エピローグ
自殺などするつもりは無かった。
自分自身にがっかりしていた。
そうやって落ち込みながらも、自分は間違っていないと思う自分が面倒だった。
自分が傲慢であることはわかっている。
ここを知らないフリをして通り過ぎたほうが楽なのだとしても、また私は、きっと同じ所で躓く。
それが改善されない限り自分はまたこうして苦しむのだろう。
だが自分自身も改善出来ない自分が、一体何を改善出来るのだろう。
何も期待など出来ない。
悪化させることしか出来ない。
自分には、その能力がない。
私では、私を説得出来ない。
影で言われているように、自分が頭でっかちなロボットになった気がした。
彼女が羨ましかった。
彼女には私と違い価値がある。
彼女は周りに良い影響を与えている。
だがそばに居ると、自身の欠損箇所を絶えず刺激されているような心地して苦手だった。
これが嫉妬だと気付いたのは、自分には到底似合わない色を着こなす彼女を疎ましく思った時だった。
自分の醜い感情を隠すように彼女を避け、彼女には出来ない、自分にしか出来ない仕事を探すようにした。
こなす量で非凡さを見せようと、いや、凡人が人より抜きん出ようとした報いなのだろうか。
成果と負担が釣り合っていないのだと気付いたのはいつだっただろうか。
機械音のような耳鳴りと、破裂しそうな頭痛に悩まされていた。
いつも頭が一杯で余裕が無く、他人に対する配慮が出来なかった。
言い訳だ。
私はいつだって配慮が出来なかった。
出来ていなかったと後から気付く。
……そうだ、あの時、私は頭が痛かったのだ。
もともと体調が悪いことは自覚していたが、検査入院が必要なほどだとは思わなかった。
休憩して来ると言って事務所を出た後、めまいに耐えながら仮眠室に辿り着いた途端、突然床が柔らかくなったような気がしてへたり込んだ。
いまにも、床に飲まれてしまいそうな気がした。
周りに誰か居ないか確認するが誰も居る気配は無かった。
休憩するには遅い時間だ。
皆持ち場にいるのだろう。
誰の助けも期待出来ないことを確認してから、ベッドまで這おうとして違和感に気が付いた。
部屋の隅、いつも戸棚のあった場所の奥に見たことのない部屋がある。
床にはペンのような物が落ちていて、その奥の部屋の床の一部が黒くなっている。
大きい。
恐る恐るその黒い床に近付く。
貼り付いていると思った黒い床は、大きな穴だった。
闇そのもののようなその穴は、光の一切の存在を許さないほど黒く、そして、すべてを受け入れていた。
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目が覚めても私は依然暗闇の中にいる。
一切の光のない世界。
光速度不変の原理に縛られない世界。
ここに光が届いたのなら、ここは何色に見えるのだろうか。
それでも黒く見えるのだろうか。
作ったときには見えたのだろうか。
一体誰がここを作った。
何の為に。
そもそも。
こんなに深い穴が昨日今日で出来たのだろうか?
いや、まさか。
あの仮眠室の床は、なにか天変地異が起きたにしては綺麗すぎた。
シンクホールの類いだとしても、あんなにもスッパリと落ちるわけがない。
しかもあの仮眠室は上階だ。
下には吹き抜けのエントランスホールがある。
落ちるとしたらエントランスホールのはずだ。
あのたくさんの大きな柱のあるエントランスホールの……。
ではこの穴はいつからここにあったのか。
何故、私はこの穴を知らなかった?
部屋ごと、意図的に隠されていた。
知られると不都合なことでもあるのか?
私の前任者は知っていたのか?
誰が知っている?
上層部はこの穴のことを知っているのか?
そう考えてある一つの可能性を思いついた時。
首の後ろがひやりと冷たくなり肌が粟立った。
あの噂は本当なのではないか、と。
二十年前に行方不明になったという博士。
彼は恐らく会社から出ていってはいない。
上の人間は恐らく、この穴を知っていて、そのままにしている。
というより、利用していたのではないか。
彼はこの穴に、落とされたのではないか。
そして、もしかしたら、この私も。
まさか、いや、誰も居なかった。
そう確認した。
だが。
自分の中の奥底の、知性の光が届かない暗闇に棲んでいる得体の知れないイキモノが、すっと視線をあげた気がした。
大袈裟に騒ぐ心臓が熱を帯び、身体が熱くなる。
喉が乾いて仕方がない。
私に醜い心があるように。
他人にないとは限らない。
私がまた知らないうちに。
何かを踏みにじってないとは限らない。
生きることが、ままならない。
そんな人生なら。
……なんだというのだ。
自決とは自分で決めること。
自分の命を自分がコントロールすること。
命の危険を感じたのはこれが生まれて初めてだった。
今ほど必死に生きたいと思ったことはなかった。
私は、何か掴めることを期待して精一杯、四方に手を伸ばした。
空を掴む。
空を蹴る。
心が、のたうちまわっている。
もう、助からない。
どんでん返しなどあり得ない。
そう思ったとき。
あの機械音のような耳鳴りが一層強く鳴り。
ガチンと何かが開く音がして世界が白くなる。
汚い、醜い、私が見える。
光が、苦しい。




