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「先輩、好きです」  作者: 夏川 流美
3/6

3話

 2年生になって、1ヶ月が経つ。クラス替えでガラリと変わった教室の風景は、未だに慣れない。知らない先生の授業は訳が分からないし、祐樹は正反対のクラスにいってしまった。同学年で一番気が合ってたのは祐樹だった故に、ショックは大きい。


 それでも、新しいクラスのほぼ全員と友達になり、何人かとは放課後にファストフードに行くほど仲良くなった。それは、3年生になった先輩も、例外ではない。


 曇天の空で薄暗い、教室のドアが開く。


「和くん、お待たせ」


 軽く息を切らして、ドアを開けたのは先輩だった。直ちに席を立ち、鞄を背負って駆け寄る。思わず口角が緩むと、先輩も同様に微笑んだ。


「せんぱぁい、待ちくたびれましたよー!」


「ごめんね。先生の話が長くって……早く行こ?」


 今日は先輩と放課後、カフェに行く約束をしていた。ファストフードの大好きな男友達は、早々付き合ってくれないので、そこで先輩の出番というわけだ。


 駅中にできたばかりの新しいカフェは、噂によると、苺がふんだんに使われているパフェがあるらしい。小躍りしながら並んで歩く。先輩はそんな俺を見てか否か、時おり控えめに笑っていた。


 不意に、ねぇ、と話しかけられて歩幅を狭める。カーディガンから出た指先を合わせて、焦れったそうに先輩は問いかけてきた。


「どうして和くんは、そんなに私と関わってくれるのかな……」


 予想だにしていなかった質問に、目を丸くした。どうして、なんて聞かれても考えたことがない。先輩が嫌いじゃないから。先輩といると楽しいから。先輩は優しいから。どれも正解のようだけど腑に落ちない。


 確かに、なんでだろう。先輩以外にも女子の先輩は多くいるし、関わろうと思えば他の先輩といくらでも関われる筈だ。その中で、ずっと先輩に話しかけて、ずっと先輩と絡んでいる理由。


 気付けば足を止めて、頭を抱えていた。先輩が困ったように言葉を取り消してくる。


「ちょっと気になっただけだから、そんなに深く考えなくて良いよ……!? なんか、答え難いこと聞いちゃって、ごめんね」


「うーん、大丈夫です、けど……。うーん……いまいち俺も分かんないです。でも、先輩と関わりたいので関わってます!」


「ふふ……そっか」


 いささか安心したような笑みを浮かべてくれた。この答えが正しいのかは不明だけど、納得できる答えが見つかったら再度伝えれば良いだろう。


 気を取り直して、いつものように話を始める。最近は先輩もいろいろ喋ってくれるようになって、一方的に話すことは減った。学年や趣味が違う先輩の、話を聞くのは面白い。それでも俺が話している間は、遮らずに聞いてくれるから心地が良かった。


 徒歩30分の道のりは足早に過ぎ、電車の発車音や人混みの煩い駅へと到着した。『新オープン』と書かれた看板に目をやり、率先してカフェに入る。


 すると外の騒めきは様変わりして、胸に染み渡るピアノのBGMが音を支配した。木を中心としたテーブルとイス、フランスやイタリアを思わせる内装。


 奥から、お好きな席へどうぞ、という店員さんの声が耳にできたので、一番奥、窓際の席に座る。先輩も心なしか、店内の雰囲気に飲み込まれているように思えた。辺りをきょろきょろと見回して、自然に笑顔になっている。


「先輩、何がいいですか?」


 俺の声にハッとして、メニュー表に目を合わせた。メニュー表にも釘付けだ。先輩がここまで楽しそうなのは珍しく、なんだか俺が嬉しくなってきた。


「何がいいかな……。和くんは、パフェにするの?」


「はい! あ、でも、追加でケーキも頼んじゃおうかな」


「いっぱい食べるね……!? 私どうしよう、決まらないな……」


「ゆっくりで良いですよ」


 唸りながら、最初から最後まで何度も往復する先輩。頬杖をついて、その姿を数秒だけ眺めた後、窓の外に視線を移した。


 この天気のせいか、傘を手にしている人がいつもより多く見受けられる。予報の降水確率は低かったけど、いつ雨が降り出すか分からない雲行きだ。忙しなく歩く人々に合わせて、空も流れていく。


