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「先輩、好きです」  作者: 夏川 流美
6/6

6話

 平日とは思えない程に騒々しく、子どもの泣き声や、大人の爆笑する声が店内に響き渡っている。そんな環境に、とうに慣れたのであろう店員は忙しなく動き回っており、愛想笑いを振りまいていた。


 目の前に視線を戻す。そこには、姿勢正しくグラタンを口に運ぶ先輩の姿があった。大学生になって、より綺麗になったと感じる。女の子らしい可愛さも持っていながら、その雰囲気は大人の女性そのものだった。


 俺も多少は大人っぽくなれているだろうか。年齢が上がるにつれて、俺が年下だということを実感させられる。ハンバーグに手を付けず、じっと見つめていたことに気が付いたのか、先輩が顔を上げ、首を傾げた。


「ハンバーグ、冷めちゃうよ?」


「ちょっと考え事してて」


「えー珍しい。……あ、もしかして、私が昨日卒業式に行けなかったの、怒ってる……?」


「それは気にしないでくださいって、何度も言ったじゃないですか。ぜんぜん怒ってないし、今考えてたのも、ぜんぜん違うことですよっ?」


 ほんとかなぁ、とクスクス笑いながらグラタンを口に運ぶ先輩。また心配かけないように、俺もハンバーグを食べた。熱々の肉汁が口の中で弾け、肉が簡単に崩れていく。思いのほか美味しくて、手が止まらなくなる。


「そういえば和くんって、一人暮らしするんだっけ?」


「そうなんですよ! 大学に近いところに、アパートでも借りようと思ってます」


「そっかぁ。じゃあ、お互いに一人暮らしだね」


 先輩がポツリと呟いて、またグラタンを食べ進める。俺も続いてハンバーグを口に含み、咀嚼していると、脳裏にとある考えが浮かんでくる。あぁ、これは名案だ。物を飲み込むと、深く思考することなく勢いだけで先輩に提案した。


「ねぇ先輩! 俺ら、一緒に住みませんか?」


 きょとんとした顔つきで、こちらを見てくる。提案した理由もちゃんとあるから、聞いてごらんよという態度で話を続けた。


「一緒に住んだら、家賃も半分だし家事も分担できるし……なにより、毎日先輩と一緒って楽しそうだし。お互い損は無いと思うんですけどっ!」


 グラタンを乗せたスプーンを置いて、戸惑いに表情を変えた先輩。突然こんな提案をしたら、そんな顔にもなるよな。なんて思いつつ、先輩の答えを待つ。


 先輩と住むことができたら。大学に通うのも帰ってくるのも一緒にできるだろうか。それから、2人で買い物に行ったり、常に他愛のない話もしたり。


 これほど楽しそうで、家賃や家事が半分なら美味しい話だ。これらの考えは俺の一方的なものではあるけど、先輩にとっても悪い話じゃない、はず、多分。


 わくわくして、頭を悩ませている先輩を眺める。数十秒すると、苦笑いを浮かべた先輩が口を開いた。


「そういうのは……恋人同士とかでするものじゃ、ないかな……?」


「で、でもでも、世の中にはシェアハウスっていうものもあるんですよ? それとおんなじですっ!」


 恋人同士、という単語に、密かにどきりと反応する。男女が同じ家に住むのは、言うなれば結婚前提の同棲と変わらない。そう考えると、とんでもないことを提案してしまった。


 しかし、ここで手のひらを返すのも、同棲を意識しているようで格好が悪い。あくまでその考えは無く、お互いにメリットがあって楽しい故、一緒に住みたいだけだ。


「家事も家賃も半分って、すっごく楽ですよ? 俺、1人じゃ家事なにもできないから、先輩に教えてほしいです」


「和くんなら、他に住んでくれる人……いるんじゃないの?」


「一緒に住むなら、先輩が良いんです。……やっぱり、だめ……ですか?」


 先輩が唇を噛み、目線を横にズラした。言葉を詰まらせている様子だったけど、すぐにまた視線を交える。


「――わかった。私でいいなら、一緒に住もっか」


 そう言って、ぎこちなくはにかむ先輩。無理なお願いをしていたことは、正直分かっていた。だから、まさか許可してもらえるとは思っていなかった。


 開いた口が塞がらない。先輩の言葉を頭で理解するのに時間がかかる。そしてようやく、良いって言ってくれたんだと理解した時。店中に響く程の声を出してしまった。


「やっ…………たぁぁぁああ!!」


「な、和くん、声が大きいよ……!」


「ごめんなさい、でも俺、今すっごい嬉しくて!! どこに住みますか? この後不動産屋でも行きますか!?」


「落ち着いて……。狭くても大丈夫なら私の家にする?」


 心を落ち着けるために、ハンバーグを口に詰めて喋ることを封印した。噛めば噛むほど、先輩と一緒に住める喜びが溢れてくるようで、頰がだらしなく緩む。先輩と、起きるのもご飯も寝るのも同じ空間で。これは、もう、同棲、だ。


 ハンバーグを飲み込んで、俺は全力で首を縦に振った。高ぶる気持ちが抑えられない。油断すると、またすぐに頰が緩んでしまいそうになる。


 最後の一口にフォークを突き立て、頬張った。先輩は慈しむ眼差しでこちらを見た後、グラタンを丁寧に舌にのせた。

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