4話
2年生前期の成績が決まる9月。末にはテストがあり、テストの結果で内申が大きく左右される。そのため、皆が必死で授業や勉強に取り…………組むことはなく、放課後になればさっさと帰って寄り道やゲームに勤しむ。
さて、そんな中で俺はというと。
「先輩、ここはどうするんですか?」
「んっと、ここはさっき教えた公式使ってみて。多分、できると思う」
「あー! わかりました、さすが先輩!!」
偉くもテスト勉強に励んでいた。
放課後、誰もいなくなった教室。先輩と2人で勉強をするには、打ってつけの環境だった。先輩は自分の勉強をしつつ、分からないところを教えてくれる。大変なことをさせてしまっている自覚はあるが、俺の成績も大変なのだ。
授業は真面目に受けてるつもりだし、しっかり板書もしている。しかしこれまでのテストのうち、理数系の教科は全て赤点を取ってきた。無論、赤点が取りたかったわけではない。しかし1人で勉強するには難しすぎるし、何より集中力が続かない。
そんなことを先輩に相談したら、勉強を教えてもらえることになった。去年の勉強は覚えてるか分からない、と言っていたが、今現在までに聞いた箇所は全て完璧に教えてくれた。自称文系の先輩だが、理数系も特にできないことはなさそうだ。
「んー……先輩、ここはー?」
「ここは、ひとつ前の問題で出した答えを、そのまま使って解いてみて」
先輩に教えてもらうと、不思議と頭が働く。1人では絶対に解けなかった問題も、するすると解くことができる。頭が良い人は教えるのも上手い、なんて先生が言ってたけど、つまり先輩のことだと思った。
必死に問題を解いていると、時間の流れも早いもので、30分、1時間と過ぎていく。太陽は沈み始め、外でたむろしていた生徒の姿も消えていた。オレンジ色に染まる学校の敷地が、哀愁を帯びる。
突として、先輩がもうすぐ卒業してしまう事実が、脳裏によぎった。俺が先輩とこうして学校で話せるのも、もう半年しか残されていない。見ないようにしていた未来に胸が締め付けられた。
「先輩って、卒業したら、どうするんですか」
「私は大学行くよ。青水大学ってとこなの」
「……へぇ。やっぱ先輩、頭良いんですね」
「偏差値はそんなに高くないし……普通だよ?」
恥ずかしそうに笑いかけてくる先輩に、俺も作り笑いで返した。手元の勉強に向かい合う先輩から、目を逸らす。脳内がぐるぐると渦巻いて、心がもやもやと曇り出した。
先輩が卒業したら、廊下ですれ違う事はないし、お昼を2人で食べることもないし、放課後に勉強したりとか、カフェに行ったりとかも難しくなる。
先輩がいなくなることの寂しさは計り知れないものだった。それくらい、俺は先輩に甘えてた。一緒にいたくて、一緒にいた。先輩といると、落ち着くから。
「俺も、行こうかな……」
「ん、どうしたの?」
口から漏れ出てしまった独り言は、はっきりと伝わらなかったらしい。なんでもないですよ、と答えた。気付かれないように深い息を吐き出す。とにかく今は、目の前の問題に集中することを決めた。
今日のノルマにした問題数が終わったのは、教室が施錠される10分前だった。外はすっかり闇に落ち、帰り始める先生もいた。
荷物を鞄に詰め込み、教室を出て先輩を家まで送る。家まではさほど遠くはないが、1人で帰らせることに抵抗があった。それに、特に今日は少しでも長く一緒に居たかった。
夜道をゆっくりと歩いていく。俺の気持ちを悟られまいと、普段通りを装って話をする。先輩は楽しそうに相槌をうって、やはり遮ることなく俺の話を聞いてくれた。
「今日はお疲れさま。気をつけて帰ってね」
「はいっ。先輩、ありがとうございました!」
会釈する先輩に大きく手を振り、帰路につく。街灯の少ない道を、空を仰ぎながら進む。考えないようにしていたのに、頭の奥では進路について考えっぱなしだった。遠くから聞こえる車の音は音楽のようで、より一層考え事に身が入る。
俺は、先輩と離れたくないのが本音だった。これからも事あるごとに先輩を誘って、何かしたり何処かに行ったりしたい。確かに現代は便利なもので、スマートフォンで会話をすることも、約束を取り付けることもできる。
けど、俺が求めてるのはそれじゃない。その便利さじゃなくて、実際に顔を合わせて、直接声を聞いて、それで先輩の隣を歩きたい。
――俺も、青水大学行こうかな。
他の人と変わらない対応をしているつもりだった。俺のノリで仲良くしていたつもりだったのに。先輩の代わりが今ではいなくなっている。一緒にいるときの心地良さは、先輩じゃないとダメになっている。知らぬ間に、先輩の存在が余りにも大きくなっていた。
こんなこと、誰かに言えば気持ち悪いと罵られるに違いない。だから誰にも言わない。先輩にも、内緒にする。だけど、これから一生懸命、勉強して、いろんな人に勉強を教えてもらって。
俺、先輩と同じ大学に行く。