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榛の苦悩

本編を補足するSSです。

探偵目線とか気にせず書いていきます。

時間軸としては62話直前です。

「ああっ……クソッ!!」



何かを大袈裟に叩く音がして振り返ると、柳博士がいつものように机に突っ伏していた。書類や本がうず高く積まれ、今にもばらばらと落ちていきそうだ。その光景はマッドサイエンティスト然とした容姿によく似合っている。



「ワシは……どうしたらいいんじゃ……っ!」



この前、ツキシロ先輩がここに来てからずっとこうである。悲劇のヒロインごっことでも言うべきか。悩むなら一人で悩めばいいのに、いつもこうやって某のいるところで苦境アピールをする。その証拠に、突っ伏しているはずの柳博士の目が、脇の下からチラチラ見える。



「世界とか全っ然、欲しくない……っ!」



要するにかまってちゃんである。最初は付き合っていたが、こうも毎日だと付き合ってられない。某だって忙しいのである。



「あーあ…、誰かワシの代わりに悪の総統になってくれんかのぉ……?」



チラッチラッと音が聞こえる。だが某が悪の総統に向いてないことは、ここにいる誰もが知っているはず。某が自作のショタアイドルの育成に夢中であることも。



「世界がどうなろうがほんと知ったこっちゃないんじゃ……っ」



年季の入った引きこもりはさすが言うことが違う。何しろ二十年ここから出たことがないらしい。外がどうなっているのか本当に興味がないのだろう。外界監視モニターはずっと同じ画面を映している。日も当たらず、ほぼ誰も通らない場所なので静止画を見ている気分になる。もう誰も監視していない。



「ああ……仕事だと思うと急にやりたくなくなるのぅ……」



年季の入ったニートはさすが言うことが違う。何しろ二十年働いたことがないらしい。働かなければ生きていけないわけでもないからこうなるのだろう。きっと親の躾の問題である。親の顔が見てみたい。さすがに生きてはいないだろうが。



「こういうのって趣味だから楽しいんじゃろがい……」



年齢的にはいつ死んでもおかしくない爺だから趣味に没頭する余生を満喫してもらいたいのはやまやまではあるのだが、如何せんずっと余生だったものだから少しくらい働けと言われたところで、せやろな、としか思えない。いままで養ってきたパトロンに同情したくもなる。



「自力でここを発見して勇み足で奈落に落ちたのに殆ど働かないやつもおって、なぜワシだけが……」



ソースコードを追いながらエラーが無いかチェックしていく。新しく実装した獣耳の滑らかな動きに欠かせない重要なコードだ。



「クソボンボンだからじゃろな……働かなくても生きていけるからじゃろな……」



獣耳で重要なのは、人間の耳をどう扱うかという点である。いわゆる四つ耳、即頭部の耳を残したままにすべきかどうか。注意するのは設定である。うちのショタアイドルの場合、表に見えるのは獣耳フードだけ。だが実際、この子は獣耳を隠す為にこのフードを被っている。



「はぁ〜あ、親の顔が見てみたいのぉ……って見たことあるなワシ」



だからこの即頭部の耳は、人間社会で生きるために付けた付け耳なのである。獣耳を持って生まれ、優しい母親に秘匿されながら生きてきた悲しきモンスター。母親の死をきっかけにひょんなことからアイドルになり、愛玩されることに疑問を持ちつつも、生きるために歌って踊る。



「昨日も来てたな、アイツ。息子好きすぎじゃろアイツ」



だが心を許せるのはネットで出会った友達だけ。良い意味でも悪い意味でも、自分の容姿を知らない人物にしか本当の気持ちを話せない。特に軽い気持ちで始めたあるオンラインゲームで出会った……



「ハシバミー!!お前のことじゃー!!」


「えええっ!なんのことでやんすか!?」


「ワシの代わりに働け!!」


「嫌でやんす!!某はナンバー3ポジションが気に入ってるでやんす!」


「もうすぐマキナが起きるから、世界の半分をチラつかせて勧誘してこい!!」


「どこの竜王でやんすか!持ってないものを担保に人材を確保しようったって無理でやんす!」


「だって世界全然欲しくないんだもん!」


「だもんじゃないでやんす!世捨て人ばかり集めてるからこうなるんでしょ!」


「集めてない!勝手に来るんじゃ!」


「んもー、理由なんて何でもいいでやんす。居心地良ければ結局いつくでやんすよ」



駄々っ子爺からモニターに目を戻す。白いふわふわのフードに包まれた半ズボンの児童が眠そうに目を擦っている。ハンモックをクリックして眠らせる。どうか良い夢を見てほしい。一生このまま、大人にならずに。



「というかもう戻れないでやんすよ?あっちだってそのつもりで解雇したんじゃないでやんすか?」



よそよそとハンモックを登るうちのアイドルから目を離さずに、柳博士に話しかける。



「それに悪の総統が必要だったら適当に作ればいいでやんす。マスクとマントがあれば中が骨でもそれなりに見えるでやんすよ」



振り返ると柳博士は這いつくばって床に散らばった書類を集めている最中だった。顔だけをあげてポカンとこちらを見ている。



「そ、その手があったか……っ!」


「……考えたことも無かったでやんすか」



この人は頭は良いがびっくりするほど馬鹿である。痴呆が入ってきてるのかもしれないと何度か思ったことがある。



「そうと決まればマスクの制作じゃ!ハシバミっ!」


「はいはい、わかったでやんす」


「なんかこう足が一本足りないヒトデみたいなヤツはどうじゃ?」


「既視感ハンパないでやんすね。カシオペア座方面から来てそうな」


「それいいなハシバミ!意外とやる気があるな!」



それじゃダメでやんすよ……と思いながら石粉粘土を取り出す。きっとこの人を放っておいたらいつまでも話が進まないのだろう。せっかく奈落に落ちたというのに二十年もニートしていたのだから確実だ。いや、何やら作ってはいたが組織を作るのも率いるのにも向いていない。ここにはリーダーが必要だ。この粘土マスクの悪の総統ではなく、実際の権力者としてのナンバー2が。



「ツキシロ先輩は下から目線でグイグイいけば絶対断れないでやんすよ」



きっと彼女なら出来る。嫌々ながらもやり遂げる。

世界征服が目的なのにこの辺しか攻撃せず、中ボスが毎回一人ずつきっちり各個撃破される不思議な団体の影の権力者を。



「ていうかホワイトがやればいいと思わんかの?あいつ女王気質じゃろ」



それは一番だめだ。もっと不思議な団体に成り果ててしまう。ファイブレンジャーも倒していいのかきっと迷ってしまうだろう。



「大丈夫でやんすよ。牛タンカレー一年分とか言ってみたらどうでやんすか?」



気づいたら手が勝手に大きめの猫耳を作っていた。ここからどうしたらいいだろう。



「じゃからさぁ、それに黒のヒトデをこうして、こうして、こうしての……」



完全に黒の十字の総統を目指してるとしか思えない。この爺はわざとなのかボケているのか。



「怒られてもしらないでやんすよ?」


「ワシを誰が怒るっていうんじゃ!」



プリプリしながら粘土を弄るさまは完全に老人ホームの趣味の時間だ。切実に人材が欲しい。介護とナンバー2、そしてツッコミが出来る人材が。


「先輩、早く目覚めて欲しいでやんす……」


「なんじゃハシバミ、寂しいのか。あっ!」


「どうしたでやんすか」


「ブレインテックモニターに異常じゃ!目覚めるかもしれん!」



博士がバタバタと周りの物を落としながらまろぶように走っていく。


そして、ずっと動いていなかった物語が動き出した。



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