 途中、1人の女性が目に留まった。見た目はまだ20代くらいで若く見えるが、足取りが重く、傘を杖のように使っている。顔色はよく見えないが、立ち止まっては咳をして歩き出すことを繰り返していた。


 大丈夫だろうか、とじっと見つめていると、女性の前方から別の女性がやって来た。声をかけているので、知り合いなのかもしれない。安堵して先輩のほうを向くと、まだメニュー表を睨みつけていた。


「あっ、決めるの遅くてごめんね。和くんって、どのケーキ頼むの?」


「俺はチョコレートケーキです!」


 チョコクリームがたっぷりと盛られ、苺が贅沢に使われている。その写真を指差して伝えると、先輩はまたも唸り声を上げた。何を悩んでいるのか聞いたところ、食べたい甘味が2種類あるらしい。チョコレートケーキに、抹茶のティラミス。だったら、と俺は提案した。


「先輩がティラミス頼んで、俺と半分交換しませんか?」


「い、いいの……!?」


「俺もティラミス食べたいですし、先輩がそれで良ければ!」


 先輩が目を輝かせて頷くので、店員さんを呼んで注文を済ませた。俺は苺まみれのパフェとケーキが楽しみだが、先輩は先輩で待ちきれないらしく、にこにこ話しかけてくる。


「こうやって誰かとカフェに来たこと無かったんだけど、すっごく楽しいね……!」


「えっ、カフェ初めてなんですか!? まぁ楽しんでもらえてるなら良かったです」


「一緒にお出かけするような友達も、今までいなかったから……。誘ってくれてありがとう」


「こちらこそ! カフェに誘って来てくれる人って、実はあんまりいないので嬉しいですよ。ありがとうございます、先輩っ」


 顔を見合わせて、お互い笑う。それから間もなく、注文したものが運ばれてきた。同時に手を合わせて、同時に一口目を食べる。


 結論から言えば、一瞬でクリームの沼に引きずり込まれて、全身が溶けそうだった。くどくなくて、気持ち悪くない。だけど胸が幸せになる甘さ。そこに苺の酸味と特有の甘みが加わると、幸せに拍車がかかる。


 先輩のほうをちらりと見ると、夢中で頬張っていた。幸せそうに目を細めて、口の中で甘さを砕いている。あぁ、ハムスターみたいだなと思いながら、俺も大差のない表情をしているんだろうと、どこか冷静にそう思った。


 チョコレートケーキを半分食べ終え、パフェに手を出していた最中、先輩もティラミスが半分になった。ここにきて先輩は、交換を少々躊躇っているように見えたが、気にせずに交換をする。


 抹茶のティラミスは苺が無い。残念に思いつつも、予想通りというべきか当然というべきか、他の品に一切劣らない味だった。普段なら抹茶やティラミスは口にしないけど、たまには良いかもしれない。美味しい。先輩もチョコレートケーキを一口食べて、満足そうだ。


「和くん、この苺はいいの?」


「あ、良いですよ。俺、まだパフェにいっぱい苺あるので」


「わぁ……ありがとうっ……!」


 チョコレートケーキに取り残したままの、いくつもの苺。いらない訳ではなかったけど、先輩のためならあげちゃおうと思えた。


 20分もすれば双方とも完食し、食後のドリンクで甘さを喉に流す頃。相変わらず素敵な雰囲気のこのカフェは、人が増えたり減ったりしてるにも関わらず、騒々しくなることはなかった。これは、大当たりのカフェを見つけてしまった。


「そろそろ帰らないとですね。先輩、またここ来ませんか?」


「うん、来たいなっ!」


「やったぁ。約束ですよ? じゃあ出ましょうか」


 会計を済ませて店を出ると、駅の騒めきが息つく間もなく迫ってきた。現実世界に戻ってきた感覚。今までどこにいたんだろうかと思いそうになる。


 ここからだと、先輩とは道中の公園で解散だ。余韻に浸りながらカフェの感想を言い合って、俺が常連のカフェの話をして、日常生活の些細な話もした。止まることを知らず、俺らは話し続けた。

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