべこべ言わず、次どうするかが重要だ。
それは、怪しい人影の正体を確かめることだろう。
なら、誰が確認するのかだ。
もし敵で、俺たちに気づいているようなら、素早く殺さないといけない。打ち損じはなしだ。
それに、そもそも、敵なら一人で行動しているはずが無い。
【大盗賊】のスキルでも気配が曖昧な手だれだ、かなりの使い手だろう。それが複数人、非常に厄介だ。
気付けば、隊員達は俺の挙動を固唾を飲んで見守っていた。馬鹿な奴らだ。
こいつら、勢いに乗れば、かなり強いが、こう、何だ、はっきりいって間抜け。
ゴリラは多少使えるが、時に慎重さに欠ける。それは脳筋の性だから仕方ないと諦めよう。
マークは、頭は切れるが、臆病でびっくりするほど弱いから荒事は期待していない。
使えねぇ奴らばかり……さらに、隊員の無駄死には俺の立場を一層悪くするに違いない。
そうなると、隊で一番、戦闘力が高く、不測の事態に対する対応力もバッチリの俺となるよなぁ。
「しょうがない、俺が偵察してやるよ」
頭を掻きながら、渋々といった表情を作り、俺は嫌々提案した。普通なら志願者が一人ぐらい出る筈だが、
「さすが、隊長、頼りになるぜ」
と皆の待ってましたとばかりの返事。
お前らなぁ、もっと、隊長を大切にしろよ!
ガッカリだよ。
死んだ目で皆を見渡すと、トルンを筆頭にキラキラと尊敬の眼差しが俺に集まっている。さらに、隊のあちこちから、俺に対する賛美が聞こえた。
やだっ、なにこれ、なんか、照れるっ。
「おい、勘違いするなよ! お前らの事なんて心配してないんだからな! 俺がした方が手早く上手に出来るから行くだけだぞ!」
「ありがとうございます! 隊長!」
「たくっ、調子の良い奴らだ」
不思議と体温が上昇するのを感じる。
やる気スイッチをオンにして、颯爽と小屋を出た俺の背中から「隊長、チョロいぜ」と、トルンとマークの声が聞こえた。
けっ、テメェらが信用できねぇから俺が行くだけなんだよ!
バカヤロー!!