2話
「あ、せんぱぁーい!」
お昼。購買を買うために並んでいると、すぐ側の階段から先輩が降りてきた。前にいた友達・祐樹が、誰? と聞いてきたが、無視をして手招きをする。先輩は首を傾げて近付いてきた。
「どうしたの?」
「先輩も購買ですかー?」
「ううん。…………飲み物を買いにきたの」
「お昼、一緒に食べましょうよー!」
と、お昼を誘ったところで祐樹に制止された。肩を無理やり引っ張られ、目線をずらされる。
「他に食べる人がいるかもしれねーのに、突然誘うなって! お前、そういうとこだぞ。ほんと強引すぎ」
「えー、だって俺、先輩とご飯たべたいんだもーん。先輩……だめ、ですか?」
「だ、だめじゃないよ。いつもひとりだし……」
「やったー! じゃあっ、中庭で食べましょうねっ!」
俺はどうしたら良いんだよ、なんて視線が横から刺さる。来てもいいよ、の視線を返したとこで、先輩が飲み物を買いに行った。お弁当持ってすぐ来るね、と言い残して。
そのまま購買で、祐樹と同じカツサンドを買った。ボリュームたっぷりなのに財布に優しいで人気のやつ。そして丁度列から離れた時に、同じ階段から先輩が姿を現した。僅かに駆け足で降りてくる。その姿は、なんだか小動物のようだ。
「ごめんなさい。待たせちゃったかな……」
「大丈夫ですよ、今買ったばかりなので」
じゃあ早速。困惑している祐樹も、結局は半強制的に引っ張って、3人で中庭に向かった。今日は快晴、眩しい青空と優しい温度。落ち葉を踏むと乾いた音が鳴る。
先輩を挟むようにベンチに座って、パンを開封した。先輩も、落とさないように注意深くお弁当を開ける。
「先輩と和衣って、そんなに関わりありましたっけ?」
「う、ん……多分……」
「文化祭で同じ仕事したのが初めてかなぁ。前回の集会から!」
「前回の集会、って……まだ1週間くらいしか経ってないぞ!? 先輩に対してもそんなに積極的なのかよ……」
高校入学した日に、初めて話しかけた相手が祐樹だった。後ろに座っていた俺は、つまらなそうに窓の外を見ていた祐樹に話しかけた。勿論、先輩と話すのと変わらないこのノリで。だから祐樹は、俺が初対面にどうやって接するのかよく知っている。
先輩と仕事した日からは約1週間しか経っていないが、先輩と話したのが1週間ぶりというわけではなかった。廊下ですれ違う度に、一言二言だけ交わしたり、手を振ったり、お菓子を持っていればあげたりした。
先輩は常に微妙な笑顔だったけど、特に気にせずに関わっている。俺理論、嫌がられていないなら大丈夫だ。
「ねぇ先輩。お弁当は先輩が作ってるんですか?」
「そうだよ。……毎日じゃないけど……」
「すっ……ごいですねー! え、えっ、俺に一口ください! 卵焼きが良いなぁ!」
「やめろ和衣。女の先輩に図々しすぎるぞ」
またも祐樹に制止された。俺より圧倒的に真面目な祐樹は、そういうところがしっかりしている。いや、俺がしっかりしていない訳ではないけど、弁当ねだるくらいは良いと思うのになぁ。
頰を膨らませて反抗の意思を見せるけど、祐樹は尚厳しい目で見てくるので、諦めて自分のカツサンドを口にする。バランスがちゃんと考えられているであろう先輩の弁当は、料理が上手いことを感じさせられた。毎日ではなくても、自分で自分の弁当を作るのは、男女関係なく高校だと少数派だろう。
「卵焼き、食べる? お口に合うか分からないけど……」
「良いんですか!? やった、先輩優しいー!」
先輩の後ろで、呆れた溜息を吐く祐樹の姿があるが、そんなのは気にしない。差し出された弁当と箸を有り難く受け取って、卵焼きを半分いただいた。
一度噛むと、溶けるように崩れた卵の甘みが、口の中にじゅわっと広がる。強い甘さではなく、飲み込むことが惜しくなってしまうような、先輩らしい優しい味だった。
「先輩、これっ……めっちゃ美味しいです……!」
「そう? それなら良かった」
表情がホッと和らぐ先輩。これはノリでも何でもなくて、本当に美味しかった。口の中の甘みを残しておきたくて、カツサンドを食べるのに躊躇してしまうレベル。まぁ午後が耐えられなくなるから、ちゃんと食べるけども。
それから、食事の合間合間に会話をして、時々俺と祐樹で盛り上がって、先輩が静かに微笑んでいて。そんな、いつもと少しだけ違う環境でお昼を終えた。予鈴が響き渡る。
「先輩、突然だったのにありがとうございましたっ!」
「こちらこそ……ありがとう。楽しかったよ」
深々と一礼して、授業に遅れないように階段を駆け上がる。このまま、先輩ともっと仲良くなれたら嬉しいな、なんて、心の隅で密かに思えた。